煩わしきは
僕にとって、この学院で煩わしいものが二つ存在する。
その一つが、こいつらだ。
どこぞの貴族の跡取り息子でリーダー格のリカルドと、彼に媚を売ろうと常にべったりの腰巾着4人、彼らは常に5人一組で行動し、何かにつけて僕に絡んでくる。
今も、すれ違い様に目障りだと胸倉を掴み、拳を固めてニタニタと笑っている。
殴りたければ早く殴れ、時間の無駄だ。
冷めた視線で見上げると、僕の目付きが気に入らないらしく、怒りを露わにして殴りつけてくる。
原則、院内では無許可での魔法の使用は禁止されている。
見つかれば重い処罰が下されるため、彼らは魔法を使わず、素手で殴りつけてくる。
床に転がった僕を取り囲み、全員で痛めつけるつもりらしい。
それで気が済むなら早くしてくれ。
と、そこへ件の特別講師が現れた。
「オマエら何してんだ?喧嘩か?それともイジメってやつか?」
「チッ、行くぞお前ら!」
リカルド達は不機嫌そうに唾を吐きながらその場を後にした。
「ケガは…大した事なさそうだな。大丈夫か?」
「ええ、いつもの事ですから。」
「いつもの事ねぇ…。なら、ガツンとブッ飛ばしてやれば良いだろ!」
そう言って彼女は握った拳を僕の目の前に突き付けた。
「僕の腕力や魔力では彼らに敵いませんから。それに、5対1では分が悪い。」
僕は目の前に突き出された彼女の拳を左手で優しく払った。
「戦う事から逃げるのか?」
「逃げる?僕にとって彼らと争う事にメリットがありません。それに、逆らえば更に面倒な事になる。僕なりの協調性というやつです。」
「オマエが何もしない事で彼らが増長しているとしてもか?」
「僕には関係ありません。失礼します。」
これ以上の問答は時間の無駄だ。僕は彼女とすれ違うように通り過ぎ、その場を去った。
戦うだと?下らない、必ず負けるのは解っている。
――あの時と同じだ、僕は見ている事しかできなかった…。
何の意味がある?僕は失ったあの時間を取り戻すためにここにいる。
――あの時僕が何もできなかった事から逃げているだけじゃないのか…。
考えれば考えるほど解らなくなる。
戦う事から逃げるのか?彼女の一言が胸の奥の深い所に突き刺さる。
僕にとって、この学院で煩わしいものの2つ目、それは実技講習の時間だ。
魔法の効果的な運用と、自己の能力向上を目的とした必須カリキュラムである。
術式さえ組むことができれば僕はどんな魔法でも使える。
しかし、圧倒的に魔力が小さく、課題をクリアする事ができない。
拳大の鉛玉を1メートル動かすだけの課題でも、皆は得意の魔法で簡単にクリアしてゆく。
特にリカルドに至っては10メートル以上動かして得意げにしている。
僕はと言えば数センチ動かしただけで貧血を起こすほどだ。
今までの講師は僕に長い補修を課せ、やる気や精神論でどうにかなると、貧血で倒れるまで無理矢理補修を続けさせた。
僕の能力における特性上、魔力が小さいのは仕方がない事なのに、やる気や根性でどうにかなるなど講師として失格である。
そしてある日、いつものように実技講習のため演習場で整列していると、いつもの精神論講師に連れられて、あの特別講師が現れた。
「諸君、今日は王都よりいらした特別講師の方に実技講習をして頂く。それではアイリス先生、宜しくお願いします。」
彼女は前に出て僕達を見渡す。
「私は講師としての日が浅く、教鞭を振るうには少々経験が足りない。そこでだ、今日は実戦形式で諸君の実力を試したいと思う。」
整列していた院生達は互いに顔を見合わせ、ざわめく。
彼女は一呼吸置いて、ざわめきを引き裂くように言葉を続ける。
「――と言っても、諸君に危害を加えるつもりはない。ルールは簡単だ、私に触れるだけで良い。諸君は全員一斉に全力で魔法を使って構わない。私はそれに対して一切反撃を行わない。以上だ、何か質問はあるか?」
院生達は自信満々といった表情で無言で頷く。
横に控えていた精神論講師は、あまりにも無謀な課題に目を白黒させ呆気に取られている。
「準備は良いか?では、講習を始める。殺すつもりで来い!!」
こうして無茶苦茶な講習は幕を開けた。
院生達は人に向かって魔法使う事など初めての経験で、殺傷力の低い魔法を使い、陽動やフェイントを駆使して彼女に殺到した。
しかし彼女は、欠伸をしながら簡単に院生達をあしらってゆく。
「どうした、その程度か?殺すつもりで来いと言った筈だぞ!」
そんな彼女の言葉に最初に反応したのは、やはりリカルドだった。
人の頭程の大きな炎の礫を彼女目掛け次々と発射し、腰巾着達4人も威力は劣るが同じ魔法で彼の後に続く。
直撃すれば火傷では済まないだろう炎の連撃を、彼女は軽快にかわしてゆく。
それからは院生全員による一斉攻撃が始まり、いたる所で大地が割れ、炎の柱が立ち昇り、疾風が吹き荒れた。
演習場はまさに地獄絵図と化したが、誰も彼女に触れる事ができない。
魔法の連続使用で血液を失い、院生達が次々と貧血で倒れ、精神論講師に運び出されてゆく。
僕はこんな馬鹿馬鹿しい講習に付き合ってられず、序盤から場外にある木陰で本を読みながら戦場を眺めていた。
どれくらいの時間が経っただろうか、ついに最後まで立っていたリカルドも貧血で倒れ、彼女を残し院生達は全滅した。
精神論講師はどういう事かと彼女に駆け寄り、弁解を求める物言いを繰り返しているが、彼女は聞く耳を持たずこちらに近付いて来る。
ついに僕の目の前に来た彼女は、腰に手を当て僕の瞳を覗き込むように顔を近付けた。
「オマエはまた戦わずに逃げるのか?」
「馬鹿馬鹿しい、彼らでは貴女相手に戦いにすらなっていません…。」
そう言って僕は彼女の露わになった肩に軽く触れながら立ち上がる。
「僕を除いては。」
彼女は驚いたような顔で、肩に触れた僕の手を見つめている。
「僕の勝ちですね、失礼します。」
その夜、僕は夢を見た。
隠れていたクローゼットから飛び出し、マリーに襲い掛かろうとする傭兵崩れに突撃し、殺される夢を――
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