89話『お姉様はやっぱりすごい』
※アーベイル視点です。
学園の鐘が鳴ったので僕は教科書を自分の棚に戻しに行った。
「ねえ、聞きまして?」
「何がですの?」
「あの話よ」
「...ああ、聞きましたわ。でも、何故あんな噂が流れているのでしょうね?」
「ついに上が落ちぶれたのではなくって?」
「...私、許せないわ。とてもご優秀なセレナリール・ヴァルトキア様がいらっしゃるのに...」
「ファンクラブの方たちはとりあえず傍観を決めたみたいよ」
「幹部の方々が決めたことなのよね...何か考えがあるに違いないわ」
「...派閥なんて最初から必要なかったのかもしれないわね」
「ええ、そうね。私達、最初は敵同士だったものね...セレナリール・ヴァルトキア様がいなかったら喋ることもしなかったでしょうね」
最近の教室ではセレナお姉様の婚約者の愚行の話で持ち切りだった。
...なんで、こんなことしてるんだろうね。あの人は...
その先を考えようとしたけれど、僕は考えるのをやめた。
何をしようとも僕がすることは一つしかないのだから、考えたところで今の考えは絶対に変わらない。
僕は次の授業の教科書のページをパラパラとめくった。
『この世界には常識がない。昔は様々なルールの中に人間はただひたすら生きていた時があったが、今は存在しない。何をするのも自由であり、たとえ自分が不幸に陥ろうとも誰も手は差し伸べないだろう。私達はそんなルールのない世界に生きている。』
最初に書かれている一文は小さい頃から何度も教えられてきたことだ。
この世界では何をしても許される、許されないということがない。
血で交わす『契約』というものはお互いが勝手に作ったものとされ、以後子孫に受け継がれていくという訳ではない。
何をしても、何も言われない世界に僕たちは生きている。
だからこそ、今回のようなことであの人が罰せられることは無いに等しいだろう。
しかし、現実問題どうだろうか?
これはセレナお姉様達の問題で、これからどう進むかも彼女らの判断で決まるだろう。
僕は何ができるのだろうか、いや、何かできるのだろうか。
直接的には関わることは不可能かもしれない、しかし間接的にならできるかもしれない。
僕はその日、セレナお姉様に会いに行くことにした。
お姉様の部屋をノックするとすぐに入室の許可がおりる。
僕はゆっくりと扉を開いて大分見慣れたお姉様の部屋に入る。
「セレナお姉様、今大丈夫ですか?」
セレナお姉様はいつものように机の上に何かの書類を並べて仕事をしているようだった。
お姉様は顔を上げて微笑みながら答える。
「ええ、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」
まるで何もかも分かっているかのような目で僕の方を見るお姉様を見て僕は安心した。
「実は『ペルファ』の新作の魔道具が売っていたので買ってみたんです」
元々来る口実として持ってきた新作の魔道具は王都で人気の魔道具専門店のものでとあるつてから貰ったものだったのだが、買ったことにしておいた。
一見ただの水晶のように見えるが、これは教会でするのと同じ『鑑定』ができる魔道具で、まだこの商品を知る人は少ない。
「『鑑定』のできる魔道具ですか...面白いですね」
セレナお姉様は席から立ち上がって僕が持っている魔道具を見てすぐに使用内容を理解したようだ。
僕はいらない心配をしていたらしい。
アーベイルは少し残念な気分になったが、お姉様はやっぱりすごいと思うのであった。
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