物言わぬ知識の監獄
僕は午後の学院の喧噪が嫌いだ。
過去に囚われず、未来への不安を忘れ、今を謳歌する。そんな愚か者達が群れ集い、市井の下らない風評や根拠のない噂話に花を咲かせる。
僕の価値観では理解できない。
「見て、あそこ!」
「ファクト先輩よね。」
「また魔法学の試験でトップだったらしいわよ。」
――下らない。学業の成績など僕にとって何の意味も持たない。
「あのミステリアスな雰囲気、素敵じゃない?」
「でも難攻不落らしいわよー。」
「なによ、アンタも狙ってんじゃないでしょうね。」
――黙れ。僕が欲しいものは、そんな仮初めの愛情なんかじゃない。
僕は温かい日差しに満ちた渡り廊下を歩いていた。
同年代の女達は僕を見つけては下らない話に花を咲かせる。
しかし、それを回避しようにも、この渡り廊下を通らなければ図書館に辿り着く事ができず、必然的に中庭で群れを成す彼女たちの好奇の目に晒される。
僕は不快感と苛立ちを露わにしたまま足を速める。
その時、不意に眼前から緊張感のない気の抜けた声で僕を呼び止める者がいた。
「おーい少年、院長室ってのはドコだ?ちょっと案内してくれねーか?」
僕よりもかなり年上のその女性は、面積の小さい服を着て、僕を観察するかのように見ながら答えを待っている。
この春から特別講師が入って来る噂はあるが、格好からすると教職者に相応しくないので違うだろう。
それならば、学院に入学可能な年齢に上限はないので、新しく入学する院生である可能性が高い。
「ここを真っ直ぐ行って突き当りを右です。失礼。」
僕は簡潔に言い放ち、その場を後にした。
後ろから、なんだアイツと呟く声が聞こえたが、他人からどう思われようと僕には関係ない。
僕は更に不快感を募らせ、図書館へ急いだ。
静まり返った図書館は僕にとって安息の地である。
物言わぬ膨大な知識に囲まれ、何者にも干渉される事はない。
いや、ただ一人を除いて…。
「こんにちは、ファクト君。どうしたの?そんな不機嫌な顔をして。」
彼女はリザ、僕と同期で試験ではいつも首位争いをしている。
童顔で愛嬌が良く、同年代の男性には人気がありそうなものだが、人と接する事が極端に苦手だと話していた。
そのためか、前髪を下ろし人と目を合わせないようにしているようだ。
服装はいつも地味で目立たない格好をしている。
僕は勉強と研究のため、毎日図書館に通っていた。
彼女とも毎日のように図書館で顔を合わすようになり、やがてどちらともなく話し始め、この学院で唯一親しくしている人物となった。
「なんでもありません。変な女性に会っただけです。」
「変な女性…と言うと?」
僕は先程渡り廊下で会った女性を話して聞かせた。
「それは新任の講師の方だと思いますよ。新入生で私達より年上の方は入学していませんし。」
「そうですか。」
「なんでも、王都の第三魔術研究機関からいらっしゃったそうですよ。」
「第三魔術研究機関!?」
僕はその言葉を聞いて椅子から腰が浮いた。
王都にある魔術研究機関と呼ばれる組織は、国内で最先端の魔法研究が行われている。
近隣諸国で最も魔法文化が進んだアルフォード王国において最高峰という事は、大陸で最も高い魔法技術を有する組織である。
僕がこの学院に来た目的が魔術研究機関に入り魔法の研究をする事だから驚くのも無理はない。
「ファクト君の夢でしたものね。その特別講師の方から推薦を頂ければ魔術研究機関に行く事ができるかもしれませんよ?」
「そうですね、頑張ってみようと思います。」
目的のためなら手段は選ばない。
過去を取り戻すためなら僕は何だってする――
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