93話『彼は、密かに願う』
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※アーサー視点です。
苦しかった、辛かった、辞めたかった。
私は生まれたとから『完璧』を押し付けられてきた。
そして、私は『私自身』を隠して、『感情』さえも心の奥に閉まってしまった。
『なあ、聞いたか?第二王子の話』
『ああ、聞いたよ。とてもできる方らしいな』
『第一王子もできるけど、やっぱり第二王子のほうができるんじゃないか?』
『いや、どうだろうな...?まだ小さいからわかないぞ?』
『まあ、そうだな』
私達兄弟はいつも周りに比べられて生きてきた。
だから、私の弟は最初、私に近づいてもくれなかった。
せっかく血のつながっている兄弟ができたというのに、私は彼になかなか会うことができなかった。
いつも『そうですね...もう少し殿下が大きくなったら...』といつも使用人に言われて、私はいつも部屋に閉じ込められていた。
外の世界に出たい、自由になりたい。
私はいつしかそう思うようになった。
王都の街を偵察しに行った時に見た街の人々はそれぞれ楽しそうだった。
もちろん、辛いところもあるだろう。
時に困り果ててしまうこともあるだろう。
しかし、彼らには『選択』ができる。
学園に通おうと思えば、王立図書館が全体解放されているので勉強をそこですればいい。
冒険者になりたければ、冒険者ギルドに行って申請書を出せば認定カードをもらうことができる。
一流の魔法使いになりたければ、師匠を見つけて修行に励めばいい。
しかし、差別というものは今でもある。
貧民街にいる人達はなかなか外に出ることができない。
私達王族はそんな困った人達の援助をするべき存在なのだろう。
一つの国を背負っているという自覚が必要なのは国民の幸せを背負っているからだろう。
私の婚約者は優秀な人だった。
勉強も、運動も、魔法も、何でもできる彼女を見て羨ましいと思った。
最初は弟が気にかけている令嬢だから、という理由で私は弟から彼女を奪った。
しかし、その時の私の行動を後から後悔した。
弟は今まで以上に冷たく当たるようになったし、会話も減った気がする。
話しかけようとするといつもするりと私の脇を抜けて関係ないというふうにアルティアスは私を避けた。
兄弟の間で『亀裂』を感じ始めたのは彼女と婚約者になってからだ。
私は何がやりたかったのだろうか。
弟が幸せそうにしている、『大切』を奪いたかったのだろうか。
それとも、少しでも弟に『私自身』を見てもらいたかったのだろうか。
わからない、わからない、わからない、わからない...
私は一人頭を抱え込んだ。
誰も知らなくていい、誰も分からなくていい、誰も...
そうやって私は『自分自身』を傷つけていたのだろう。
拘束されて乱暴に馬車に入れられた時に初めて気付いた。
遅かったどころの話ではない、もう後戻りできないところまで来ているのだから。
私は揺れる馬車の中で一人目を閉じた。
彼女はどうしただろうか。
一緒に拘束されたアミラのことが頭に浮かんできた。
彼女はいつも私に『光』をくれた、唯一無二の存在だ。
自覚はしていた。
私は彼女に惹かれている、と。
彼女は過去に何を抱えているのだろうか。
私はできれば彼女を助けたい、私を救ってくれた彼女を助けたい。
もしかしたら、私は死刑になるかもしれない、それぐらいは覚悟の上だ。
私は死んでも構わない、だから、彼女だけでも生きてほしい。
私は一人静かな馬車の中で決意を改めた。
第8章コンプリート率:26/45
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