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深淵を知る者  作者: Gary
暗き口腔は朱に染まりて
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暗き口腔は朱に染まりて

 一方その頃、アイリスは自警団の屋敷の裏手の塀を乗り越え、難なく敷地内に侵入していた。


(灯台下暗し、テメェの懐は警備もザルってか?)


 彼女はニヤリと笑い、勝手口から静かに屋敷の中に入り込む。

そこは簡素な作りの調理場で人気はなく、豪華な食器棚が並び趣味の悪い器が収められている。

注意深く辺りを見回していると、天井に小さな扉を発見した。


(こいつだな。)


 彼女は小さく呟き、軽々と扉の中へ入って行く。

そこは保管庫として使われていたらしく、埃を被った小さな木箱と空き瓶が乱雑に転がっている。

広く屋敷全体に張り巡らされたはりを伝って行けば全ての部屋の屋根裏に行く事ができそうだ。

天井から漏れ出る光を頼りに一部屋ずつ様子を探って行く。


 すると、先程訪れた団長の執務室と思われる部屋で話し声が聞こえてきた。

目を細め、天井の隙間から中の様子を伺うと3人の男が密談しているようであった。


 一人は先程会った自警団長のユース、もう一人は肉団子のような醜い塊が貴族風のきらびやかな服装で短い顎髭をさすっている、そして最後の一人は頭まですっぽりと黒いマントを纏い静かな殺気を放って佇んでいる。


「既に準備は整っている。」


「ユース殿、失敗は許されないのだ。素直に彼らの力を借りた方が得策だと思うのだがね。彼らの実力はベルガーを始末した時に解ったと思うが?」


 と、肉団子は黒マントを一瞥する。


(ベルガーを殺ったのは、あの黒マントの男か…)


「我々だけで十分だ、それに彼らも表立っての行動は望むところではないと心得ている。」


「王女の護衛には厄介な小娘が2人付いておるのだぞ?」


(王女!?まさか王女の暗殺が奴らの目的か!)


「把握している。そのための対処も万全だ。」


「対処、というと?」


「ナイトクロウ…バルト殿も御存知であろう?」


(盗賊団ナイトクロウ!そうか、森ん中にいた連中だな…)


「ほぉ、噂に名高い盗賊団を抱え込んだか。」


「決行は明朝、王女が街に入る直前に自警団総員とナイトクロウが挟み撃つ。王女一行は街に侵攻してきた盗賊団と自警団の戦闘に巻き込まれて逝去せいきょされた…という筋書で後事の処理をお任せする。」


「良かろう、せいぜい武運を祈っておるよ。」


 そう言って肉団子と黒マントは部屋を出た。アイリスも急いで屋敷を後にする。


(奴らは王女を消すつもりか…盗賊団ナイトクロウ、厄介な連中だよ全く。急がねぇと、もし見つかったらあの2人じゃ手に負えんな…。)


 逸る気持ちをよそに、次第に強く降り出す雨が彼女の足を鈍らせる。

そして、すぐ近くで轟く雷鳴が彼女の心を締め付ける。

沸き起こる不吉な予感を押し殺し、彼女はひた走った――



 大量の土砂が入口に雪崩込み、転がり込むように洞窟内に入った僕を巻き込み退路を塞いでしまった。

左足と左腕に走る激痛、幸い動かす事はできるが激しく出血している。

ザックスは軽い擦り傷程度で済んだようだ。

しかし、最悪の事態はここからだろう。

異変に気付いた盗賊達がすぐに駆け付けて来るに違いない。


 遠のきそうな意識を気力でつなぎ、すぐさま上着の袖を引き裂いて止血を始める。

この状況でこれ以上血を失っては、生きてここから脱出する事は出来ないだろう。


「ザックス、怪我はありませんか?」


 そうザックスに問いかけるが、へたり込んだまま土砂で塞がれた入口を呆然と見つめている。


「ザックス、しっかりして下さい!僕達は落雷による土砂崩れで退路を塞がれてしまいました。この洞窟の広さは?それに別の出口はありますか?」


「そ、そんな…。」


 ザックスは絶望に暮れ、頭を左右に振っている。

僕は彼の両肩を掴み、激しく揺さぶった。


「諦めるな!僕達はまだ生きている。生きているなら戦える!」


 ふとアイリスの顔が心に浮かぶ。

彼女の声が僕を後押ししてくれているようだ。


「戦える…。」


「そうだ、足掻くんだ!」


 その瞬間、ザックスの瞳の奥で小さく輝きが宿る。


「この洞窟は奥に50m程まで続いていて、そう広くはありません。そして出口はここにしかありません。この状況でどうするんですか!」


 洞窟の奥で灯された松明が、こちらに集まりつつあるうごめく影達を照らしている。

あまり時間は残されていないようだ。


「出口はない…松明…影…洞窟は広くない…という事は敵の数も限られる…しかし敵の能力が分からない…どうすれば…師匠が来るまで生き延びる…考えろ、考えるんだ生き延びる方法を…」


 その時、前方に現れた4つの影がジリジリと距離を詰めてきた。


「土砂崩れか、ちぃっ面倒だな!」


「それと、ネズミが2匹。」


「まずはネズミを始末しやしょう!」


「殺せー、ネズミ狩りだー!」


 4人の盗賊達が武器を振りかざし、一斉に襲い掛かってきた。

その後ろには更に幾人かの影がうごめいている。


 狭い袋小路にいる僕達は大勢に囲まれる心配はない。

しかし、力で押し込まれれば退路がないこちらが不利だ。

僕は目を閉じ大きく息を吸い込み、そして目を見開く。


「イチかバチか、やるしかない!ザックス、少しだけ持ちこたえて下さい。」


「生きているなら戦える…足掻くんだ!」


 ザックスはそう呟きながら腰から剣を抜き放ち正面に構える。

怪しく輝く刃を剣で受け止め跳ね返す。

火花が散り、金属のぶつかる甲高い音が洞窟に木霊する。

短刀による突きを払うが、次の瞬間鋭い蹴りが脇腹を捕えザックスは大きく吹き飛ばされる。


「ぐぅっ、フェイントか…。」


「弱い、弱すぎるぜネズミちゃん。剣士ごっこならお家でやんな。」


「ぎゃはは、もうお家にゃ帰さねぇがな!」


 ザックスは脇腹を押さえ震えながら立ち上がる。


「笑うな…、ベルガー様が教えてくれた剣を…笑う事は許さん!」


 ザックスの剣が弧を描き、歪んだ笑いを浮かべる盗賊の右腕を跳ね飛ばす。

しかし隣にいたもう一人の盗賊に切りつけられ、ザックスの右肩からも鮮血が飛び散る。


「ぐぁぁ!」


「良い声で鳴くじゃねぇか、ぎゃはは!」


「ちくしょう、腕がぁ!このクソガキぶち殺せー!」


 深手を負ったザックスは、ポタポタと右腕から血を流しながら後ずさる。

それを追うように、にじり寄る盗賊達。

いつの間にか十数人ほどの人数に膨れ上がっていた。

不意にザックスの背に手が触れ、不思議な温かみがザックスの体を包んだ。


「後は僕に任せて下さい。大丈夫、必ず生きて帰りましょう。」


 その時、背後の土砂で塞がれた地面から勢い良く炎が吹き上がった。

盗賊達は一瞬両手で前を覆い後ずさるが、直接的な被害もなく、すぐに嘲笑ちょうしょうを上げた。


「コケ脅しか?」


「テメェらでケツに火点けやがった!」


「悪あがきか?クソガキが!」


 僕は右手首に彫られた小さなタトゥーを左手の人差し指と中指で押さえ、右手を広げながらゆっくりと前に突き出した。


「なんだぁ、まだ何かやる気かぁ」


「ちぃっ、何もさせるな!殺せ!」


高圧爆縮火炎魔法レイジバースト!!」


 先頭を走る盗賊の腹部で拳大の爆炎が巻き起こり、後続の盗賊を巻き込んで吹き飛ばす。

盗賊の一団は飛び退いて距離を取る。僕は続けて2発3発と爆炎魔法を放つ。


「届け!届け!届けーーー!!」


 爆炎の直撃を受けた盗賊が数人床に転がり、うめき声を上げているが、ほとんどの盗賊は無傷でジリジリと距離を取っている。


「もう終わりか?」


「脅かしやがって、殺っちまえ!」


 盗賊達は僕の魔法を警戒しながらも再び距離を詰め、僕は肩で息をしながら盗賊達を睨む。


 魔法の行使には血液の活性が必要だ。

魔法の強さによって少しずつだが血液を失う。

土砂崩れに巻き込まれ大量に血液を失ったうえ、魔法を連発した僕は既に気を失いそうなくらい血液を失っていた。


「もう1発!届け!」


 絶対に諦めない、僕はまだ生きている、生きているから戦える。


「届けぇーーー!!」


 一際大きな爆炎が巻き起こり、僕は前のめりに倒れ込んだ。

その姿を見た盗賊達は大きな笑い声と怨嗟えんさの声を上げた。


 次の瞬間、洞窟の中に積み重ねられた樽や木箱から炎が吹き上がった。

もはや盗賊達の敵意は一斉にこちらに向けられ、武器を振り回しながら襲い掛かってきた。


 後ろから必死に駆け寄ってきたザックスが僕を庇うように覆いかぶさり、歯を食いしばり強く瞳を閉じた。


 すぐ近くに迫っていた盗賊がドサリと大きな音を立てて倒れ込む。

それに連鎖するように、盗賊達は次々と地面に沈んでゆく。

燃え盛る炎に照らされた洞窟内は意識を失い倒れ込む盗賊達で埋め尽くされた。

ザックスは突然起きた奇跡のような光景を目にして、小さく呟く。


「一体何が…」


 僕は寝転がったままザックスの瞳を見つめ、彼の疑問に答えた。


「酸欠と一酸化炭素中毒…。」


「酸欠?」


「そう、土砂で塞がれ出口のない洞窟内には限られた酸素しかない密閉された空間になった。」


「確かに、壁にかかっている松明は揺れていないですね。」


 ザックスは壁の松明を見上げ納得している。


「そして僕は土砂崩れで流した自分の血を触媒しょくばいにして、火炎術式を組んで発動させ、入口に火を起こし、同時に君と僕に風の障壁エアスクリーンと呼ばれる魔法を施しました。これは一般的に衝撃緩和に使われる魔法ですが、僕の魔力ではもう一つの使い道の方が適切です。それが、体に空気の膜を張り水中でも呼吸を可能にするというものです。」


「あの時自分の背中に触れたのはその為だったのか…。確かに暖かい何かに包まれたような感じがしました。」


「はい、そして高圧爆縮火炎魔法レイジバースト、これは真空を作り出し酸素を圧縮して発火し爆発させる魔法です。この魔法は僕の知る限り一番多くの酸素を消費します。最後に、洞窟の奥に積まれたあの樽の中身、あれは大量の酒だと予想しました。発火延焼させれば大きく燃え広がり大量の酸素を消費します。」


「洞窟内に残された酸素を徹底的に消費したということですね。酸素が無くなるとどうなるんですか?」


「通常、空気中の酸素濃度は21%、燃焼によってその酸素濃度が8%を下回った時、意識を失います。同時に燃焼によって発生した一酸化炭素によって中毒症状も引き起こします。風の障壁エアスクリーンの保護下にある僕達に影響はありません。その結果が――」


「この状況だと?」


 突如怒りに満ちた声が洞窟の奥から鳴り響いた。

声の主はゆっくりとこちらに歩み寄って来る。

しかし、もやのようなものが声の主を包み、足音と殺気だけが向かって来ている。


「あの時のガキか。傑作だ、よくもやってくれたなぁ。」


 僕はもう立ち上がるどころか指一本動かす事もままならない。

ザックスは剣を構えてはいるが、右肩に深手を負っているせいで力が入っていない。

まさに絶体絶命――いや、微かに感じる強大な魔力の収束。


「ザックス、伏せて下さい!」


 僕が信じて待っていた者、全てをねじ伏せる絶対的な力を行使する存在。

その者はあけに染まった暗き口腔こうくうを引き裂き、轟音と共に天から舞い降りた。


「私に会った事、あの世で後悔しな!」


 彼女は両手のレザーグローブを脱ぎ捨て、両腕に刻まれた刻印を露わにした。

かすみの中の男は、彼女の右手甲に大きく描かれた太陽の様な魔方陣を凝視し、後ずさる。


「最高位、ウォーロック!!」


 アルフォード王国の長い魔法文化の中でたった24人しか存在しない魔術師最高の位。

人智を超えた強大な魔法を持ち、神話のような奇跡を体現する生ける伝説。

それがウォーロックである。


「そうだ、私は第24代目ウォーロック、神炎しんえんのアイリス!」


 彼女は右手を天に掲げ、瞳に赤黒い輝きを宿した。

その姿は美しくも禍々まがまがしく、邪悪な力を宿した女神そのものであった。


「なぜ、こんなところに!いや…ここでお前を殺せば俺は!」


 その時、かすみが大きく膨れ広がり僕達を飲み込んだ。

彼女が天井に開けた大穴から降り注ぐ大量の雨粒を吸収し、かすみを巨大化させているのだろう。

自らの四肢ししさえ見えないほど濃密なかすみで視界が奪われ、迂闊うかつに動く事ができない。


「確かフラッツと言ったな。こんな子供だまし、私に通用すると思っているのか?」


「子供だましだと?強がってみたところで爆炎使いのお前には何もできまい!」


「ククク、ハーッハッハ!」


「何が可笑しい、恐怖で気でも狂ったか?」


 その時、かすみを貫いて青白い複雑な文字列が幾重にも重なり円を描いた。

莫大な魔力の奔流ほんりゅう、そして収束。

その凶悪な力の結晶は自然現象を捻じ曲げ、あらゆるものを消し去るほどの魔力を宿している。


高圧爆風竜巻魔法テンペスト!!」


 彼女は怒りに満ちた叫びと共に、一点に収束した魔力を解き放つ。

強力な風の魔法が彼女を中心に渦を巻いて荒れ狂い、地面をえぐり、瓦礫がれきを巻き上げ、かすみもろともフラッツを吹き飛ばした。

荒れ狂う風圧で突き刺さるように壁に激突したフラッツは、血反吐ちへどを吐き出し、ズルリと地面に転る。


 爆炎魔法とは、そもそも炎と風の複合魔法。

爆炎魔法が使える彼女に風の魔法が使えない訳がない。

フラッツは大きな勘違いをしていたようだ。


「さて、ずいぶんと派手にやられたようだな。大丈夫か?」


 彼女は投げ捨て足で踏んでいたレザーグローブを拾い上げ、腕にはめながら床に転がっている僕に歩み寄った。


「ザックス、そいつの背負い袋に入ってる青いポーションを飲ませてやれ。」


 ザックスは僕を抱き起し、無理矢理青いポーションの瓶を口に突っ込んだ。

この薬は血液の精製を促進し、急速に失った血液を補填する効果を持つ。


「それにしても、よくこれだけの敵を倒せたもんだなー。良く見りゃこの辺じゃ有名な賞金首がちらほら混ざってるぞ?」


 アイリスは周囲に転がっている盗賊達を見回し、関心したように頷いている。


「洞窟の密閉空間を利用して窒息させました。」


 ポーションの効果でようやく体の自由を取り戻した僕は、ザックスの肩を借りてゆっくりと立ち上がった。


「はぁ?窒息させた?それじゃまるっきり博打ばくちじゃねぇか!」


「そうですね、でもこれしか方法が思いつかなくて…。」


「呆れた…。次からは敵に対処される事を前提に2の手3の手を考えろ、イチかバチかの大博打おおばくちでぶっ倒れてたんじゃ命がいくつあっても足りねぇぞ。良いな!」


「はい…。」


「ってー説教してる場合じゃねぇな。ファクト、ロープ出せ。」


 彼女は僕からロープを受け取ると、洞窟の隅に転がっているフラッツをギチギチに縛り上げ、細身の体からは想像できない怪力で軽々と肩に担ぎ上げる。


「よっこらしょっと!さて、もうすぐ夜が明けるな…急いで街に戻るぞ、二人共動けるか?」


「大丈夫です。それよりも、一体何が起こっているんですか?」


「あまり時間もないし歩きながら説明する、行くぞー。」


 僕たちは降りしきる雨の中、そこかしこに広がる泥の泉を避けながら足早に街を目指す。



 アルフォード王国の南東に位置する聖教国ハイネシア、近隣諸国の大多数が信仰するファーラ教の総本山を有し、古くから国交を深める友好国である。


 宗教的にも政治的にも重要なつながりを持ち、毎年のようにアルテミシア王女が親善大使としてハイネシアを訪れる。

そして今この時、大使としての仕事を終えたアルテミシア王女が王都への帰路の途中、リィンフォルトの街を訪れる事になっていた。


 半年前、とある貴族の陰謀で街の自警団長だったベルガーが暗殺者に殺され、次期団長に貴族と繋がりのあるユースが据えられた。

ユースは盗賊団ナイトクロウと共謀し王女を襲撃する計画を立てていた。


 アイリスは二人に真相を話し、襲撃計画を止めるため街へ急ぐ。

ザックスはベルガー暗殺の真相を知り、押し黙ったまま唇を噛み締めていた。


 雨に濡れた街道に出ると、真新しい馬車のわだちと多くの足跡が街の方角へと続いていた。

既に王女の一行は街に辿り着いている可能性が高い。

僕達は足場の悪い街道を全力で駆け出すのだった――

ご意見、ご感想、評価など頂けたら私の魔力も滾りますので、どうぞよろしくお願い致します!

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