第四話:紅葉
すっかり見ごろの紅葉へと、俺の頬は化していた。
み、みかん? 変な名前だな。
言おうとしたが、もみじを喰らうのはもうごめんだ。
「――ごめん。俺状況がよく理解できなくて。」
正直、マジで理解できない。でも、さっきのは痛かった。だから夢ではない。
夢ならば良かった。そんな後悔が幸汰の心を駆る。
「しっかりしてよね! あたしに殴られたくらいで、もうどうでもいい。とか、元の世界へ戻してくれ。だとかわがままは絶対に言わせないんだから!」
片手を腰に当て、頬をうっすらと朱色に染め、もう片方の手をこちらに差し出しているみかんは、それはもう、二次元や三次元を超えた、神次元の可憐さであった。
幸汰は考えた。女神への常識。手を差し出されたら、手の甲にキスをするんだったっけな。
幸汰は方膝を立て、座りながら一礼すると、みかんの手の甲へとキスした。
いや、まだしていない。する瞬間みかんの背後に黒い影が現れた。と同時に影の主がみかんを捕まえた。
「きゃぁあああー!」
ここから俺は、ほんの僅か数秒の間に自分の脳を、神経を、フル活用した。
まず、あんな高飛車な奴でも悲鳴をあげるんだなぁ。と妙なところに感心しつつ、事態を確認した。ここで、0.2秒。
みかんが捕らわれている。相手は? ここで0.3秒。
相手は…… 大きい。地球で言う熊やゴリラに値するであろうが、サイズが違いすぎる。
地球のものの二倍はあるであろうその巨体からは、使い込まれているため若干黄ばんでいるが、厚く鋭利な爪。
一筋縄では鍛えられ無そうな程の、隆々たる筋肉。
見るものを恐怖に駆られさせるような、これでもかと言うほどの迫力ある目。
それらが伺えた。この観察で0.4秒。
勝算はあるのか? いや、1%どころか限りなくゼロに等しい。
刃向かったら確実に、その先には死が待っている。この判定で0.01秒。
逃げるか? いや、勝てないのを承知でみかんを助けるか?
まぁ、乗りかかったまった舟だ。可愛い女の子一人置いていかれるわけないだろう! という正義であり無謀な判断で0.001秒。
その後、男の本能を発揮する。真っ黒い、憎き生物に飛び掛る。俺の拳が“それ”に到達する。この勇気ある行動に0.088秒。
ここまで、何秒か数えていた。なんとも暇な人は、果たしていただろうか?
実際のところ、0.999秒。
一秒間以内にこれだけできる俺。すごい。
しかし、俺の拳は空を切った。しっかりと“それ”を狙ったはずだ。まぁ、実際のところは大きさが大きさなため、脚を狙ったのだから、かわされても当然である。
だがしっかりと当たった感触はあった。なのにどうして? 戸惑いと、“それ”の反撃を恐れ、身構えていた俺に、救いの鐘が鳴り響いた。
それは、刑事ドラマとかでよくある。
「犯人に告ぐ。お前はすでに包囲されている。人質をすぐに解放しなさい。」
という台詞を聞く人質と似て否なる安堵の心境に、俺をさせたであろう。
「し、試験合格よ! こんな人間がまだ地球にいたなんて……教科書には載ってなかったわ。」
しししし、試験? はへぇぇ。何のこと? それに教科書って。ずいぶん凝ってるなぁ。
――そういえば“それ”は見当たらない。
「ぁすかったぁ。」
恐怖と安心から、腑抜けた声を幸汰は出した。
それにしても今のは何だったんだ? 仲間にも見えなかったし、何かしらの小細工によるものにも見えなかった。
「そうとうビビってたわね! やっぱり、人間にはあれが怖いのかしら?」
人間には? ああ、女神様だったっけな。みかんは。
地球の他にも高度文明を持つ生命体が居るんだろうな。しかしあれは何だったんだろう?
――しばし沈黙が走る。幸汰は助かったことで精一杯でその場になし崩れて辛うじて座っている。
みかんは何か言いたげに“それ”から逃れた俺に合わせるべく正座をして座っている。
しかし正座なのだが少し崩れていて、なんとも可愛らしい乙女坐りになっているではないか。
「あああありがとぅ。 た、助けてくれて。」
「――ぅ嬉しかった。」
みかんは恥ずかしいのか、その小さくて凛とした顔を真っ赤に染めて内股にした脚の上で手弄りをしながら俯いて小さな声で言った。それに対し俺はこう答えた。
「あ〜ぁ。あれくらいどってこと無いさ! 可愛い子を置いて逃げるなんて俺にはできないからね。そ、それにしてもあの黒い生物は何だったの?」
幸汰は、威厳を精一杯保つようにに話していたが、その声は誰がどう聞いても恐怖のあまりすくんでしまっている声であった。
しかしみかんは“可愛い子”に反応したのだろうか、ちょっと威張ったように人差し指を空に差し、いつに無く可愛く、ぶりっ子口調で説明した。
「ささ、さっきのあれは、げげ幻獣っ! あたしの父上が遠隔魔術を使ってだだ出したのよ。ああ、あんたが逃げ出しても、ああたしは平気だったんだからぁ!」
可愛い。可愛すぎるよかみかん! そんな風に言われたら先ほどまでの緊張感がどこへやら。
ぽけ〜っとした頭で俺は言った。ちょっと高感度アップも狙いつつ。
「平気なわけないよ! みかんみたいな“小さくて”可愛いくて、か弱い女の子は! もしもってこともあるだろう。」
ハイ! 拍手ぅ〜。幸汰君すごい。すごいぞ俺。こんなこと言ったら俺、惚れられちゃうかもな。
そういえば、このとき初めて名前を呼んだ気がする。
だがしかっし! 幸汰のこの自己満足な一見ポイント高めな言葉が仇となった。
みかんの肩がわなわなと震えている。
幸汰はこれを感動のあまり喜んでいると思った。でも、もちろんそんなことはない。むしろ怒っているのだ。
どうやらみかんは、怒るとわなわな震えるらしい。
みかんが立ち上がる。どうしたのといわんばかりに幸汰も後に続く。
みかんは下に俯き、桃色がかった朱色の袴を己の拳で握り締めている。
ぽとっ。
漆黒の大きな瞳からは水じゃなくて、もっともっと悲しい粒が頬をつたり地面に舞降りた。
一瞬辺りは静けさに抱かれた。次の瞬間。
ぱちーん。 小さい、小さい、もみじがまたもや幸汰の頬を赤く紅葉させた。今度は反対側に……。
「ちちち、小さくて悪かったわね! ひぃっぐっ。ぅ゛っ。ぅぁあああん。……
どうせ胸が小さい女は嫌いなんでしょ! 可愛くないんでしょ……。ぇ゛〜ん。ぅ゛ぅう〜。ひっくっ。」
“小さくて”が皮肉に聞こえたのだろう。
確かに彼女は、彼女の世界でもその美貌とは裏腹に、胸が平らということで、可愛いという扱いがされていなかったのである。
そんな彼女に対して、小さいはイコール胸なのだろう。
だから歓喜のど真ん中から、絶望と苛立ちの淵までへと彼女の心を運んだのであろう。
そしてその全てを受け止めた悲しき存在が幸汰であった。
みかんは泣き止まない。それどころかますます激しくなっている。
普通そんな女の子を見たら慰めたくなるのが男の性。
しかし、そうすることの権利さえ与えられない、哀れな男がここにいた。
男は思った。
俺……逃げておくんだったな……。
男の両頬が、いまかいまかと冬を待っている。
わざわざ長い文章を読んでいただき大変恐縮です。ありがとうございます。
さて、この話には女神様が登場してきますが実際にそんなことは起こりません。しかし出会えたらいいな! こんな体験してみたいなということで描いてみました。
実は小説を描くのもほぼ初めてなため、みなさんのお目を汚していなければ何よりです。
また、読んだ本も少なくボキャブラリー不足名ため某小説からパクってしまっているところも多々ありますが、それは勘弁してください。
こうしたほうがいい。もっとここはこうしろ。などビシバシ指摘してください。
あと、もしもこんなところが良かったなどとあったらそれも教えていただけるとありがたいです。
最後に、ここまで読んでくださったみなさん。本当にありがとうございました。