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深淵を知る者  作者: Gary
暗き口腔は朱に染まりて
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街門前の死闘

「街への進入を拒むとは、どういう了見だ!」


 繊細な金の装飾が施された純白の重鎧を身に纏い、雨に濡れた長い赤髪を振り乱しながら自警団長ユースに、アルテミシアの側近である近衛騎士ミラルダが詰め寄る。


「ですから、何度も述べているように、盗賊団のスパイである可能性がある限りお通しする事は出来ません。」


「貴様、アルテミシア殿下への不敬であるぞ!」


「とは言いましても、我々は街の秩序と平和を守るという大義がございまして、例え王女殿下の御一行様だとしても盗賊団と内通している可能性を看過かんかする事はできません。」


「くどい!そのような戯言ざれごと、こちらとて看過かんかできん!」


 彼女はワナワナと怒りに震える手で、腰に下げられた突剣レイピアつかを握った。


「おやおや、剣を抜くと?武に訴えし通るというのであれば、盗賊団とのつながりを肯定こうていなさるのですな?」


 街の正門の前で隊列を組む自警団64名と、王女の乗った馬車を囲む近衛兵12名が対峙し、一触即発の状態になる中、馬車の後ろから僕達3人が現れ、ざわめきが起こる。

アイリスは担いでいた盗賊フラッツをユースの前に軽々と放り投げると、声を張り上げた。


「双方、武器を収めよ!」


 アイリスはユース率いる自警団、そして近衛兵の面々を見渡し言葉を続ける。


「さて、今回のこの騒動、そちらの馬車の中におわす王女アルテミシア殿下を暗殺せんと自警団長ユースが画策した計画によるものである。盗賊団に背後から襲わせ挟撃きょうげきするつもりでいたようだが残念だったな、我々3人が壊滅させた。」


 そう言ってアイリスは顎で、縛り上げられユースの足元に転がるフラッツを差した。


「自警団の諸君、前自警団長を暗殺したのもこの男の計画によるものだ。ベルガー殿ともあろう方が無名の傭兵崩れ程度に後れを取るものか!」


 自警団の面々は騒めきながら互いに顔を見合わせ、手にした武器を捨て後ろへ下がった。


「貴様ら!私の命令に逆らう気か!武器を取れ、大義はこちらにある!反逆者共を皆殺しにせよ!」


 ユースの叫びは虚しく雨の中に消えてゆく。


「大義?率いる者に信も忠義も無くして大義などありはしない。そして、王女殿下暗殺を企む貴様こそアルフォード王国に牙をく反逆者だ!」


アイリスはスッとユースを指さし、その後ろの自警団の面々から口々に罵声ばせいが発せられた。

ユースはうつむき顔を歪ませ、怒りと苛立ちをあらわにする。


「黙れ…、貴様さえ…、貴様さえいなければ私の思い通りになっていたものを!」


 ユースは背中に交差するように背負っていた巨大な両刃の斧を抜き放ち、右手の大斧をアイリスの頭上高くから振り下ろした。

金属のぶつかる鈍い音が割れるように辺りに響く。


 咄嗟とっさに2人の間に飛び込んだザックスが片膝を付き、剣を両手で支えるようにして受け止め、大斧が火花を散らしながら剣の切っ先の方へ滑るように駆け抜け、地面に突き刺さる。


 しかし、間髪入れずに左手の大斧が横一文字に空を切りザックスに襲い掛かった。

ザックスは剣を盾に受け止めようとしたようだが、その剣は真っ二つに折れ、グシャリと不快な音を立てて十メートルほど吹き飛び、泥の中に横たわる。


 無情にザックスを打ち付ける雨粒――

ザックスの姿を見て王女の近衛兵達、そして僕もユースに敵意を向け各々武器に手をかける。


「待て!」


 アイリスが左腕を伸ばし、僕達を制止させた。

近衛兵達はどういうことだと疑問の表情を浮かべ、アイリスを睨みつけるが、アイリスは無言でザックスを見つめている。


「ベル…ガー様…」


 ザックスは折れた剣を支えにフラフラと起き上がり、先程自警団達が手放した武器の中から長剣を拾い上げた。


「彼はまだ諦めてはいない!彼は生きている。生きているなら戦える!彼に戦わせてやってくれないか?」


 近衛兵達はアイリスの判断に疑問を抱きながらも戦意を押さえ、ザックスとユースの戦いの行く末を見守った。


「諦めない…戦える…ベルガー様の仇…」


 ザックスはそう呟きながら、おぼつかない足取りで、怒りで顔を歪ませるユースと対峙し、両手で真っ直ぐ長剣を構え、ゆっくりと呼吸を整えながらユースを睨みつける。


「小僧!あの女を連れて来たのはお前だったな!お前もあの女と同罪だ、死ねっ!」


 ユースの左右の大斧から繰り出される怒涛どとうの連撃がザックスに襲い掛かる。


 かなりの重量があると思われる大斧を軽々と振り回すユースは、筋力強化系の能力を持っていると推測できる。

しかし、破壊力にものを言わせ振り回すだけのユースの攻撃は、単調で練りがなく、勢いこそあるものの、ザックスは後ろに下がりながら見事に長剣で受け流す。


「ベルガーのお遊び剣術ではその程度だ、私に傷一つ付ける事は出来ん!死ね、死ね、死ねー!!」


 ぶつかり合う大斧と長剣、飛び散る青い火花、降りしきる雨の中繰り広げられる激闘はユースの攻勢が激しく、ザックスはだいぶ押し込まれていた。


 遠くで一際大きな雷が轟く――


「ベルガー様の剣は遊びなんかじゃない、護るためのものだ!貴様に、貴様なんかに負けるものか!」


 その刹那せつな、ザックスの瞳が強く輝き、長剣で下段から大斧を弾くと同時に足元の泥水を掻き上げ、ユースの顔面に飛ばす。

ユースが一瞬の隙を見せた瞬間、彼の右側面に飛び込みながら右の大斧の柄を這うように、剣を大きく振り抜いた。

ユースの右手の人差し指から小指までの四本の指が四散し、支えを失った大斧が地面に転がる。


 驚きと痛みに支配され、顔を引きつらせるユースに、気迫を込め勢いのまま長剣を叩き込み、左手首を吹き飛ばす。

膝を付き血飛沫ちしぶきを上げ、失った左指と右手を見ながら悲鳴を上げているユースの喉元に長剣の切っ先を突き付け、睨みつけるザックス。


「どうした?ベルガーの仇なんだろ、殺さないのか?」


 アイリスが鬼のような形相で唇を噛み締めているザックスに問いかけた。


「殺したい…殺したいほど憎いです。でも…」


 ザックスはユースの前に深々と長剣を突き立てた。

驚いたユースはヒッと短く悲鳴を上げて後ずさる。


「この男には生きて罪を償ってもらいます。死よりも辛い贖罪しょくざいを味わってもらいます。」


「そうか…甘いな。オマエもベルガーに似て甘い男だ。」


 そう言ってアイリスは微笑を浮かべ、先程ユースと口論していた近衛兵の中でも一際身分の高いと思われるミラルダに歩み寄った。


「ミラルダよ、後の事はアンタに任せる。」


「古い付き合いだ、任されよう。それよりも、どこで何をしているのかと思っていたが、随分と派手な登場だったな。」


「お二人共、お知り合いなんですか?」


 親しげに話す二人を見て不思議に思った僕は、二人の姿を交互に見ながら問いかけた。


「まぁ、そんなトコだ。それよりも中に入って飯でも食わないか?雨に打たれてちゃ風邪引いちまう。それに、王女さんをこんなところで待たせておくわけにもいかんだろー?」


「そうだな。」


 残された自警団達は、これほどの事件があったにも関わらず統制の取れた動きで本来の持ち場に戻り、近衛兵達はミラルダの号令の下、今回の一件の首謀者ユースとフラッツを捕縛ほばくし無事リィンフォルトの街の門を潜った。


 門の内側では騒ぎを聞きつけていた市民が歓声を上げ、僕達と近衛兵を暖かく迎え入れてくれた。

そして街の中で最も大きく、高級な宿に案内された僕達は、泥で汚れた体を洗い流し、用意された服に着替えて、見た事もない色とりどりの豪華な食事が並べられた長テーブルの末席に座った。


 落ち着いた雰囲気の大部屋には僕達3人と12人の近衛兵、そして上座にはこの世のものとは思えない程の絶世の美女が豪華なドレスを身に纏い、高貴な雰囲気を漂わせていた。

彼女がアルフォード王国の王女、アルテミシア殿下である事は明白である。

太陽のような気品ある姿は威圧感のようなものを放ち、覗き見る事も畏れ多い。


 人生で初めての震えるような緊張を味わう僕の隣では、食事の作法などあったものではない行儀の悪さで目の前の料理を平らげるアイリスが僕の顔色を一段と青ざめさせる。


「どーした、食わないのか?こんな料理滅多に食えるもんじゃねぇぞー。今日はあいつのおごりだからな、遠慮しないで腹いっぱい食っとけよー。」


 アイリスは手に持ったフォークで上座に鎮座ちんざする王女を差し、再び目の前の料理と格闘を始めた。

血の気が失せ、気を失いそうになる僕を見て上座の方からクスクスと妖精のような笑い声が聞こえた。


「そうですよ、今日は私のおごりですから、お口に合うか分かりませんが遠慮なさらず召し上がって下さいね。」


 そう言ってアルテミシア王女が微笑みながら食事を促す。


「い、いた…いただきます…」


 震える声が裏返り、手に持ったフォークを落としそうになりながら、目の前の豪華な食事を口にするが緊張のあまり味覚が混乱し、味など解らない。


「ところでアイリス殿、今回の一件、少ない犠牲で事なきを得た。誠にかたじけない。」


 王女の横に座るミラルダが、食事に夢中になっているアイリスに深く頭を下げた。


「あー、乗りかかった船みたいなもんだ、気にすんな。」


「事の詳細は自警団のザックス君に聞いた。後の事は我々が厳粛げんしゅくに対応させて頂く。」


 僕の対面に座るザックスは僕と同じ様にガチガチに緊張しているようで、自分の名前が出るとビクリと身を震わせていた。


「それはそうと、私達に何の連絡もなくシルフィア魔法学院に特別講師として赴任とは一体どういう事だ?」


「そうだ、アル様もワタシも寂しかった…。」


 ミラルダの対面に座る少女が初めて口を開いた。

彼女は容姿に見合わないような豪華な白銀の胸当てと小手を身に着け、短めの栗色の髪を後ろで束ね、鋭い眼光を放っている。

幼さの残る顔立ちにも関わらず、席の序列的にはミラルダと同程度の立場にあるようだ。


「済まなかったなミリアム。少し思うところがあってな…」


 アイリスは少女に謝り、暗い顔でうつむいた。


「サイラス殿の事か…。それにしても私達に一言ぐらい声をかけてくれても良かったのではないか?私も心配したのだぞ。」


「済まない…。」


「まあまあ、久しぶりの再会なんですから皆さん暗い顔をなさらないで下さい。」


「アルテミシアも済まない…。済まないついでに一つ頼まれてくれないか?」


「何でしょう?私にできる事でしたら何でも仰って下さい。」


「こいつはシルフィア魔法学院生のファクト・マークス、しばらくの間このファクトを保護してやってもらえないか?」


 僕はあまりの事態に目を丸くして驚いた。


「構わないが、何があった?話を聞かせてくれ。」


「少し重たい話になる。人払いをしてくれないか?」


 王女の指示で近衛兵とザックスが速やかに部屋を出た。


 僕、アイリス、アルテミシア王女、近衛騎士ミラルダ、近衛猟兵ミリアムの5人だけが広い部屋に取り残され、アイリスはここに至るまでの経緯を語るのだった…。

この出会いが僕の、いやこの国の運命を変える事になろうとは、この時誰も予想していなかった――

ご意見、ご感想、評価など頂けたら私の魔力も滾りますので、どうぞよろしくお願い致します!

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