表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

マンホールから令嬢

 僕は佐倉博臣(さくらひろおみ)、小説家です。恐縮ながら売れっ子作家、させていただいています。



 あれは就職活動を控えた大学3年の夏、何とか人と関わらなくていい職業はないかと真剣に考えたすえ、ぽっと頭に浮かんだ小説家の文字。



 ま、そんなもの、なりたいからなれる職でもないだろう。とは思いつつも、一途の希望を込めてコンクールに応募。



 するとなんと大賞を受賞。あれよあれよという間に自著は続々重版。みるみるうちに印税が溜まり、海が綺麗に眺められる崖の上に一戸建てを購入したのがつい先日。



 今日も小説につかえるネタはないかと、何となく日々を生きる僕であります。



 ちなみに今は何をしているかというと、庭の手入れ、ガーデニングです。もっと詳しく言うと、花壇の縁にヘレボルス、通称クリスマスローズと呼ばれるキンポウゲ科クリスマスローズ属に分類される植物を植えている途中です。



 いやぁ、しかしガーデニングって割合大変なんですね。肉体労働ここに極まれりです。先日まで学生だったのに、筋肉痛が3日後に訪れる今日この頃。学生時代、もっと運動していればよかったかな……。



 あぁ、あの麗しき学生時代、僕はいったい何をしていたんだろう……。



 基本的に休日は自宅で過ごし、平日は授業を終えるとさっさと帰宅、長期休暇明けなんて、もう自分の声がどんなだったか忘れる始末。



 全然、麗しくなかったわ。



 まあ大賞を獲ることができた自著は、そんな一般的に非日常?らしい生活スタイルが逆に読者の人に刺さったみたいだけど、それはありがたいような、なんだか虚しいような……。



 いや、いやいや、過去のことは水に流しましょう。



 僕は今となっては売れっ子作家。人生負け組だった学生時代、けれど後先長い後半戦を今のところ勝ち組として過ごしている。ここは素直にこの平穏に感謝して、いろいろな面で余裕がある分、人にも自然にもやさしい気持ちで生きていくとしましょう。



 例えば……ほら、この葉っぱなんて可愛いですよ。普通ならラグビーボールみたいな形がハート形です。科学的に考えれば、植物にとっていいことじゃないんでしょうが、でもいいんです。僕にとっての観賞用、アイデアの源、セラピーであるべき存在なんですから!



 ほら、あの星形の石も。



 あ、今、海面から小魚が飛び跳ねました!



 あれは……もしかしてエイですか……?エイって陸地から見えるところに来ることもあるんですね……ゆったりとしていて、雲みたいです。あの空の。とっても優雅に泳いでますね……。いいなぁ、自由で。



 そういえばエイって触り心地も良さそうですよね。高級絨毯みたいな感じで。でも毒針がエイにはありますから、それは危険なので無理ですね。寝転んだ瞬間、お陀仏では洒落になりません。



 いや、でも、最高品質の圧倒的な気持ち良さの塊みたいなやつに包まれて死神を「こんにちは!」って笑顔で迎えるのも悪くない気もします。



 ま、やりませんけどね。注射も今だに見れないくらい、先端恐怖症なんで。



 ……はぁ、何を言っているんだろう、僕。ガーデニングも腰が痛くて立ち上がり、小説も今のところ次回作にてもつけていない。そんでもって過去に浸っている。仕事しないといけませんね。



 あーよいしょっと……あー痛い痛い……痛くない痛くない……。



 とにかくガーデニングの続きだーー



「ーーアダッ……!」



 なんでしょう。なんなんですかね。せっかく気合を入れ直していたときに。ちょっと大きめの石でしょうか。何かを踏んづけました。何を踏んだのでしょうか。



 ああ……ああ、しかも視界がぼやけてる。眼鏡、落としましたか。



 ……そう、眼鏡かけるんですよ。僕。そういえば、暗いところで本を読むな、ゲームをするなって都市伝説ありましたよね。



 僕は否定派です。なにせ僕は別に本を読んでいたわけでも、ゲームをしていたわけでも、勉強をしていたわけでもなかった小学生低学年の頃に視力が落ちたので、あれは遺伝だと主張したいです。



 で、ところでメガネはどこでしょう。やっぱりコンタクトレンズにすべきですかね。メガネみたいに失くすとかないでしょうし。



 でも注射と同じで怖いものは怖いんですよ。眼球にプラスチックなのかゴムなのか、それなりに厚みのある物体を貼りつけるんですよ。もし取れなくなったらどうするんですか。



 あっ……あーあ。手にたぶんマズイ感覚が走りました。



 知ってます?庭のマンホールの内側。あれ、中開けると一旦水が溜まるようになってるんですよ。で、庭からマンホールの下につながる配管とマンホールを挟んで、下水に流れていく配管という仕組みになってるんですけど……。



 メガネに少し触れたあと、メガネが消えました。



 もしかすると、メガネ配管に落ちましたか?



 メガネ、これも家とついでで新調したばかりの、小説家っぽいよねっ!ってだけで選んだ、でも意外と気に入ってる、黒縁の丸メガネ……。



 落ちちゃったんですかね……。



 そんなに値の張るやつではないけど、買いに行くのは面倒なメガネ。人に関わりたくなくて、こんな場所に、一戸建て購入、小説家になったってのに、メガネのためだけに都会へGOとかおかしくないですか。おかしくないですかね。おかしいですよ。



 何よりも行きたくないんです。メガネ作るのって中途半端に時間かかって疲れるんです!



 ありません。落ちましたね!



「なら、救出しなければいけませんねっ」



 蓋は軽く開きました。これだけは良かったです。問題はここから。メガネが流れることなく、そこにあるか。



 頼む、マンホールの底よ、僕のメガネを「そこいったら、一生帰ってこれないからね」とかなんとか言って引き留めておいてくださいね。



 下水に入ったら、僕の都会行きが確定するから、そこのところだけは厳守してもらわないといけません。



 まったく。まあ、なければないで、ネタにはなるんで怒りはしないですけどーー



 ね。



 ね……。



 ね……ん?



 もしかするとここは……いや、僕は小説家なのであえてこう言いましょう。僕の新作は猟奇ミステリーでしょう。



 ここは絶海の孤島、島に取り残された男女たち。そこで次々と起きる殺人事件。彼、彼女たちは生きて島を脱出することはできるのか。信じることができるのは証拠のみ。猟奇トリック探偵物語、ここに開幕。



 この物語は酷くて、酷い、猟奇殺人になるでしょう。



 だって眼前に、高さ50センチもないマンホールなのに、人の手が底から僕のメガネを掴む形で伸びている、みたいなので。



 しかも無駄に生々しい。細くて華奢、青白い手。そして胴体から切り離されたのか腕だけ。



 え?マジ?マジっすか?死体遺棄……?僕、小心者。喧嘩とかしたこともない。



 どう、すれば、いいんでしょう。



「あっ、そうだ!この日本には110番という電気通信番号規則によって日本の警察機関への緊急通報用として定められた電気通信番号があるじゃないか!日本国民としてそれを忘れるなんて何事ですかーー」

「あの、誰がいるんですか?」

「ヒィ……!?」



 動いた……!腕、動いた……!腕だけなのに……!!



 しかも声、妙にこもった声で性別も判別できないけど、喋った。腕が……!



「ここだけ、水の中なのに、水がないみたいなんですけど……」



 そりゃ、こっちが地上で重力は上から下にはたらくからね。



 なんて言ってる場合か……!あんた何なんだよ……!こんなとこで何してんだよ……!ってか、人入れなくない?庭のマンホール。



「あの、私の手、触りましたよね?……返答がありませんね。人ではないのでしょうか……」



 触れた?メガネを取ろうとしたときか……。迂闊、僕。



「人です。人います。僕、人」



 誰か、聞いている人がいたら聞いておいてください。学生時代は勉強も大事ですが、しっかりと遊んでおきましょうね。ゲームでも運動でも。将来使える話題にもなりますし、こういった珍しい事象にも対応できるコミュニケーション能力がつきますよ。



 そうしておけば「あなたこそ、どこにいらっしゃるんですか?」くらいのセリフが第一声で出てきたでしょうよ。



 ま、いいんです。そんな戯言は。今はこの声です。



「あ、いましたか。では……」

「うわっ」



 今度はマンホールの中の水が大きな波紋を立てました。そして信じられないことが起きました。驚愕すると、人はビックリ仰天……はしないものです。



 おそらく、今の僕の顔は人生のなかで最も真顔として正しい表情をしているでしょう。



「プハッ……下はこうなっていましたか……」

「キミは……」

「どうも、こんにちは。私、アリスという人です」



 なんと、庭のマンホールからは死体でなく、黄金の如き金髪のとても綺麗な顔立ちの少女?が現れたのですから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ