過ぎ去りし日の虜囚となりて
戦で親を失ったのか、あるいは貧困ゆえに食い扶持を減らすために捨てられたのか、今となっては理由なんて知りようもなければ興味もないが、街外れの孤児院で貧しいながらも慎ましく、多くの同類達と共に僕は育った。
孤児院には3人のシスターがいた。
中でもシスターマリーは僕にとって母親のような特別な存在だった。
あの優しい笑顔は今でも忘れる事ができない。
ある日の午後、マリーと僕達数人の孤児は院内で隠れんぼをしていた。
なんの変哲もないありふれた日常。
しかし、そんな平穏な時間が突然の闖入者によって脆くも崩れ去る。
3人の傭兵崩れが孤児達を弄び、引き裂き、貫く。そして必死に抵抗するシスター達を凌辱し、嬲り、殺した。
クローゼットに隠れていた僕は声も出せずに、地獄のような光景を見ている事しかできなかった。
共に暮らした皆の泣き叫ぶ声が耳から離れない。
傭兵崩れがマリーに襲い掛かった時、孤児の一人が魔法を放ち傭兵崩れを吹き飛ばすが、傭兵崩れは激昂し孤児はあっけなく切り倒された。
やめろ、やめてくれ。
喉が潰れたように恐怖で声が出ない。
マリーが目の前で凌辱される。
やめろ、嫌だ、誰か助けてくれ。
叫ぶような祈りは届かない。
マリーの胸に深々と突き刺さった短刀から温かい血飛沫が吹き上がる。
そして僕の意識は闇の中に深く沈んでゆく…。
毎晩のように夢に見る光景――。
その後、孤児院を襲い金品を奪って逃走した傭兵崩れ達は自警団に捕まり、処刑されたそうだ。
そしてクローゼットで気を失っていた僕は、孤児院に物資を卸していた商人に引き取られ、商人の手伝いをしながら死に物狂いで魔法の勉強をして、15歳の時にシルフィア魔法学院に入学した。
学院に入学するには15歳以上でなければならず、また何らかの魔法の才能を持っている必要がある。
そもそも魔法に分類される能力とは、体外の事象に干渉して、何らかの現象を引き起こす事ができる能力の総称である。
魔法の才能を持って生まれる者は、およそ千人に一人程度。
使い方を誤れば非常に危険である事から、扱い方を教え、能力を持つものを管理するため国内各地に魔法学院は存在する。
どちらかと言えば管理する事の重要性が大きく、卒業資格であるウィザードの称号がなければ原則、公での魔法の使用は禁止されている。
僕は商人の手伝いをしていた時、物資運搬用の浮遊魔法の術式を遊び心で書き真似て使ったところ、微弱ながらも物を浮かす事に成功した。
他にも簡単な術式を真似て使える事を知った僕は、何らかの魔法の才がある事を自覚した。
それからは、勉強の日々だった。
学院に認められ、入学を許されてからも勉強を積み重ねた。
失われた時間を取り戻すために、例え悪魔に魂を売り渡したとしても…。
それから2年の月日が流れた。
リィンフォルトでの一件から遡る事半年前――
あの頃の僕は、忌まわしい過去の虜囚のままだった。
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