悪辣な教えの真実
僕は、この学院に入学して以来、勉強の傍ら術式の研究をしていた。
あの忌まわしい過去を消し去り、マリーを取り戻す魔法の術式を完成させるために。
そもそも死んだ人間を復活させる魔法など存在しない。
ファーラ教最高位の司祭だとしても不可能である。
しかし、死んだ人間を復活させる魔法を作り出す事ができるとしたら、僕は過去の呪縛から解放されるかもしれない。
僕はその一念で魔法の研究を続けてきた。
そして僕は遂に、ある結論に辿り着いた。
多重連結術式の平行励起による高時空間への干渉――
つまり、効果の違う数十の術式を連結させ、同時に発動した時に生じる超高エネルギーを制御し、魂が存在すると云われる高時空間に干渉して、死した魂を復活させる。
この魔法が実現すれば僕の願いは成就される。
しかし、微小な魔力しか持たない僕には実現する事などできない。
そこで、この魔法の理論と複雑に連結された数々の術式を論文に纏め、実現可能な人間を探す…。
王都の魔術研究機関ならばそれも可能だろう。
「今日は珍しく機嫌が良さそうね、何か良い事でもあったのかな?」
いつもの図書館で、遂に論文が完成し、達成感と開放感に満たされた僕に、リザがにこやかに話しかけてきた。
「ずっと研究してきた魔法の論文が遂に完成したんです!」
「まあ!おめでとう!」
「ありがとうございます。」
「それで、その…どんな魔法なんですか?」
「ああ、多重連結術式の平行励起による高時空間への干渉です。」
「多重連結…うーん、ちょっと私には解らないかな。」
確かに普通に学院で学んでいるレベルの知識では到底理解できる技術ではないだろう。
「あー、つまり、要約すると死者復活の魔法ですね。」
「死者復活って、禁忌の魔法じゃないですか!」
「はい、ただ禁忌としているのは教会の圧力があるためであって、法的には特に制限がないんですよ。それに、まだまだ問題が多くて、簡単に実現できるものではないんです。」
「ファクト君でも?」
「僕なんかじゃ、一生掛かっても無理ですよ。なにせほら、実技が苦手ですからね?」
期待した表情のリザに、僕は苦笑いを作って見せた。
「え、でも特別講師でいらっしゃったアイリス先生の実習で、唯一課題をクリアできたって噂になってるじゃないですか!」
確かに、あの講師が油断していただけで僕は何もしていないのだが、いつの間にか僕だけが唯一課題をクリアしたと院内で噂が広がっている。
「はぁ、まあそうですけど…」
「明日もあの講習なんだろうなぁ…私には絶対無理だよ…。」
あの特別講師の無茶苦茶な講習は、その後も続いていた。
ポツリポツリと貧血で倒れる前に棄権する院生も増えてきたが、未だに講習後には阿鼻叫喚の大惨事になっている。
もちろん唯一課題をクリアした僕は、演習場の片隅で激闘をよそに勉学に励んでいる。
やはりリカルドは最後まで食らいつき、連日貧血で倒れるまで課題に挑んでいた。
ある日、リカルド以外の全員が棄権し、遂に人一倍自尊心が強かったリカルドも、自ら棄権を宣言した。
気力も体力も使い果たした院生達からは口々に辟易した言葉が漏れ聞こえてくる。
リカルドも地面に拳を叩きつけながら悔しがっている。
アイリスは、そんな怨嗟と罵声が渦巻く院生達の前に歩み出て、良く通る声で言い放つ。
「諸君、連日の過酷な実技講習ご苦労だった。これにて全員合格だ!」
「ちょっと待て!全員棄権してんのに合格だと?」
リカルドは込上げる怒りを叩きつけるように、アイリスを怒鳴りつけた。
「確かに私は、私の体に触れろと言った。だが、それはルールでしかない。」
その通りだ。彼女は初めから合格条件を口にしていない。
院生達は疑問を浮かべ、顔を見合わせている。
「この実技講習には合格条件が2つある。1つは私の体に触れる事。これは私の意図にはそぐわないのだが、一人だけ達成した者がいる。」
彼女の一言で院生達の冷ややかな視線が一斉に僕に突き刺さる。
「そして2つ目、それは全員が棄権する事だ。」
彼女は釈然としない表情を見せる院生達を見回し言葉を続けた。
「体力、そして魔力の限界は必ず存在する。各々個人差もあるだろう。これは感覚的な部分が大きく、実戦を経験しなければ容易に身に付くものではない。私は諸君に自らの限界を教えるために今回の課題を用意した。」
彼女が用意した実技講習の目的を知り、僕は衝撃を受けた。
多くの院生達は貴重な軍事力として従軍する事になるだろう。
もちろん、ウィザードの資格があれば農業、工業、商業と多方面での需要があり、魔法による技術革新、そして利益の向上は計り知れない。
もし従軍中、頻繁に貧血で倒れていては、お荷物どころか最悪命の危険に繋がるのだ。
「合格の条件を全員の棄権にした理由は、棄権者一人一人に合格を通知しても良かったのだが、噂を聞いた者が講習の意図も知らずに怠慢で棄権するのを防ぐためだ。それに、諸君らは初日に比べ、多くの術式が体に刻まれている。」
確かに、多くの院生は体の至る所にタトゥーが増えていた。
術式をタトゥーとして体に刻む事で、術式を記述する過程が省かれ、瞬時に魔法を発動する事ができるのだ。
「強敵を相手に、考え、戦術を練り、術式を刻み、そして自らの限界を知る。これこそが君たちの成長であり、私の求めた答えだ!」
いつも講習を呆れて見ているだけだった精神論講師が立ち上がり、彼女に拍手を送る。
それが少しずつ院生達にも伝播し、やがて歓声が沸き起こった。
あのリカルドでさえ彼女に拍手を送っている。
そして彼女は、照れたように肩を掻きながら声を上げた。
「あー明日からは諸君がこの講習で学んだ事を生かした対抗戦をやろうと思う。良く休んでおくように。以上だ!」
皆が一斉に快い返事を返す。
彼女は今日、院生全員の信頼を勝ち取ったのだ。
僕もこの一件で、彼女に抱いていた不信感のようなものが払拭されたのは言うまでもない。
そして僕は僕自身に対する嫌悪感を強めた。
僕はまた戦わずに逃げてしまったのか…あの時と同じ様に――
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