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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラーとかミステリーとか あれこれ

可愛いさくらんぼの秘密~ほんのりホラー風味を添えて~

六月と言えば、アレですよね!


…皆さん何を想像しますか?

 今年ももうこの季節が来たのか。

 雨は降っていないが、空はいつでもその準備をしていると言わんばかりの黒雲をたたえている。


 この湿気の高さと夏の到来を感じさせる気温の高さで、ソレを運んできた宅配便の兄ちゃんは汗だくだった。

 が、手渡された箱はクール便だったので対照的にひんやりと冷気を纏っていて、意外にもそこそこの重さがあった。


「ご苦労様でした」


 兄ちゃんが去ると俺はソレを抱え部屋に戻る。

 普段は無表情気味だが自然と口の端が吊り上がってしまう。

 早速テーブルにソレを置き、引き出しからカッターを取り出してプラスチックのバンドを切る。


 バチン


「危ないからハサミで切ったらいいのに」

 ……なんて言われたこともあったな。でもコレが良いんだ。

 ギリギリと抵抗するバンドに内側から無理やりカッターの刃を立て、開封する感じがたまらない。


 段ボールの蓋を開ける。表れた美しい光景に目を細め、思わず溜め息が漏れる。


 光を反射してキラリと耀く赤い宝珠のような丸い粒が、箱の中にギッチリと詰められていた。


 ~~~~~~~~~


「ちょっと、食べ過ぎじゃない?」


 さくらが笑いながらテーブルの向こう側に座った。

 長い睫毛に縁取られた瞳が、俺とテーブルの上の二枚の皿を交互に見て嗤うようにキラリと光る。

 皿の片方は、俺がソレを食べた残骸が山を成していた。


「私も少し、貰っていい?」


 本当なら絶対に誰にもやりたくないが、世界で唯1人、さくらだけは例外だ。

 俺は無言を許可の代わりにし、自分も新たに一粒をつまんで口にいれた。


 舌の上でもわかるツルツルとした皮にプツリと歯を入れると、みずみずしい果汁が溢れ幸せな味わいが拡がる。

 目を閉じてそれを味わいながら舌で粒を回し、種の周りの果実をこそげとっていく。


「美味しい~~生き返る~!!」


 テーブルの向こうを見ると、さくらが目を閉じて感極まった表情をしていた。

 やや青白かった頬に僅かに赤味が差している。

 最近色々とあって、忙しく疲れていた様子の彼女にはちょうど良かったかもしれない。


「……生き返る、な」

 言い得て妙だなと思い呟くと


「来週まで死んでる場合じゃないけどね~」

 さくらが微笑みながら言う。



 来週の土曜日は結婚式。

 彼女は仕事をしながらその準備に追われていて、それは大変そうだった。

 ドレス試着の写真を見たいと言っても渋られ、半ば無理やりにチラッと見せて貰った事があるが、その姿に思わず息を呑んだ。

 あの純白のドレスを纏ってバージンロードを歩く彼女は世界で一番美しい花嫁になるに違いない。


 結婚式に向けて磨いてきたであろうきめ細かい肌や、艶のある黒髪、幸せそうな笑みをたたえた黒い瞳。

 それを見て、普段は固い俺の口が緩んでしまった。


「……なあ、本当にあの男と結婚していいのか」


 さくらの幸せそうな笑みや、ふんわりとした空気が瞬時に消えてなくなった。

 しまったという思いと、今言わなくては、という思いが一気に波のように俺の背筋に押し寄せ、ぶつかり、混じりあい、俺の中に拡がる。

 ずっと、ずっと……彼女があの男と付き合っていると知った時から、心に鍵を掛けて押し込めていた気持ちを今、言わなくては。


「こないだ、お前を中傷する怪文書?……メールが来てるとか言ってたろ」


 さくらはピクリと肩を震わせ、俺の方を気まずげに見る。


「うん……それは……多分大丈夫。」

「本当か? もっと俺に頼ってくれていいんだぞ」

「これは私と拓海(たくみ)さんの2人の問題だから」


 さくらが「2人の問題」と口にして笑顔を作った事で、明確に俺との間に壁を作ったとわかり愕然とした。

 目の奥がカッと熱くなるのがわかる。だが俺は気づかれないよう、赤い実を何粒か纏めて掴んで口に放り込む。


「……あいつがお前を守れるのか?」


 そうは思えない。俺はさくらの爪のひとつ、髪の毛の一本まで愛している。

 ずっと今までも、これからも未来永劫だ。


 彼女は今若く美しい。だがその美しさはいずれ衰えるだろう。それでもあの男はさくらを愛し、守ろうと思い続けるだろうか。

 もしも彼女の美しさ……目も、唇も、肌も、髪も、声も……が急に失われたとしたら。


 もしも、もしも彼女が全てを失って唯その赤い血が詰まっただけの袋となったとしても、俺だけはその存在(ふくろ)を愛していると言いきれるのに。


 口の中の赤い果実を噛み切り、溢れ出す液体を飲み下して、この気持ちを何と例えたら良いのかわからずに俯く。

 ぷっと種を皿に吐き出し、次いで言葉も吐き出した。


「結婚を止めて、ずっと俺と一緒にいても良いんだぞ」


 下を向いていたので彼女の表情は見えない。だが大きく息を呑んだのは聞こえた。

 そして殊更に優しい声が降りてきた。



「そんな事、はじめて言われたね。


  でも大丈夫よ……………………お父さん」



 ◇◆◇(さくら視点)◆◇◆



「だって、心配なんだよおおおおおー!!」と泣く父を宥めて、私は自室に戻った。


『ありがとう、プレゼント大成功』というメッセージと笑顔のスタンプを彼に送る。

 すぐに彼から『今電話してもいい?』と返信がくる。

 珍しいなと思いながらOKのスタンプを押すと間も無く着信音が鳴った。


「さくら、おつかれ」

「うん……拓海、本当にありがとね。お父さん、すっごく喜んでた」

「ちょっと遅い父の日のプレゼントになっちゃったけどな~。でもその代わり、一番良いのをって農家さんに直接頼んだから!」


 拓海の声が弾んでる。今、すっごいドヤ顔しているに違いない。

 そんなわかりやすいところも好きなんだけれど。


「うん。私もちょっと貰ったけど流石最高級!全然違うんだね。幾らした? お金払うから……」

「あ、じゃあ代わりに再来月のうちのオカンの誕生日プレゼント、一緒に選んでくれる? オカンが【可愛いさくらんぼちゃん】とデートしたいってさ~」


 私は目を丸くした。

「……なにそれ?【可愛い……】?」


「―――え、嘘。知らなかった……?……やべえ。俺お義父(とう)さんに殺されるわ……」

「え、なに、なに」

「……あのな、こないだ食事会した時に、親同士で飲み直すって言って俺らと別れたじゃん?」

「うん。そうだったね」

「そん時お義父さん少し酔ってたらしくて『さくらんぼが大好物で、小さい頃のさくらを【可愛いさくらんぼちゃん】て呼んでた』って言ってたってさ」

「ぶふっ!?」


 予想外すぎる言葉に吹き出してしまった。

 ――――信じられない。あの、仏頂面で、普段は言葉が少なくて、誤解されやすい見た目のお父さんが!?


「……だから、父の日のプレゼントをさくらんぼにするって言ったら、さくらも喜んでたからてっきり知ってるものかと……」

「……知らなかったけど、それはお父さんには秘密にしとこうか。」


 あの、赤い実を食べた時の父の幸せそうな顔を思いだして、自然と私も顔が綻ぶ。


「……秘密といえば、なんですが。さくらさん」


 急に彼の声が真面目になったので背筋が伸びる。そういえばさくらんぼの事だけならメッセージで充分なのになぜ電話をしてきたんだろう。

「なに? 拓海さん」


「……ごめん、新居の予定だったアパート住めない。すぐ秘密裏に引っ越せって部長に言われた」

「え、なんで?」

「怪文書の犯人……人事部の坪田さんだった」

「………………ええええ!!??」


 あのお局……ゴホン、ベテランの坪田さん???


「…………あぁどおりで、私やあなたの個人情報を犯人が知ってるの不思議だと思ったのよね……」

「コンプライアンス的には駄目だけど、調べようと思ったら調べられるもんなぁ。そんで引っ越し予定で住所変更届も出しちゃったろ?」

「ええ。人事部にちゃんと出したわね……」

「部長が、坪田さんを処分するけど万が一彼女が逆切れして新居に来たらまずいだろう、って」

「まあ、中傷メールくらいしか被害がなかったからそこまでしないとは思うけどね……万が一は怖いもんね……」


 怪文書というかメール……の内容を思いだして私は微妙な気持ちになった。

 曰く私が片親だから育ちが悪い、とか。

 その考え方が旧時代的で違和感が激しいが、母は私が大学生の時に事故で亡くなったのだから片親育ちというのも無理が有るんだけど。

 そもそも父と私の二人で暮らしているのを、社内恋愛で結婚する事になった彼が知らない訳ないのに。


 それに、寡黙でコワモテの父だけれど、私を娘として愛してくれてるだろうとは思ってる。

 多分、深く。私が思っているより強く。

 その私に片親という中傷があったと知ったら、父はなんて言うだろう。暴走するかもしれない。

 だから父にはその事は言えず突き放したのだ。でも、父に知られる前に解決したみたいで良かった。


 後ろの扉が控えめにコンコンとノックされ、そーっとドアを開けて父が顔を覗かせた。

 まだ目の周りが赤い。


「……あの、ごめんね。声が聞こえたから。拓海くん?」


 あ、さっき坪田さんが犯人と聞いた時に物凄い大声を出してしまったから、聞こえちゃったのか。

 思わずスマホを耳にあてたままコクコクと頷くと、ジェスチャーで替わってくれと表現している。

 彼に電話を替わる事を告げて父に渡すと、こほんと小さく咳払いをして話し始めた。


「もしもし……拓海くん? さくらんぼありがとうね。あんなに美味しいものは初めてだよ。改めて今度お礼を……いやいや、そういう訳にはいかないから……」


 微笑ましくその様子を見ながら、お父さんの背中ってこんなに小さかったっけ……?  と思った瞬間、それがブワリと大きくなり殺気が辺りに満ちた気がした。


「……うんそれでね。今さくらが凄い声を出してたけど何かあったのかな……?」


(いや!! お父さん誤解だから!! 何もないから!)


 思わず首をブンブン振って小声で話しかけた。

 父はそれを見てニッコリし、またむこうを向いて続ける。


「……あぁごめん。僕の早とちりか。過保護でいけないね。ごめんごめん。……………………でも」


 駄目だ、口調は笑ってるけど


「君は迂闊に口を滑らすところがあるからねえ。気を付けてね。もしもさくらを泣かせたりしたら、君の美点を全てもぎ取って」


 殺気が消えてないよお父さん。


(ただ)の血の詰まった袋にするからね」



 私は坪田さんの事は何があっても父に秘密にしようと決めた。

六月と言えば、梅雨、ジューンブライド、さくらんぼの季節。

そして忘れちゃいけない父の日です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 愛が……重い! 袋=さくらんぼって分かってホッとしたけど、最終的にお父さんの怖さが浮き彫りになってこわい(;´∀`) まぁ、娘のことになったら、そりゃむきにもなるわなぁ。 ひら……坪田さん…
[良い点] さくらんぼの実に、プツリと歯を立てることだったり、『さくら』への執着だったり、じわじわと恐怖を煽られたところで >唯その赤い血が詰まっただけの袋 ここに、ギェエエええええ! 殺される!…
[良い点]  大切に育ててきた一人娘を溺愛する父親の、ほんのり狂気と切なさが漂う素敵な物語でした!  冒頭のさくらんぼの詰まった箱を開封する場面も情景がくっきり浮かび上がるような見事な描写で、思わず…
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