10.5話「天才を日々観察する」
※ノースアルト視点です。
僕は、世界一の幸せ者だ。
優しい姉と兄、両親に、何か察していても何も言わないでいてくれる片割れ。僕のすべてはこの家で完結していて、外の者はいらない、必要のないものだ。
水面に映るお姉様は、今日も美しい。秋の庭の紅葉した色とりどりの葉と一緒に映るお姉様、プラチナブロンドの髪を緩く結っていて、瞳はいつだってきらきらと煌めいている。
思わず口から出た「お姉様、きれいですね。」という言葉。お姉様はいつも通りの素振りで、人差し指を出して水面をちょんっ、とつく。水面に波紋が広がっていき、お姉様の姿があやふやになっていく。
後ろにルスお兄様がきた匂いと気配がして、どうするか逡巡する。
「何してるの?」
きっかけさえあれば、振り返っても不自然ではないだろうと思い、後ろを振り返る。
「…」
振り返ったはいいが、何を言ったらよいかわからくなって、口が開けられない。ルスお兄様は整った顔で首を傾げてからお姉様の方を見て説明を求めた。セレナお姉様が立ち上がる音が聞こえたので、一緒に立ち上がる。
二人が話している間、僕はずっと話している2人を見ていた。兄弟共通してお母様の髪色のプラチナブロンドを継いでいるが、瞳の色はそれぞれの魔法属性を表している。セレナお姉様は全属性、ルスお兄様は風よりの全属性、というようにそれぞれの属性に合わせた瞳の色を持っている。同じような色を持っていても、若干の色彩の違いで使える魔法の量が違っていたり、属性そのものの扱い方が違ったりするのだ。
ただ、これを識別できる人間は少ないだろう。
僕は生まれたときから五感が非常に優れていた。遠く離れた土地の音や、微妙な味の違い、見えすぎる目、触っただけで分かる細かい材質の違い、目をつぶっていても判断できる嗅覚。それらすべてを生まれた時から持っていた僕は小さい頃からいろんな情報が頭の中に入ってきた。
人間の性格の違い、人間関係、裏社会の仕事内容、何でも聞こえてきた。最初は制御できていなかったこの能力も成長するにつれて抑えられるようになり、そこまで疲れることはなくなったが、未だに聞こえたくないもの、感じたくないものが己の中に入ってきてしまうことがあるのは、歳月を重ねるごとに受け入れた。
公爵家ということもあり、様々な教育に力を入れていて大変なこともある。でも、僕は家族がいてくれるから、生きようと思えるし、行きたいと思えた。優しいうえに頭の良い兄弟達を見ていると、自分は劣っているのではないかと考えたことがあった。
僕は自分が劣っていることを悲観的に考えたことはない。自分が一番劣っていると思っているからこそ、できるだけ知識を頭に入れようと思えたし、それがいつか活かされることがあるかもしれない。
僕は、誰かの役に立ちたい。
「まだ子供」「まだ1歳」そんな言葉はいつも僕の心をえぐってきた。この距離なら聞こえない、誰かに聞かれない、そう思っている浅はかな生き物はいつだって人を傷つけるのだ。大人が嫌い、という訳ではないが、そういった考えたらずな大人は嫌いだ。いつか見返してやりたい、気にならないぐらいの力をつけたい、そう思わずにはいられない。
そう思うようになったのは、お姉様の言葉がきっかけだった。
僕たち双子がまだ立つことができない頃、お姉様はよく読み聞かせをするために、僕たちの部屋に来てくれた。昔から使われる童謡から難しい学術書まで、様々な本を読み聞かせてくれた。イルは、いつも読み聞かせに来てくれるお姉様をきらきらとした目で見ていた。きっと僕もそんな風に見ていたのだろう。
「本は、いろんなことを教えてくれるの。でもね、ただ本を読んでいるだけでは何も変わらない。変わるためには、その本で学んだ知識を実際に使ってみることが大切なの。」
「どうして、そう思うのですか?」
イルがそう聞くと、お姉様は笑った。
「だって、口だけの知識なんて意味がないじゃない…ほら、自分の知識をただひけらかすように口にする人がいるでしょう?でも、その人は実際に何かその知識を使って何かをした?例えば、貧困な家庭を助けるために役立てた?誰かのためにその知識を使えた?」
イルは「うーん…」と考えてから顔を上げる。
「たしかに、その人が何かをしたわけではないですよね…つまり、知識は使ってこそ意味があるということですか?」
お姉様は頷いた。さらりとその時、肩から落ちた髪が綺麗だったのを今でも覚えている。
「私はそう思っているの。だって…かっこ悪いじゃない。」
一瞬だけお姉様の瞳に影が落ちたが、すぐに元に戻った。
そのことがあってから、僕は生きる意味を見つけた。大切な家族を守ること、役に立てる者のなること。それが、僕の目標であり、生きる意味だ。
——ああ、まただ。考えすぎると、眠気が襲ってくる。
それに気付いたお姉様はさっと少ししか体格の変わらない僕を軽々抱き上げて、部屋までできるだけ音をたてないように連れて行ってくれた。
優しく昼寝用のベッドの上に下ろされ、ふかふかの毛布を優しくかけてくれた。自分自身の温もりを感じさらに眠気に襲われ、すぐに眠りに落ちた。
「おやすみ、ノース。良い夢をみるんだよ。」
いつもとは少し違う口調のお姉様の声が遠く聞こえたところで意識は完全に夢の中に去っていった。
やっぱり、ぼくは、せかいでいちばんのしあわせものだ。
第1章コンプリート率:13/17
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