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深淵を知る者  作者: Gary
暗き口腔は朱に染まりて
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忍び寄る雨音

その頃、僕とザックスは森を抜け、街の外壁が見えるほどの所まで息も絶え絶えで駆け抜けてきた。

既に陽はなく、満点の星灯りと外壁に掲げられた松明の灯りが夜の闇を照らしていた。


「ここまで来れば大丈夫でしょう。それよりも先程の爆音、あの方は無事でしょうか?」


 そう言いながらザックスは心配そうに森の方を眺めた。


「あれは間違いなく彼女の爆炎魔法です。あの様子だと盗賊の方が無事では済まないでしょうね。最悪あの辺り一帯が地獄絵図なんてことも考えられますよ。」


「え…あの、失礼ですがあなた方は一体何者なんですか?」


「すみません咄嗟とっさの事だったので名乗るのが遅れました。僕はファクト・マークス、国立シルフィア魔法学院生です。」


 そう言って僕は右手を差し出しザックスと軽く握手を交わした。


「そして彼女はアイリス、同じく魔法学院の特別講師です。」


「なるほど、納得しました。」


「と言ってもあんな森の中を2人旅なんて怪しいですよね?何か身分を証明できる物は、と…。」


 僕は背負い袋を下ろし、身分の証明になる物を探した。

先程自警団と名乗っていた彼に信用してもらわなければ街に滞在する事は愚か、最悪不審者として牢獄送りになりかねない。

ましてや、先の一件で彼女は盗賊を最低でも一人二人は血祭りに上げている事だろう。

そう思うと気持ちが焦ってなかなか目的の物を探す事ができない。


「いえ、その肩の紋章を見れば十分です。」


 僕の外套がいとうの肩口に縫い付けられた紋章――中央に魔力を象徴するかしの杖、その左右には3対の翼が描かれた、シルフィア魔法学院に所属する者だけが付ける事を許された院章である――は、身分を証明するに十分な代物だろう。


「それに、あの状況で自分の言葉を信じて助けてくれた事、それだけで信じるに値します。本当にありがとうございました!」


 そこへ、タイミング良くアイリスが軽い身のこなしでこちらに駆け寄って来た。


「おーい、2人共無事かー?」


「礼なら彼女に言って下さい、僕は一緒に逃げて来ただけですから。」


 アイリスが僕達の間に到着すると、ザックスは深々と頭を下げた。


「ありがとうございました!お二人がいなければ今頃どうなっていたことか…。」


「あー、礼なんていいって。なんだ、そのーあれだ、ストレス解消?そう、ストレス解消になったからな私は!スカッとして楽しかったぞ!」


 彼女は明後日あさっての方を見てポリポリと頭を掻いている。

ガラにもなく照れているのか?この人は…。


「まったく、貴女という人は。人の感謝は素直に受け取るものですよ、大人気ない。」


「ヒヨッ子のオマエには言われたかねぇよ。森ん中入っただけでションベンちびりそうなくらいビクビクしてたくせによー、このビビりメガネ!」


「な、いや、その、失禁なんて一滴たりともしてませんよ僕は!」


「ハハハ、お二人とも愉快な方ですね。命の危険があったかもしれないのに何事も無かったように陽気に振舞って。自分なんてまだ膝が震えているというのに…。」


「そうそれだ、もし差支えなければで構わねぇが何があったのか話してくれないか?」


 アイリスはザックスの肩にそっと手を添えて彼の瞳を覗き込んだ。

他人が首を突っ込むべきではない問題である可能性が高い以上、無理に聞く事は出来ない。

ただ、巻き込まれてしまった以上、事情を知っておく必要があるだろう。


「そうだ!早急に団長に報告しなければいけません。その時に何があったかをお話ししようと思うのですが、よろしければ一緒に来ていただけませんか?お二人には何かお礼をしなければなりませんし。」


「そうだな…特に急ぐ用もないし、できれば宿を手配してもらえると助かる。」


 僕達はザックスの案内で自警団本部のある屋敷へ赴く事になった。


 遠くに見えていた街の正門は、近付いてみると息をのむ程の大きさで眼前にそびえ、その両脇には重装備に身を固めた警備兵が大きな槍を片手に屹立きつりつしている。


 ザックスが一言二言警備兵と挨拶を交わすと、いかにも怪しげな僕達を連れて現れたというのに、簡単に通過を許された。

この様子を見るとザックスの街での信頼を窺い知る事ができる。

てっきり門が開くものだと緊張していたのだが、門の横手にある勝手口のような小さな通用口を通され、僕達はリィンフォルトの街に入った。


 正門から街の中心へと続く通りは、石畳で綺麗に整備され、等間隔でランプの灯りが揺れている。

レンガで作られた家々が所狭しと立ち並び、酒場と思われる建物から陽気な笑い声が溢れ聞こえる。


 時折すれ違う松明を持った二人一組の巡回の兵に軽く挨拶を交わすザックス、彼らも街の自警団なのだろう事が伺える。

そして、街の中心部に大きく居を構える屋敷の前でザックスは立ち止まり、重く軋む門を開け放った。


「ここが自警団の本部です、どうぞお入り下さい。」


 自警団というからには武骨な作りを想像していたのだが、調度品や絵画がゴテゴテと嫌味のように飾られ、悪趣味な騎士の彫像や女神像が整列している。


 入口近くにいた自警団員に駆け寄ったザックスは、団長の所在を聞いているようだ。

すぐに戻って来たザックスに連れられ、廊下の正面にある一際豪華な扉の前に辿り着くと、軽くノックをし、勢い良く扉を開け放つ。


「失礼します!ユース団長様、ザックス・ケートリッヒ取り急ぎ報告したき事がございます!」


 そう言って彼は姿勢を正し、右手の拳を左胸に力強く押し当てる。


「なんだね、騒々しい。」


 部屋の中もセンスを疑うような調度品や家具で満たされ、これまた趣味の悪い執務机に座って何やら書類に目を通している男が不機嫌そうに顔を上げた。


「はっ、市街地の外を巡回中に東部森林地帯の洞窟で盗賊の一団を発見致しました!放置しておけば市民に害が及ぶ危険があります。早急に討伐部隊を編成し――」


「待ちたまえ、市街地の外を巡回と言ったかね?ザックス君。」


「はい。」


 行き過ぎた刺繍ししゅうが施された趣味の悪いローブを纏った上からでも分かるような筋肉の塊、そのゴツゴツとエラ張った顔に微かに苛立ちの表情が浮かんだ。


「街の外の巡回は任務外の筈だが?それに、君は独りで巡回に向かったのかね?私は常に二人一組で行動するよう命じた筈だが?」


「申し訳ございません、自分の独断による行動です。どのような処分も覚悟しております。しかし、その甲斐あって盗賊団の早期発見に成功致しました!」


「…そうか、処分は追って知らせる。それで、後ろの二人は何だね?まさかその盗賊を連れて来た訳ではあるまい?」


「はい、盗賊団に発見され逃走中の所をこのお二人に助けて頂きました。何か謝礼をと思い、お連れしました。」


「ほぉ、誇り高きリィンフォルト自警団が敵を前に背を向けたと?そればかりか素性も分からぬ者に助けを求めるなど、除名処分が妥当なところだ。」


 その一言に痺れを切らしたアイリスは、下を向いたザックスを押し退け前に出た。


「この少年の力では多勢に無勢、逃走も止む無しなのでは?それとも貴公は誇り無き者は死ねと仰るのですか?」


「力も矜持きょうじも無き者は民と街を守る兵に値しない。ならば潔く民のために戦い、命を散らす方がよほど自警団たりえると思わぬのかね?」


「フン、下らねぇ!行くぞファクト。」


 僕はアイリスに続いて部屋を出た。

ザックスも後ろで小さく失礼しましたと呟き僕達の後に続く。


 僕達は屋敷を後にし、大通りから脇の細い路へと迷いなく無言で歩く。


「追手の気配は無いな?」


 灯り一つない暗がりの中を歩きながら彼女は小さく呟いた。


「はい、そのようです。」


 僕はさり気なく後ろを振り返り異変が無いか確認するが、うつむき思いつめた表情のザックスが重たい足を引きずるように僕達に付いて来るだけだった。


「念のためそのまま歩きながら聞いてくれ。私は何度かこの街に立ち寄った事がある。以前に比べ違和感があるように思える、特にあの自警団長ユースといったか?半年ほど前は確かベルガーという男が自警団を率いていた筈だが…。」


 僕はまるでうわの空で地面を見つめるザックスに歩調を合わせ軽く肩に手を触れる。


「ザックスさん…話して頂けますか?」


「ベルガー様…。」


 ザックスはうつむきながらポツリポツリと言葉を紡ぐ。


「自分はベルガー様に憧れ、この仕事に就きました…。ベルガー様は常に民や自分達の事を考えておられました…。自分に剣を教えて下さったのもベルガー様です…。ちょうど半年前、ベルガー様が傭兵崩れのゴロツキに殺されたと聞き、耳を疑いました…。そしてユース様が自警団の後任に就き、自警団は変わりました…。」


「ユースか…臭うな。私はあの男に探りを入れてみよう。オマエ達2人はこのまま東門から外に出て盗賊団の方を警戒してくれ。どんな力を持っているか解らない、私が行くまで絶対に無理せず、何かあったら迷わず退け、良いな?」


「はい、師匠もどうか気を付けて。」


「フン、誰にものを言っている?私の心配など10年早いぞ!」


 彼女はそう言い残し、軽い身のこなしで闇の中に消えた。



 ザックスが怪訝けげんそうな門番を説得し、何とか東門を出た僕達は街の東に広がる森林地帯を目指す。

いつしか曇天どんてんが星空を隠し、生暖かい雨が降り始めた。


 この土地に詳しいザックスの案内で迷う事無くくだんの洞窟が見えるほどに迫る。

その頃には雨も勢いを増し、遠くで雷鳴が木霊していた。


「あそこが盗賊団の集まる洞窟です。」


 ザックスの指差す先には、森の木々に隠れた断崖の根本に小さな洞窟の入り口らしき裂け目が見て取れた。

裂け目からは、うっすらと光が漏れているようだが、近くに行かなければ中の様子まで確認する事は出来ない。


「外に見張りはいないようですが、ここからだと中の様子が分かりませんね。この雷雨のお陰で気配を悟られずに近付く事ができるかもしれません。」


 そう言ってザックスは草むらから身を乗り出した。


「待って下さいザックスさん!危険過ぎます、敵の中に探知能力に優れた者がいる可能性があります。それに、彼女から頼まれたのは警戒であって偵察ではありません。」


「しかし、既にここにはいない可能性もあります。そしてその場合、入れ違いで盗賊が街に向かっていたら最悪の事態になりかねません!」


「…分かりました、では入口から中の様子を探りましょう。恐らく僕達の実力では戦闘になっても勝てないでしょう、ですから洞窟内の状況が確認でき次第もう少し離れた場所で再び警戒に当たりましょう。そして、最悪見つかった場合は全力で街まで撤退します。良いですか?」


「了解しました。それと、さん付けは止めませんか?呼び捨てで結構です。」


「僕の方こそ呼び捨てでお願いします。では、行きましょう!」


 僕達は互いに頷き、草むらを飛び出し断崖に沿って素早く、そして静かに洞窟の入口を目指した。


 土砂降りの雨粒が激しく体に打ち付け僕達の足音を掻き消してくれている。

入口に辿り着いた僕は断崖の壁に体を押し付け、顔を半分だけ乗り出して中の様子を伺う。


 洞窟の中はすぐに開けた空間になっており、樽や木箱が積まれ、空き瓶やボロ布が散乱している。

激しい雨音に邪魔されて物音や話し声は聞こえないが、松明に照らされた人影が数体うごめいている。


 後ろに控えていたザックスに袖を引かれ、今度は彼が同じ体制で中の様子を伺う。

彼も人影を確認したのだろう、こちらに振り返り小さく頷く。


 その時、突如頭上が白く輝き大きな衝撃と爆音が襲い掛かってきた。

咄嗟とっさにザックスを洞窟内に突き飛ばし、僕自身も洞窟内に飛び込む――

ご意見、ご感想、評価など頂けたら私の魔力も滾りますので、どうぞよろしくお願い致します!

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