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深淵聖女(ディープマリア) ~転生魔王は勇者ご一行~  作者: 恩谷
JUPITERIAS(ジュピタリアス) 第一章 ~二人の真祖~
8/61

8.大解除魔導師との邂逅

小説初心者ですがよろしくお願いします。序章全7話構成を順次投稿、新章は序章よりも長めの1話構成で順次投稿いたします。更新遅めです。イラスト画像と共にご想像していただければ幸いです。

 



【シリーズ説明】SF巨編「(りん)啓星(けいせい)」シリーズ


 第一部「PLUTANOID(プルタノイド) ~銀花(ぎんか)惑星(わくせい)~」

挿絵(By みてみん)


 第二部 序章「深淵聖女(ディープマリア) ~転生魔王は勇者ご一行~」

挿絵(By みてみん)


 ↓↓↓ココになります↓↓↓

 第二部 本編「JUPITERIAS(ジュピタリアス) ~二人の真祖~」

挿絵(By みてみん)




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 人と魔人が争い始めてから約1000年… 500年前の魔王と勇者の戦いの後静まり返った戦火も次第に燃え盛り、再び魔王軍と人間との間で小競り合いが起きていた。人界の実質の防波堤となっている西のディアステラ帝国と魔王軍第三将「獣帝ラグロス」の軍勢は幾度と衝突し合っても、お互いを滅ぼさんとするのとは程遠い探り合いをしていた。


 しかし… 2年前の「グランゾーラ侵攻」はそんなぬるま湯を沸騰させる程の衝撃を人々に与えた。それもそのはず、それまで人々が魔王軍と指すのは獣帝ラグロスの軍勢のことだった。そんな中、相対した者のいない強敵、魔王軍第一将「グランゾーラ」は痺れを切らして人界へと強行突破する。しかも、今までの侵攻ルートの常識を覆し、ラナ王国の南西の島、オルソリア島の大穴から無警戒なラナ王国を滅ぼした。不幸中の幸いとも言えるのは、ラナ王国の滅亡を対価に、相対した冒険者チームが魔王軍第一将を仕留めたことだ。


 たった一度の邂逅で魔王軍の幹部を仕留めたのだから、人間側にとってはかなりの救いだろう。大成果だからこそ、その事実に対して人々が半信半疑なのは否めない。本当に第一将を仕留めたのか、死体が残っていないのは何故か。帝国の勇者ですら手こずる第三将よりも強敵な第一将を、辺境のラナ王国とツバイエルスの冒険者などで本当に倒し得るのか。


 証人にはクリスタル級冒険者の漆黒のゼネスと雷鳴のセシルがいるが、メサリアなる第2メイジが本当にトドメを刺したのか。倒したとして、どのような方法で倒したのか。様々な疑心が飛び交う中、それ以上に恐るべき力を秘めたる聖女メサリアは、その後の偉業もそれを後押しするかのように、あっという間にクリスタル級冒険者へとランクアップしていた…




 時はグランゾーラ侵攻から早2年。二つ名持ちの「深淵のメサリア」は一、冒険者として帝国の隣国ノグルシア連邦西の街「ノーブルムース」のギルド「賢者の館」を拠点としていた…




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 8.大解除魔導師との邂逅




 [ノグルシア連邦 ノーブルムース 賢者の館]




 古くから帝国との境街として栄えたノーブルムースは、魔王軍との戦闘の最先端である帝国の最新情報に精通しており、各国の名だたる冒険者や情報屋が集う街として有名だ。ヴァルキュディス山脈の中腹という高台に位置する見晴らしの良い街で、山脈の地下から沸き出でる温泉を商売にする宿がずらりと並ぶ、いわゆる「温泉街」でもある。ノグルシア連邦の北にあるシデン地方由来の独特な黒い瓦屋根と木造の建物が目立つ街並みはもの珍しく、観光客も多く訪れていた。




 時刻は深夜2時。静まり返る街を一人の修道女が行く。その美しきブロンドの長髪は、結われておらず、ウェーブがかったクセ毛ともみ上げの縦ロールが妖艶な色気を放っていた。彼女は24時間営業の賢者の館へと辿り着く。



「……………」



 最近、昔のように笑うこともなく、話すことすら少なくなったなとメサリアは思った。この2年間、メサリアは放浪の旅に出ていた。立ち寄る街のギルドでクライアントオーダーを幾つかこなしては次の街へと旅立つことの繰り返し。


 あれは半年前、神聖ウルバニア皇国の聖都アリエスのギルド「天の祭壇」にて、難度S級のクライアントオーダー「オルニックギドラン討伐」の依頼達成をした時のことだった。皇国の東の海に潜む大海獣オルニックギドランは、ウルバニア皇国軍船団の最大の敵であったが、ドラゴン級とも云われるその魔物を倒すことのできる者は僅かしかおらず、その僅かの人材は魔王軍討伐に出払っているのが関の山であった。


 その大海獣を討伐し、肉体ごと綺麗にギルドへと引き渡すと、その時ギルドへ偶然訪れていた大聖女「メアシス・クリヴリー」様が、直々にメサリアの腕を評価してくれたのだ。更には仕留める時に使った神聖魔法「アブソリュート」がメアシスすら扱えないアルターマギアだったこともあり、メサリアはその時点のゴールド級冒険者という肩書きから、プラチナ級を飛び越えて一気にクリスタル級へと昇格を成し遂げたのだった。



 その後も色々あって二つ名「深淵のメサリア」と次第に呼ばれるようになる。



 本当に色々あったなと感慨に耽りながら、メサリアはギルドへと足を踏み入れた。賢者の館は深夜だというのに、ちらほら冒険者たちの姿があった。人目を忍んでこの時間に訪れているのにとメサリアは心でため息をつく。


 そして、中央ロビーの奥にある張り紙だらけの壁へと歩み寄った。クライアントオーダー掲示板は難度別に様々な依頼書が張り付けてある。メサリアはそのうち一番右側の区分「難度S級」の張り紙に眼を通しはじめた。



「…メサリアちゃん?」



 小さい声だったということもありメサリアは聞き逃した。それ以前に彼女がこの2年間旅する道中、知り合いなどには会うこともなかったのだから仕方がないと言えば仕方がない。小さい声の主は、メサリアの背後へと近付くと再び声を発した。



「メサリアちゃん!」



 メサリアはハッと気付くと後ろをゆっくりと振り向いた。動揺したのを気取られないように、この2年間そうしてきたようにゆっくりと振り向くと、そこには栗毛ブロンドの変わった三つ編み姿の少女が立っていた。深夜だからなのか、少女の眠たそうな半開きの眼は、それでもメサリアをシッカリと捉えている。


 少女の耳はツンと先が尖っていて、亜人のエルフ種の特徴に良く似ているが、エルフにしては長さが足りない。メサリアは知っていた、その少女がハーフエルフだということを。そして、ハーフエルフの知り合いなど一人だけだった。



「クレステルさん!」



「やっぱり! ちょっと雰囲気変わったけどアタシにはわかった。やっぱりメサリアちゃんだ… えへへ」



 今は亡き、元冒険者チーム「宿命の杯」9名中3名の生き残り、その中の一人であるクレステル・ユグドラがそこにいた。再会を喜んではいるが、笑うのが不得意なのか彼女は片側の口端だけを少し釣り上げて、だらしなくえへへと微笑を浮かべる。眼は相変わらず眠たそうなままだ。



「クレステルさん、お久しぶりです。びっくりしましたよ、まさかこんな土地で同郷の人に会えるだなんて」



「ふふふ、あ、アタシも驚いた。メサリアちゃん、もの凄く綺麗になった。雰囲気も大人っぽくなってうっとりするわぁ~~ぐへへ」



 ふとメサリアは周りからの視線に気付く。いつの間にか2人は注目を浴びていた。女2人で深夜にもの珍しいというのもあるだろうが、それよりも…



「おい、見ろよ。あそこにいるのクリスタル級冒険者「破錠のクレステル」だよなアレ」「マジかよ! あの小さい娘が大解除魔導師!?!? じゃあもう一人は誰だ??」


「クレステルと同郷っぽいぜ? ってことは亡国の戦士か!?」「元ラナ王国、死都アルカナの冒険者!!?」「あの容姿…もしかして……」




 _____深淵のメサリア!?!?_____





『うっわぁ~~。はいはい出ましたよ私の二つ名。深淵のメサなんたら!!』



「クレステルさん、ちょっと場所移しましょう? お時間大丈夫ですよね?」



「えへへ、時間ならたっぷりあるよぉ、メサリアちゃんと再会できたんだもの、お茶しましょお茶~~」



 普段からそうだったっけと疑問に思いつつも、深夜だからかヘロヘロ気味なクレステルの手を引いて、メサリアはギルドの2階にある24時間営業のカフェへと移動した。


 カフェの奥の席は植木などの配置的にも、静かに2人きりで話せる構造をしている。ここ最近のメサリアのお気に入りスポットだった。店員に緑茶なるものを2つ頼みつつ財布をまさぐっていると、


 背後からスッとお札を店員に忍ばせられる。



「クレステルさん、いいですってココは…」



「えへへ、い、いいのよ、先輩の施しは黙って受けなさい」



 相変わらず変なところで先輩風吹かしてくる方だなと思いつつ、メサリアは自分よりも更に小柄な先輩の顔を立てる。そして、程なくして2人は奥の茂みの席へと着席した。



「改めまして、お久しぶりですクレステルさん。クリスタル級冒険者になられたんですね」



「う、うん。あ、アタシもともと解除魔法は得意でも戦闘向きじゃなくて、ずっとゴールド級だったんだ。だけど2年前のあの戦いで、解除魔法士レベルが45に上がって、解除魔法唯一の攻撃性魔法エグゾダスを習得したんだ~~。そしたら、もともとの魔法士レベルが高いからやたら攻撃力高くてぇ、一気に戦闘に活用できるようになったわけよ、ふひひ」



「え゛え゛っ!?!? エグゾダスって確か中位魔法じゃありませんでしたか?? やばいですよそれ、人間やめてますよ!」



 私が言うのかとセルフ突っ込みを入れながらも、メサリアは目の前の小さな魔導師へと驚愕の念を伝える。



「良く知ってるねぇ~~やっぱりメサリアちゃんはタダものじゃないねぇ。そうなの、エグゾダスは中位魔法のバホルマギアよ。まぁ私ハーフエルフだし、ぐへへ」



「そ、そんなことよりもメサリアちゃんの方なの。そちらこそクリスタル級冒険者とかしゅごいし! 昔はシルバーだったのに! 特にその、2年前のグランゾーラを倒したってのがしゅごすぎ!!」



「あははぁ~、それはその、魔が差したというかなんというか。魔に刺されたというか…」



 2年前の出来事を思い出しながらメサリアは何となくクレステルの背負っているモノに眼をやった。弓だった。見た目は禍々しく、まるで生き物の如く眠っているその蒼穹は、突如様々な感情をメサリアに彷彿させた。



『ガタッ』《ゾワリ》



「ど、どうかした?」



「その魔弓!! 狩人さんの持ってた!!?」



「あ、そうだね。説明してなかったから驚いたよね。ご、ごめんね。仲間の遺産だものね。説明するね…」



 迂闊だったとそう言いたげな表情をしつつ、クレステルはひとつ間を置いてから話し出した。



「あの戦いの後、オルソリア島にクラウディア教の厳重視察が入ったでしょう? んで、ホールオブラナの奥底に落ちてたこの魔弓を彼らが拾ったのね。それを律義に冒険者ギルド、夜光の祭典は滅んでたからツバイエルスの凛の武道館へと渡して来たらしいの」



 「んでね、その持ち主の狩人氏が生前にギルドに言伝というか遺言を残してて、自分に何かあったら魔弓をゆかりある者へと渡してほしいって」



「ゆかりある者…ですか?」



「うん。この魔弓バリスタ、別名ユグドラシルの魔弓は私の母の故郷、エルフの里にある大樹ユグドラシルの賜物なの。狩人氏はエルフとも交流してたから、それで託されたらしいのね。んで、エルフの里の王族の血を引くアタシにギルドが渡して来た」



「え゛え゛ッ!? え、エルフの王族の血を引くってクレステルさんが~~!? そう言えば姓もユグドラって…」



「そ、そゆこと~~。でも大事なお仲間の弓だし、メサリアちゃんが欲しいっていうなら譲るけど…」



「いえ。そういうことならクレステルさんが持っていてください。私が持っててもしょうがないし。思い出して悲しくなっちゃうし」



「あ、アタシもそんなに得意ってわけじゃないのよ。ただ、エルフの血のせいか弓は不得意じゃないらしいから」



 メサリアはかつて未熟だった自分の心を救ってくれた仲間のことを思い耽って、涙を眼に浮かべた。そんな彼女を気遣って、小さな先輩がよしよししてくれる。


 そして夜空が白みはじめる頃、2人の会話は思い出話を経て次の話題へと差し掛かっていた。



「あ、アタシが今このノーブルムースへ来てるのはね、2年前のあの事件以来落ちついてた魔王軍の情勢が変わりつつあるという噂を聞いたのと、後は出来るだけ身の回りの装備を整えるために、良い報酬のクライアントオーダーを探してたのね」



「良い報酬ですか?」



「うん。2年前の魔物の王都襲来で、次々と仲間がファイアグリフォンの火炎とプロルト・アーリマンの精神汚染で死んでいったわ。あの時アタシやライファーが生き延びれたのはね、ひとえに良いマジックアイテムを装備していたからなのよ」



 なるほどなとメサリアは頷く。マジックアイテムには魔法攻撃や致命傷を防いだり、精神異常を回避できるモノもある。これから魔王軍との戦闘が再び勃発するというのであれば尚更必需品となるわけだ。



「私もマジックアイテム、多少は揃えないとなぁ…」



「でしょう? ねぇ、メサリアちゃんも一緒にクライアントオーダー受けない? アタシ、心強~~い味方が欲しかったの~~。難度S級のオーダーも、クリスタル級2人なら安心できるし」



「いいですね! 一緒にやりますか!」



 つい音量を上げてしまったとメサリアは少し顔を赤らめながら周囲を見渡す。植木やらで視界は悪いが、向こう側でカフェを利用する冒険者たちがなんだなんだとこちらを意識しているのがわかった。


 メサリアは思いのほかテンションが上がっていた。2年ぶりの知人との再会もあるだろうが、それだけではない。彼女はこの2年間何をやっても達成感が得られなかった。自分には魔王の力を活かして何か出来ないだろうか、力を持っていても護りたい者をいざという時に護れなかった彼女の心の傷は深い。そうならないためにも、メサリアは彼女なりに色々と模索していたのだった。



「私、実は自分探しの旅をしていたんです。クレステルさんと会えたことで少し変われるかもしれない、そう期待しているみたいです」



「あらら、うふふ、いいじゃないの~~、そういううぶな子アタシ嫌いじゃないわ~~、ふひひ」



 不気味に笑いながらも2人は1階ロビーの掲示板へと再び戻った。



「アタシが今気になってるのはこのクライアントオーダーよ」



「えーと?… 超巨大峡谷の探索と情報記録の依頼… 超巨大峡谷? そんなのあったっけ」



「マナヘイズ深淵峡谷ね」



「マナヘイズ深淵…ってえ゛え゛ッ!?!? それってオデュッサイル地殻断崖の西、ミストレムリアの入り口じゃないですかぁ!! 人が足を踏み入れないそんな危険な場所に何故!?」



「今後魔王軍との戦いで、ミストレムリアとの天然城壁である断崖と峡谷、この二つの解明がとても重要になってくる。アタシたちはあまりにも知らな過ぎるのよね。だから魔王軍に先手を打たれ続けている。」


 「かつて500年前の勇者は仲間と共にミストレムリアへ渡ったはずだけど、その情報は帝国が独占していて、世間的には知られていない。その帝国もこちらから攻め込まないということは、誰でも侵入できる経路ではないということ。世間的には実際彼らがどうやって人界へとやってくるのかすらあまり分かってないらしいの。そういうルートが断崖と峡谷にある!としか分かってないみたい。だからこのクライアントオーダーも難度SS級」



「え゛え゛ッ!? 難度SS級ってなんでそんなのがこの掲示板にあるんですか!? というか話が違うじゃないですか、S級だから私たち2人ならってことだったし、えーと報酬は回復の法珠? …だとしても身を守るためのマジックアイテムの為に自ら死ににいくようなものですよ?」



「だ、だとしても誰かがやらなくちゃならないこと。私たちクリスタル級と言われる冒険者がやらなかったら、きっと誰もやらないまま」



「…そうですよねぇ」



 メサリアは押しに弱かった。またしても変に納得してしまった。それに、何かがあっても今度こそ魔王の力でクレステルさんを護ってみせる。2年前の自分とは違うことの証明になるのではないか、そうとも考えていた。



「わかりました。これにしましょう!」



 メサリアとクレステルは軽く団結の誓いの握手を交わす。すると、メサリアから欠伸が漏れた。外はもう朝日が昇っていた。



「クレステルさんはこれから寝るんですか?」



「いや、大丈夫、寝ない。…下位解除魔法デスペルラ!!」



 彼女がそう唱えると、2人から眠気さが一気に失せた。クレステルは続ける。



「みーんみーんだはぁーーーー!!」



「……………」



 へんなポーズ付きだった。必要だとはとても思えない。



「そんなことに解除魔法使わないでくださいっ!」



「行くわよ、このギルドにおわす、この依頼のクライアントの元へ!!」《キリッ》



 クレステルは今までで一番シッカリした声でそう言うと、メサリアをギルドの奥へと案内した。彼女から眠気は完全に抜けたようだった… 眼は眠たそうなままだが。



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 [ノーブルムース 賢者の館 最奥の間]



 時刻は朝5時を過ぎていた。館の外からは鳥の囀りが聴こえてくる。クレステルの魔法で眠気が完全にどっかへ行ってしまったメサリアは思った。こんなドーピングをいつもしてて睡眠をとっていないからクレステルはふらふらなのだと。こんなことをしていたらいずれ身体に支障を来す、そんな気さえしてくる。そんなことを考えていたら、いつの間にか彼女たちはこの賢者の館3階の最奥の間の前へと辿り着いていた。



 かなり年季の入った古い石の扉がそこにはあった。扉には何やら古の文字が刻まれている。ここへ来る途中の長い通路もかなり古めかしいもので、時代を感じさせる彫刻の彫り込まれた石壁の数々が、等間隔に設置されている天窓から刺し込む眩い朝日に薄ら照らされて、なんとも言えない妖しさを醸し出していた。大きな石戸には明らかに鍵がかかっている。クレステルは自前の魔導書を掲げた。



「万物の理を解き給え、アンロック!」



 《ガチャッ》



 クレステルが詠唱すると、扉の錠は開かれた。



「いいんですかぁ? 開けちゃって!?」



「大丈夫。許可は得ている」



 そう言いながらクレステルは大きな石戸を魔法の力で押し開いた。明るい外の光と共に2人の視界へ飛び込んできたのは、朝日に包まれた険しい岩だらけの登山道だった。道はまっすぐヴァルキュディス山脈の中腹へと続いている。



「ええっ?! 外!? 最奥の間は?」



「さ、最奥の間はこの登山道の先、2合目あたりと聞いている。知らなかった? 各ギルドは独自のダンジョンや狩場を持っているの。ここ賢者の館はヴァルキュディス山脈の頂上を目指せる戦乙女の道と繋がっている。難度はA級」



 「ちなみにアタシたちのいた夜光の祭典は地下ダンジョンを持っていたわよ」



「地下ダンジョン!?!?」



「難度C級の地下ダンジョンだったんだけど… 2年前のアレで王都が滅んだでしょ? 今では死都アルカナの死者の亡霊が漂う深界迷宮(しんかいめいきゅう)と呼ばれていて誰も近づかないわ。しかもミストが濃すぎて地底のクリフォトと繋がっただのヤバイ噂の絶えない魔窟。難度もSSS級(トリプルS級)とか言われてて、ミストレムリアへ行くのと同じくらいに危険とされているわね。難度40前後の亡霊シャドウオブウィスプが目撃されたらしい」



「私たちの故郷が、難度SSS級の魔窟!?!? うっそぉ…」



 メサリアは自分たちの故郷であるはじまりの街が裏ダンジョン化したことに驚愕しながらも、クレステルの後ろに付いて歩いて行った。秋の早朝の山道は肌寒い。程なくして道端に壮大な円柱に囲われた荘厳な雰囲気の遺跡が現れた。山を切り開いたような天然の祭壇の空間には朝日が差し込み、神聖な雰囲気を漂わせている。光の差し込む方を眺めると、下の方にノーブルムースの街並みが見渡せた。そんな神聖な空間の真ん中に佇む一人の御老人がこちらを見据えている。彼こそが依頼主でありこの賢者の館の名前に謳われる大賢者ジリウス、元アダマンタイト級冒険者であった。



「なんじゃい小童ども!! こんな朝早くにワシの神殿を訪れるとは何事じゃあ!!」



 かつては凄い剣幕であったろうその声も、もはや張りの無いしゃがれた御老人のものだった。2人は御老人の元へ駆け寄ると膝をついて挨拶をする。



「朝早くに失礼いたします。アタシたちは依頼書を見てここへ来ました」



「んなこたぁどーでもいいわぃ。はよ冒険者水晶を見せい!!」



 2人は冒険者の登録の時に購入を義務付けられている、簡易データクリスタルのアクセサリーを差し出した。



「そうそう、これじゃこれ。ディテクトめジック、ハンターリファレンス!!」



 賢者ジリウスが手をかざすと、水晶が光りだして文字が浮かび上がった。その文字を老眼鏡でじっくりと眺める。



「なんじゃと! インチキじゃあ!! こんな小娘2人がクリスタル級ハンターじゃとぉ!? ぬかせぇ!!」



「ち、ちょっとおじいさん。インチキじゃありませんよぉ~~、えへっえへっ」



 《クリステルさん! ちょっと大丈夫なんですかこのおじいさん! こんなのが大賢者なんですかぁ!?》



「ふんっ、分かっておるわいそんなこと。老人のちょっとしたユニークなジョークじゃわい。ネタの通じん小童どもじゃな」



 そう言うと、大賢者は幾分か落ちつきを取り戻し、改めて2人を眺めた。



「そっちのちっこいの、お前さんがあの破錠のクレステルかぇ。若ぇーのに中々やりおるの。中位魔法まで操ると聞く。ワシ程じゃあないが、いい線いっとるぞぇ! ふぇっふぇっふぇ!!」



「い、いい線行ってますかねぇ、ふひひ、ふひひひひ!!」



 2人の不気味な笑い声が朝の神殿に反響する。



「んで、そっちの小娘が深淵のメサリアかぇ。……な……なんじゃとお!? そんな…あ、ありえん!!」



「え゛え゛ッ!? な、ななな何がありえないんですかぁ!?」



「お、おおお、お前さんのマナの力…ワシは正確には測れぬが、尋常じゃない気配を感じるぞぇ!! 魔導の深淵を覗いたというのはまことの話かぁっ!!」



「ちょ、ちょちょちょちょっとおじいさん落ちついて下さいっ!」



 大賢者は一息ついてようやく平常心を取り戻した。その広い額には大粒の汗がにじみ出ている。



「ぶったまげたわ。ワシのぉ…孫娘が予見しておったわい。深淵の名を背負いし冒険者が現れるとな。その者、人智の及ばぬ力を司るとものぉ」



「そ、その孫娘ってもしかして帝国の?」



「うむ。帝国で飼われておる月読みの巫女ウラナ・ブリュンタールじゃ。このワシ、ジリウス・ブリュンタールの孫娘じゃわい」



「飼われてるって…」



「ありゃ飼われてるも同然じゃわい。可愛そうな孫娘よ。そうとう不自由な暮らしを強いられているじゃろうて… あ奴の予見の力は人類の宝具じゃ。仕方がないのも頷けるがの…」



「話を戻すぞぃ。して、お前さんたち、ワシの依頼書を見てここへ来たんじゃったのぅ? 難度SS級の依頼じゃが、ふむ… お前さんたちであれば問題なく依頼できそうじゃて」



「ほ、本当ですか? えへっへへっ」「本当ですか!」



 最初は大丈夫かこの老人と思いきや、あまりにも話の飲み込みが早いので流石は大賢者だと感心すら覚えるクレステルとメサリア。そしてここからが本題だった。クレステルは目の前の老人を真っ直ぐ見据える。



「大賢者様。ひとつお聞きしたいのですが、この依頼の真意は何でしょうか?」



「嫌じゃ、絶対に言わん」



『はぁ???』



 再び大丈夫かこの老人と思うような言動をとり始める大賢者に対して、クレステルが詰め寄った。



「だ、大賢者さまぁ~~ん!! こちらを見ておくんなましぃ~~!」



「ええい、何と言おうとワシは答えんぞ!!」《チラッ》



 すると、クレステルは身体をクネクネさせて謎のポーズをとりながらわざとらしいお色気ボイスで唱えた。



「そんなそんなお堅い賢者様にも、アナタのハートをアンロックぅん♪」《うっふん》



 両手でハートを型どりウインクを大賢者へぶちまけた。『こんなキャラだったっけ、クレステルさんって』とメサリアは唖然とする。



「ちょっとクレステルさんっ、大賢者様に解除魔法を使わないでくださいーーー!!」




 _____シッ! 静かに!




 先ほどまでおどけてたとは思えない程クレステルの表情は真剣だった。魔法にかかった大賢者が口をゆっくりと開く…



「ワシはこの世界を憂いておるのじゃ。ワシももうこの通りの歳じゃからの、我が長き人生を鑑みると大きな悔みが一つだけある。それは我々人がこの1000年もの歴史の間『人界』にとどまり続けていることじゃ。」


 「この世界グレイシアは広大な土地じゃ。人界とよばれるウルバニア大半島、そこだけで完結するなど笑止千万。かつて神は我々人類の弱さを憐れみ、人と魔人の住む世界を両断したとされる。それが今日の断崖と峡谷じゃ。その天然城壁の恩恵に甘え続けていては、それはやがて人の種の成長を妨げる毒となりえるじゃろう。実際に、長き人の歴史を見ても、ミストレムリアへと渡ったことのあるのは500年前の勇者フレイダ・ディアステラとその御一行のみ。ミストレムリアには魔物の脅威こそあれど、まだ見ぬ文化、知識 巨大な天然の富が眠っているとされる。それらに触れ得たとき、人は新たな進化を遂げるのではないか? そうワシは信じておる」



「ふっ…ふひひっ…… あ、アタシと同じように考えてる人もいるものね。うん、いいわ。その理想の世界、アタシたちが先駆けとなってみせるわ!」



 未だかつて見たことのないような野望に燃えゆる小さき先輩を目の当たりにし、メサリアはこう思った。私の力と知識があれば、その大いなる野望の手助けになるのではないか、と。




 _____その後、我に返った大賢者さまにこっぴどく叱られたのは言うまでもない______





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[良い点] SFですか?ファンタジー舞台のSFって主人公の出生の秘密が多かったりしますね。夢が広がる にしてもメサリアって、すごく…大きいですね 歩くえっちぃ…
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