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この坂を、今日も

作者: 御珍歩 瓶々丸

部活動で提出した作品の続きとして書きましたが、続編を部誌に載せるつもりはなかったのでなろうに捨て…もとい投稿しました。

強く吹いた風に、マフラーに顔を埋めた。いつもの道、変わらない景色、同じ会話。

制服のポケットに気怠げに手を入れて私は歩いていた。長い髪、メガネをかけて歩く女子生徒が私だった。一人で速度を上げながら人を抜かして歩いていく。


「だからさぁ、バンドに助っ人入ってよ。お願い」

後ろで髪を結んだ女子が私に話しかけてくる。

「ベースなら他にも弾ける人がいるでしょ」

でも、とその子、軽音楽部の加賀美ユキは続ける。

「一年生で一番上手いの霧島さんだから」

いやだ。めんどくさいと一蹴して話を終わらせる。彼女が私を誘いに来るのは三回目だった。今月末の校内でのライブを目前に、ベースの子が部活をやめたらしいのだ。

「人間関係がめんどくさいから部活に入ってないの、私」

「何かしらお礼もさせてもらうから考えといて」

勝手なやつ。それが私の加賀美ユキへの感想だった。



電車を降りて、駅を出たところで昨日から降り続ける雨に傘をさした。改札の外で誰かを待つ子や、傘を持たずに濡れながら歩く子を横目に歩いた。いつもの道、変わらない景色、同じ会話。

雨に少し濡れた手が冷える。くつ下の先が濡れる不快感。雨の日は憂鬱。晴れた日でも乾いた空気が寒さを運んでくる。

「おはよう。桐子」

「あ、おはよう」

私の普通よりも速い歩きについてきて後ろからクラスメイトの長島比奈子が話しかけてきた。その標準よりも少しばかり上回った体型の身体が、彼女の折り畳み傘では窮屈そうだった。

「今日の英語の発表の準備またやってきてないんでしょ、桐子」

「別に、困らないし」

「本当に留年しちゃうんじゃないの」

そんなわけないと言いながら二人で歩いた。


「霧島さん、考えてきてくれた?」

教室で待ち構えていたような様子の加賀美ユキに四回目の勧誘をされる。そして用意してきた返答を言う。

「お礼次第」

「ホントに!?ありがとう」

加賀美ユキは目を見開いて、満面の笑みを浮かべた。お礼まですると言われて「めんどくさい」という理由でやらないのは少し悪いような気がして、仕方なくではあるが彼女の話を受けることにした。どうせステージに上がって十分ちょっと演奏するだけなのだ。無味乾燥な放課後と怠惰な休日を送る私の時間のうちの十分程度、誰かのために使うのは悪いことではない。



私がベースでバンドに参加することを了承する前から演奏する曲の楽譜は貰っていた。

「そんなに、難しくないかな」

もう一度楽譜に目を通して自分なりのベースラインを組み立てる。今日は最初で最後の練習の予定だった。軽音楽部の部室は交代で使用する順番があり、もう使えないのでスタジオを借りて合わせるらしい。

「肩痛い」

あまり外に持ち出さない私のベースをソフトケースに入れて背負う。それなりの重さが私の肩にのしかかり、痛みを感じる。フェンジャパの黒いジャズベース。レフトハンドモデルだ。私はその重さを感じながらおぼつかない足取りで部屋をあとにした。



「昨日はお疲れ様、練習良かったよ」

「そうだね」

いつものように私より早く教室にいる加賀美に話しかけられる。

「いよいよ明日だよ」

本番は明日。私は緊張しないが、加賀美にとっては自分自身のライブ。それなりに気持ちも高まっているのだろう。


昼休みに弁当を食べ終えて、まだ人の少ない廊下を歩いていた。

「この世界の選択が近づいている。選択するのは君だ」

黒いスーツを着た目つきの悪い男が立ち塞がるようにして廊下に立っていた。

「わからないです」

「そうか」

男の意味のわからない話にしばらく間をおいてから返す。私の返事に納得したのか男は後ろを向いて歩き出した。私はそれを見送った。



いつもの道、変わらない景色、同じ会話の中に違う私が歩いていた。いつも通りの荷物にさらにベースを背負っていた。

「わ!びっくりした?」

「いや、全然」

私を驚かそうとして後ろからギターを背負った加賀美が現れた。私は彼女を置いて普通に歩いていく。

「えー、ちょっと待ってよ速いよ」

歩くのが遅い彼女のために歩幅を合わせていく。追いついた彼女が少し荒く息をして言った。

「霧島さんって脚長いよね」

「普通だよ」

「でも身長高いじゃん」

「平均よりはね」

いいなー、と呟く彼女を再び置いて歩いていく。


できる限り暗くした視聴覚室で、私達が立つステージだけが明るくなっていた。

「今日はベースで霧島桐子さんに助っ人で入ってもらいました。それでは聞いてください」

マイクに向かって、というよりかは観客の生徒に向かって話す加賀美。彼女が話したあとにドラムのカウントが始まり、曲が始まった。私は芯のある声で歌う彼女の裏でミスすることなくベースを奏でつづけた。

「ありがとうございました」

拍手。私も軽く頭を下げてからステージを降りた。


「すごかったね!」

興奮する長島を適当に受け流して私はベースを手に持ったまま昇降口へ向かった。長島が不思議そうな顔で私を見つめてくる。

「あれ、どこ行くの?」

「ちょっとね、選択をしに」

「え」

訳がわからない、といったような顔をして長島は立ち尽くしていた。気にせず私は上履きのまま校庭に出ていく。

「君の選択だ」

「わかってる」

案の定そこにスーツの男がいた。そしてその背後には宙に少し浮いた白い立方体があった。


ジリリリリリリリリリリリリリリ


「うるさいッ」

立方体から目覚まし時計のようなけたたましい音が鳴り響いた。何事だろうかと生徒や教師が外に出てくる。私はメガネをとって放り投げた。

覚悟を決めて、ベースを右手に握りしめて校庭の真ん中の立方体の前に立った。


大きく息を吸った。


ベースを振りかぶって、立方体に叩きつける。



鐘のような低い音が辺りに鳴り響いて目覚まし時計の音は止まった。立方体は細かい立方体になって砕け散った。

黒いスーツの男が近づいてきて手を叩いた。

「おめでとう」

後ろを振り向くと外に出てきていた生徒や教師たちが拍手をしている。私は髪を後ろにかきあげて顔を上げた。そして私のところへ走ってきた加賀美にこう言った。


「私のど乾いたな。お礼、何か飲み物奢ってよ」


「うん、もちろん」

彼女は笑みを浮かべて頷いた。

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