A.大抵悪は復活する。
ここは北の都に続く街道。
獣車なる乗り物に座り、はや1時間。ある問題が生じていた。
離れない。何が?シェナが。
「シェナさん。いい加減ルイ兄から離れてください。と言うかルイ兄の服を着ないで下さい。つか脱げ」
「そうだそうだー!離れろー!」
「むり」
むりて。いや、妹様よ、俺のはいいだろべつに。あとリリス、お前も乗っかるな。
「ねぇご主人」
「ご主人?ああ、俺か。どうした」
正面に座るルナとリリスを示指と中指で指差すシェナ。
「あのメス達うるさい」
「「メスッ!?」」
「お、おう?」
どうしよう。ルナとリリスが唖然としている。取り敢えずフォローに回るか。
「シェナ?人を指差しちゃダメだぞ?あと、ルナは俺の妹でリリスは…えと…なんだろ?嫁?」
「ちょっとルイー?」
リリスがじと目で此方を見てくるが、俺もいまいちこいつとの関係がよくわからん。
「ご主人は灰色とつがい?」
なぜか不安げな顔をしてこちらを見てくるシェナ。
「まだつがいじゃないぞ?」
そう言うと満面の笑みになった。かわいい。
「なら、わたしがつがいになる!子はできないけど…」
「まて落ち着け。なんでそうなった」
かわいいと思ったさっきの自分は何処へ行った。いや、落ち着け俺。思考が乱れている。
「だめ…?」
くりくりお目目が上目遣いで訴えてくるかわいい。
「うぐ…」
「「チッ」」
「あらあら~」
だめ?と言いながら尻尾を俺の腰に巻き付けてくる。く、くそっ!かわいい!もふもふがもふもふもふ。
「こら、シェナちゃん、ご主人様を困らせてはいけませんわ~」
「ハッ!」
「ごめんなさい」
「…許す!」
流石に混沌としていたらしい。救済の手はイルマさんから差し伸べられた。さすが俺の天使(今つけた)。
それにしても破壊力がえげつない。なにこの尻尾。そして、「ごめんなさい」の辺りから右腕を胸に挟んでギュッと抱き締めてきている。ああ、右腕が幸せに包まれていく~。
「「『チッ』」」
おかしい。なんか増えてる。
『ちょっとルイ。その子は何』
『何って、新しいメンバー?』
「ルイ兄、柊様が怒りますよ」
『なんでそんなに近いのよ!』
『そこ!?』
「なんかもう怒ってる」
『そこ以外に何があるって言うのよ!』
ほらやっぱりとルナとリリスが言うが、なぜ気付いたんだ?
『いやあるだ『ないわよ!』おいこら』
「女の勘しかないじゃない。浮気よ浮気ー」
『最後まで言わせろよ!』
『言わせないわよ!』
「リリス、言っておくがまだ結婚していないからな?」
『なんだよ…もう。それで、態々(わざわざ)思念を飛ばしてくるくらいだから、なんか急な用があったんじゃないのか?』
『その雌狐の件よ!』
「ご主人~」
「どうした」
『シェナのことか?』
「さっきから誰としゃべってる?」
「『!?』」
流石に柊も驚いたようだ。もちろん俺も驚いている。
「シェナ~?もしかして柊様とルイの遠心通が聴こえてる~?」
「えんしんつー?」
遠心通のことは分からないようだが、言葉は拾えていたらしい。ピンと立った耳をピコピコさせてるかわいい。
『やっぱり。その雌狐の恩恵と能力を調べた方がいいわね。多分だけど、どっかの土地神の息が掛かってるわ』
『ハッ…見れそうか?』
『いけそう』
俺の左目が暖かくなるのを感じる。柊が力を使っているんだろう。
「シェナ、俺の目を見ててくれるか?」
「わかった」
くりくりとしたお目目が再びこちらを見てくるかわいい。
『余計なことを考えない!はぁ、もぅ…ん~。蒼炎と幻と聖ね…ん?蒼炎と幻と聖?ちょっと口借りるわよ』
「ガラドニクス出てきなさい」
唐突に龍王を呼び出す麗。それに答えるかのようにイルマさんの左目に神紋が浮かび上がり、口を開いた。
「なんだ。今、我は書類整理で忙しい。手短にな」
書類整理をする龍王。ちょっと見てみたい。
「手短ね。博打狐の縁者が見つかったわ」
「……はぁ、奴め、わざと我らの所に送り付けたか」
「それは考えすぎよ。流石にアイツも未来はわからないわよ」
「貴様の眷属や我の眷属がモルトレスに行くことについては絶対知っていたぞ」
「……まぁ、そうでしょうけど。でもよ?旅ださせたのは5日前よ?その娘が捕まったのは20日も前じゃない。流石に無理があるわよ」
「だが、防御に置いて最高峰たる貴様の所に送り届けることは成功した」
「む~。あっ、よく考えたら本人に出て来て貰った方がいいんじゃない?」
「そうであるな。どうせ聞いているのであろう?出てこい白禍」
すると、右腕に抱きついていたシェナの"右目"に狐を象ったような神紋が浮かび上がる。
「クフフフ、気付くのが遅すぎるえ?」
かわいい顔を蠱惑的な笑みに歪め、これまた蠱惑的な声色でしゃべり始めたがそれもいい。
「久しぶりね、ご近所さんとは言え、会うのは数百年ぶりかしら」
「せやなぁ。そない経っても澪ちゃんわ変わらんもんやねぇ」
「澪っていうな!」
ああ、それで澪は駄目だったのか。今更納得。
「クフフフ、それで?妾がそち等にこの娘っこ渡したかーいう話やったなぁ。おぉむね間違ってないえ?」
「やはりか」
「まぁ元々何処かの神に育成任せよう思ーてたんやぁ。何せ妾は享楽と共に居る存在やろ?かぁわいい娘っこ博打漬けにするわけなぁあかんからなぁ」
「それで我ら所へ送ったと」
「そうだえ?まぁ、妾とて最初はガラドちゃん辺りが拾ってくれるとは思ってたえ?でもなぁ、澪ちゃんが来た時は確信したえ?こいつは拾うってなぁ!クフフフ」
「まった意味不明な自信よね。どっから湧いてくるのかしら」
「しかし確実に当ててくる所がこやつの恐るべき所よ」
「クフフフ。これでも"博打の神様"え?」
「貴様の異名は多すぎるのだ。まったく。それで、本命はなんだ」
すると、顔をにやぁっっとさせてこう口にした。
「クフフフ。5年後、悪神が復活するぇ」
「「!?」」
また、悪神ときたか…。魔王かと思った。
「妾の予想ではなぁ、西の都の先にある遺跡で復活するぇ」
「西の都の先…グリデン遺跡か」
「そこだぇ?」
「阻止はできない?」
「クフフフ、出来たら妾がしているえ?これでも"封印の神様"だぇ?」
「…そうね」
「貴様はどうするのだ?白禍」
「妾は情報を集めることにしてるわぁ。これでも"情報の神様"でもあるんやでぇ?クフフフ」
「…そうだな」
「クフフフ、何かしら仕入れたらこの娘っこで伝える様にす…どうしたん?はん。ガラドちゃん、澪ちゃん、ちと急ぎの用が出来たわぁ。ではま~たの~」
「やつめ、また何処かで賭博場を潰したな?」
「それもあってこの娘を渡したのもありそうね」
それはありそうだなと呟いた龍王は、ふと何かに気が付いた様にあ"っと声を出した。
「…書類整理をする。また会おう」
そう言えばこの龍王、最初に書類整理をしているとか言っていた気がする。
「はいはい。じゃあね~」
ふぅ、柊からは『変な気は起こさないでよー』なんて言われたが、どんな気だよ。
「そう言えばシェナは神術を教えて貰って無いのか?」
「しんじゅつ?」
神の眷属ならば神術を使っていないとおかしい。そう思ったんだが、神術自体を知らないとは…これ如何に。
「ルイくん、その考えは間違っていますわ~」
「え、そうなんです?」
「恐らくですけど、シェナちゃんは仮契約の状態なのですわ~。神の方から一方的に契約を押し付けると、能力だけが上書きされるのですわ~。
神術というのは、神力を消費することで自然的な現象を起こす奇跡ことですわ。だから、仮契約の場合は、力を使おうとしても神から流れてきた神力を対象者が塞き止めてしまうから、神術が発動しないのですわ~。
それでも発動させたい場合は、自分の魔力を神力の代わりに消費することで、魔法の様な現象を起こすことができるのですわ~」
「契約には両者の同意が必要なんでしたっけ?」
「そうですわ~。契約自体は神の求める物を自分のなにかと交換するなり、差し出したりすれば履行されますわ~」
そうね、したね、体液の交換。更に言えば文字通り差し出したね。俺の子種。
目の前で二人が赤くなっているが、気にしない、気にしてはいけない、気にしたくない。
「びゃっかねーさまがけーやくするか?とゆーかしろ。って言ってる。けーやくしたらご主人と同じになる?」
「ああ、うん。いいんでない?」
「ならする!」
そうシェナが言うと、神聖な光がその小柄な体から溢れだした。
わりと適当に返事してしまったが、これは大丈夫だったのだろうか。
いや、うん。大丈夫だ、問題ない。
「びゃっかねーさまが終わったって」
そう言い終わるや否や光が収まって行く。
「そうか、なんか変わったこととか無いか?」
「んー、ない!」
ない?まぁ確かに契約したては実感無いけどさ。
それよりも何を対価にしたんだろうか。
「それで、シェナは白禍様に何を差し出したんだ?」
「じゅみょー?を寄越せって言われたからあげた」
「へ?」
『ヘイアイマムオキテ!』
『どうしたのよ急に』
『寿命って契約の対価になんの?つかそんな簡単にあげれんの?』
『寿命?対価にはなるわよ。あ、寿命って言っても概念の方の寿命ね』
『と、言いますと?』
はぁ、しょうがないわねぇとか言いながらちゃんと教えてくれる柊マジ女神だわ。
『生まれて老衰で死ぬまでの長さのことを寿命って言うじゃない?つまり、寿命を捧げるということは、生まれて老衰で死ぬという生物の理を神に捧げてて、その契約対象の神と同じ時間を生きることになるってこと。と言っても、不死身ってわけじゃないから殺されたら終わりだけどね』
『契約したら一蓮托生というわけか。と言うか生物で無くなるのか?ん?』
なんか思ってたより難しかったぞ?
『生きてれば殆んどのものが生物よ』
『そういうもんか?』
『そういうもんよ。因みに貴方の寿命はもう貰ってるから』
『え、聞いてないんだけど』
『言ってないもの』
貯めていたお金を、いつの間にか嫁に取られていた夫の気分である。
そして、終わったならもう切るわねー。と、言って柊は遠心通を切った。愛の無くなった嫁の電話かよ。
其はさて起き、同等の存在となってしまった少女を見ると、頭にクエスチョンマークが浮かんでいるような幻視が見える。
一応柊との会話は聴こえていたのだろうが、理解の方が追い付かなかったようだ。
「ご主人、つまりわたしといっしょ?」
「あー、うん。そうだね一緒だね」
「やった!」
イルマさんも一緒だぞー。と、言ってはみたが馬に念仏みたいだ。あ、久しぶりことわざ使った懐かしい。
「そうだ。神術の扱い方を練習しなきゃな。イルマさんって教えるの得意な方です?」
「そうですわね~。出来ないことはありませんが、この場合はルイくんがした方がいいですわ~」
「…善処します」
人に教える程神術を昇華しきってないんですイルマさん。それと善処ってこの場合適応されるんだろうか。
目の前に水を空間から取り出して浮遊させ、神術の扱い方と現象の原理等の知識をシェナに伝えていく。
結局、独立都市ガラドニクスに着くまで、人に教える事の難しさに四苦八苦しながらも、シェナに神術について教える事になった。
都市につく頃には、教師の大変さが身に染みてわかったルイであった。




