逃亡者
「ここまで来れば大丈夫…とは言えねーが、少しくらいなら時間は稼げる。今のうちに支度をして来い。」
僕達は講師達の追撃を警戒しながら、院生寮の裏口に辿り着いていた。
「はぁ、はぁ、支度…ですか?」
「そうだ。この学院にこれ以上在籍する事は出来ない。私達にとって、この学院に関わる全ての者は敵になったと考えろ!」
「学院を出る…という事ですか?」
「理解したなら、さっさと行って来い!寮に入っても油断するなよ。」
「解りました。すぐ戻ります!」
「ああ!」
幸い他の院生と出会う事無く自室に戻った僕は、必要な私物を背負い袋の中に詰め込み、裏口で待っているアイリスに合流した。
「早かったな。」
「僕が持っている物なんて少ないですから。」
「よし、ならばすぐに出発するぞ。」
「どこへ行くつもりですか?」
「当面の目的は、追手を振り切る事だな。」
僕達は追手への警戒をしたまま学院を出て、商店街で水や食料を買い込み、シルフィアの街を後にした。
途中、心配をかけないように、育ての親の家に簡単な手紙を投函した。
研修という名目で、講師と共に旅に出るという内容の手紙だ。
僕の問題に巻き込む訳にはいかない。
僕をここまで育ててくれた恩は、何一つ返せていないのが心残りだが、別れの挨拶をしている余裕など、僕達には残されていないのだ。
僕達は、シルフィアの郊外に広がる穀倉地帯を抜け、街道沿いに北上する。
すっかり陽も暮れ、月と星々の灯りが夜道を照らしている。
「突然学院を出る事になっちまって、悔いはないのか?」
唐突に前を歩く師匠が問いかけてきた。
「いえ…悔いはないどころか、僕はあの学院にいる意味さえ見失っていましたから。」
「そうか…、そうだな。私も同じだ。」
「同じ?」
「結局、逃げたところで何も変わらない。オマエが言ったように、運命と戦おうと思ってな。」
「運命と戦う…。僕にはどういう事か解りません。」
「だろうな、私にも解んねーよ。ただ今は、オマエを守るって事が、そうなのかもしれねーな!」
そう言って師匠は、前方に広がる林の木に、拳大の火炎魔法を放った。
幹に命中し弾けた火球は、地面に転がっている枯れ木や枯葉に燃え広がり、周囲を明るく照らす。
「教え子を守るというのは講師にとって、この上ない誉だが、その少年はもう守るべき者ではない!」
強い信念を宿した声を上げながら、実技講習の際、僕を苦しめた精神論講師ブレアが、敵意の籠った顔で木陰から現れた。
「守るべき者ではないだと?」
「その通り!彼は禁忌の魔法を追及する犯罪者である!よって、その証拠である書物と、少年の身柄を引き渡して貰おうか!」
「虚偽の罪を着せて連れて行こうって魂胆か。随分と姑息な真似をしてくれる。」
「虚偽でもなければ、姑息でもない、真実だ!」
「下らねーな、そんなもの真実でも何でもない。それに、貴様の言う証拠とやらは燃えちまったよ!」
「ぐぬぬ…ならば、少年を連行するまでだ!」
「断ると言ったら?」
「力ずくだ!!さあ、リカルド君、今こそ君の実力を見せつける時だ!」
精神論講師ブレアの呼びかけに応えるように、リカルドが木陰から姿を現した。
彼は冷ややかな顔で僕を睨みつけている。
「よぉファクト。お前との決着は、あの女を倒してからだ。それまでそこで大人しく見ているがいい!」
リカルドの首筋に彫られたタトゥーが赤く輝き、僕の周囲に巨大な火柱が吹き上がる。
炎の壁、対抗戦で戦った時よりも遥かに強力なものだ。
対抗戦では、殺傷力の高い魔法が禁じられていたので、僕の耐火魔法でも対処出来たが、彼の本来の魔力で作り出された炎の柱は、僕の魔力では無傷での突破は不可能だろう。
それに会話の内容からすると、僕が下手な抵抗をしない限り、危害を加えるつもりはないようだ。
一触即発の緊張感が辺りに漂い、戦いの火蓋は切って落とされようとしていた――
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