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20.5話『執事として過ごす日々』

いつも目を開けると白い天井に、白い壁、全てが白く、そして何もない部屋があった。



何もかも白い部屋は異様なほどに真っ白だった。

ベッドはもちろん、机も本も全てが真っ白で何もかもが真っ白な『世界』だった。



ただ、そんな真っ白な世界でも唯一真っ白ではなかったものがある。




それは本の中身だった。




真っ白な本を開くと黒く塗りつぶされた真っ黒なページと、ひたすら自分の過去の過ちを悔いた文章が書かれていた。



私は毎日のようにそのページを開いた。



過去に『魅了』の魔力があったこと、その『魅了』の魔力に多くの人がかけられて多くの人が命を落としたこと。

その本を書いた本人自身も『魅了』にかかっていたらしく、ずっとそのことを悔いている文章、例えば「あの時、私がアレに出会わなければ」とか「私は生まれてくるべきではなかったのかもしれない」などの文章が何ページも何ページも書かれているその本は誰かが書いた日記のようだ。



もちろんその本はすぐに読み終わってしまう。



一日部屋に閉じ込められる日々を過ごしていた私には多くの時間があった。



だから私はひたすらその本を読んだ。



その本は後ろになるにかけて黒く塗りつぶされるところが増えていき、最終的には真っ黒なページへと変わっていた。

本からは魔力を感じないので呪いの類ではないことは確かだが、そのページには鉄の匂い、つまり血の匂いが付いていた。




随分と前に書かれたものらしく、あまり匂いは残っていないが純血エルフの血を継ぐ私には五感が普通の人間よりも数十倍も優れているから見分けられた。



本にはその書いた持ち主が使っていたとされる香水の匂いとその書いている間に流した涙の匂い、そしてその持ち主の血の匂い。

その血の匂いには私と同じ純血エルフのものだったのですぐにわかった。





その時何かがあったのかもしれない、もしかしたらその人は殺されたのかもしれない。




そう思ったが特に怖いとかの感情はなかった。

元々人間から隔離されている私には人間の感情が分からなかった。



今まで親という親も私の部屋を訪れたこともないし、使用人とも顔を合わせたことも声を聴いたことも無かった。

だから勝手に私は両親達を想像して、いつもその想像した世界を夢で見ていた。





みんなが笑って、みんなが手を取りあって、幸せに生きている、そんな夢。




そんな夢が夢でしかなかったことを知ったのはきっと彼が来た時。





初めて開かないはずの扉が開いたときにその人は立っていた。

彼は無言で私に手を差し伸べて私の手を取って歩き出した。




初めて部屋の外に出た時に見た光景は驚くものだった。



廊下では何人もの使用人がぐったりと倒れていて、たぶん両親だと思われる人たちは出てきた私に対して軽蔑の目を向けて、ただ床に座り込んで座っていた。

私は最初は状況がよく呑み込めなかったが数秒もすれば状況は理解ができた。




この人たちは私を望んでない、逆にいなくなってほしい『存在』だったのだ。

あまりの態度に怒る気も起きなかった、いや、怒るということを知らなかった。




彼はそのまま両親の横を通り過ぎる。



「お前なんて...生まれなければ良かったのに!お前なんて!...」



後ろから誰かの声が聞こえるがもう『他人』のことはどうでもよくなった。

あちらが私のことを『家族』だと認めないならば私はそもそもあの人達の『家族』ではない、別の存在なのだから。





それから彼に連れられて私は仕事を始めた。

その内容は主に「暗殺」で、特に人を殺すことを厭わないので無感情で依頼の内容通りにただひたすらに任務をこなした。



仕事をしていたらドールに出会った。

ドールも同じような境遇で育っていたため心を通わせるのにそう時間はかからなかった。




そして、最後の任務をすることになった時に聞かされた任務の内容は




『セレナリール・ヴァルトキアの最期を見る』





だった。




私達が部屋を出るときに彼はこう言った。



「幸せになりなさい」と。





最初は幸せなんてつかめないと思っていた。

いや、望んではいけないと思っていたのだ。



しかし、そんな考えもお嬢様に出会って変わった。



私が過去の話をしたときに彼女はこう言ったのだ。



「ティール、世界は広いんだ。行きとし生ける生物全てに生きていく権利があるし、自由に生きる権利もある。やろうと思えば国籍なんてなくても自由に生きていけるんだよ、例え貴族だろうと平民だろうと変わらないんだ...だから、ティールも幸せになってもいいんだよ。今は分からないかもしれないが、私は君が幸せになることを確信しているよ」



彼女は「望んでいる」のではなく「確信している」と言った。

きっとそれが私の心を動かしたのだろう、きっと彼女の言葉じゃなかったら信じなかったかもしれない。



最初に出会った時から何となく勘づいていたが彼女は人の心が読めるらしい。






そんなことを考えながら目の前で魔法を練習する彼女を見る。







さっきから規格外な上級魔法を次から次へと打っている彼女を見て本当に人間かどうかを疑ったがきっと彼女だからこそできることなのだろう。

ドフもさすがに驚いたようで木の上からお嬢様を観察している。





ふと、空を見上げた時に自然の風が吹いた。






快晴の青空の下で今日も私は生き続けられていると思うと、不思議と幸せを感じるのであった。

第2章コンプリート率:10/12

総合コンプリート率:31/331


追記:4月16日は投稿をお休みします。

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