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深淵を知る者  作者: Gary
遼遠のサンクチュアリ
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サイラス将軍の戦い

 王都グランパレスの北部、小高い丘の上から王都を見下ろす様にファーラ教の総本山アーグスト大聖堂がそびえ立っている。

天を衝く数々の塔、何日でも眺めていられる見事な装飾、どのような技術を持って建てられたか想像も出来ない巨石を削り出した柱群…。

その全てが数百年という長い年月の中で朽ちる事もなく、色褪せる事もなく、世界中に広がる宗教の中心地として在り続けている。


 我々王家に連なる者にとっては最も忌々しい勢力の拠点ではあるものの、その美しさ、荘厳さは何度見ても万感の思いを抱かせる。


 ここまで3人の従者と共に騎馬で駆けて来た我々だが、巨大な正門の前で教会の守護騎士に止められ、徒歩かちにて門を潜る。

いかにハイネシア正規軍の将軍であろうとも、教会の敷地内で騎馬に乗る事は許されない。

ただ祈る事しか出来ない信徒共と同じ視点で歩く事に不快な思いは募るばかりだが、任務のためならば致し方ないと諦めよう。

しかし、早朝のためか以前訪れた時よりも信徒共の数は異様に少なく、随分と閑散とした景色が広がっている。

次に訪れる機会があるならば、早朝を選ぶ様にする事にしよう。


 さて、ギュンター殿下の命でここまで来たのは良いものの、一体何をどうしたら良いものかと思案にふけりながら大聖堂内を進んでいると、正面から見知った顔が向かって来る。

これは好都合と思いながらも、どこか不自然さのような感覚もしていた。


「これはこれは修道士長殿、ご機嫌麗しゅうございます。」


 我々は胸に手を当て、優雅に礼をする。


「ご機嫌よう、サイラス将軍。私の事はエレノアとお呼び頂いて結構ですよ。」


「お気遣い感謝致します、シスターエレノア。時に、少々相談したい事がございまして、こちらに伺ったのですが宜しいですかな?」


「畏まりました、どうぞこちらへ…」


 教会内にあって多忙を極める人物であるにも関わらず、すんなりと話が進んでいる。

教会の連中にはアルフォードの王女が王都に向かっている事や、それに対してルブルフ将軍の軍が動いた事など知る由もないのだ。

私がここに来た理由など見当も付かない筈である。

だが、私がここに来る事を予見していたような不自然な対応に、不穏な気配を感じずにはいられない…。


 思えばギュンター殿下の命とはいえ、難敵を前に覚悟が足りなかったのではないかと後悔すらしている。

なぜならば、彼女の一族は私の手に余る程の人物が揃っているのだ。

5年前に逝去したファーラ教の前教皇エリアネスは彼女の妹に当たり、世界中でその名を知らぬ者はいない。

そして彼女の兄こそ、かの国の宰相でありトラキアの英雄と称えられるフェスター卿なのだから…。


「どうぞ、お掛けになって下さい。」


 私は彼女に勧められるまま、みすぼらしいソファに腰を下ろす。

大聖堂の一角にある小さな部屋、ここは客人を招く応接室として使われているようで、他の部屋よりもしっかりとした家具や調度品が備え付けられている。

と言っても恐ろしく古い年代物ばかりで、骨董品好きの懐古主義者ならば震えるほどの価値を見出すだろうが、私は古臭い物に興味はない。


「まずは北方戦線より無事に御帰還された事、誠におめでとうございます。」


「御心遣い感謝致します。」


 深く頭を下げる彼女に、後ろに控える部下共々礼を返す。


「そして、散っていった多くの英霊達の魂に御冥福をお祈り致します…。」


 彼女の言動は決して社交辞令などではなく、本心から来るものであるように感じられる。

懐疑的に見てきた私が馬鹿馬鹿しく思えるほどだ。

しかし、油断してはならない。

もう少し時間を稼ぎたいところではあったが、話の流れ的には申し分ないこのタイミングでこちらの用件を切り出す。

まずは時間稼ぎが真の目的である事を気取らせないために、私がここに来た理由を話さなければならないだろう。


「その件なのですが…明後日、建国記念日に合わせて慰霊祭と凱旋祝賀会を兼ねた式典を催す事になりまして、是非とも教皇猊下の御臨席を賜りたく、御相談に参った次第でございます。」


「それはお断りする理由がございませんね。教皇猊下も快く承諾なさる事でしょう。」


「それは重畳ちょうじょう、早速細かい段取りの打ち合わせをさせて頂こうと思うのですが?」


「ええ、それは構いません。ただ…その前にお伺いしたい事がございます。」


「なんなりと…。」


 来たか…彼女との会談が一筋縄で行く筈がない。

そんな事は百も承知である。

今一度、気を引き締めて慎重に対応しなければならない。

最悪、時間さえ稼げれば私の任務は失敗にはならないのだから。


「ではまず、式典が明後日に控えているにも関わらずいささか遅すぎる招待ではありませんか?」


「それは大変失礼致しました。こちらとしても戦後処理など慌ただしい状況の中、皇太子殿下が急遽推し進めた計画でして…。」


「なるほど、心中お察し致します。我々も教皇猊下の気まぐれに、しばしば悩まされておりますので対岸の火事と涼しい顔をしている訳には参りませんよ。」


「お互い気苦労が絶えませんな。」


 私は皮肉を込め、おどけた態度で場を和ませる。

5年前、まだ幼かった前教皇の娘が教皇の座を継いで以来、想像を絶する苦労があった事だろう。

共感はするが、同情してやれるほど余裕がある訳ではない。


「教皇猊下が臨席される式典となれば、それなりの規模となるでしょう。近隣諸国の国賓も招かなければなりませんね。そうなると、アルフォード王国のアルテミシア王女殿下も招待しなければ教皇猊下が臨席を渋る可能性がありますが?」


「それは…今から手配するとなると式典には到底間に合いそうにないですな…。懇意にされているのは重々承知しておりますが、あちらの国の情勢も何やらキナ臭い様子ですので、残念ながら今回は見送って頂くしかございません…。」


「既にグランツ共和国から国賓がいらしているという話を耳にしましたが?」


「御方々は別件での訪問でして…、今回の式典開催も御方々からの提案にるところが大きいのですよ。」


「そうですか…。しかし、アルフォード王国の情勢が悪化しているという話は初めて耳にしました。詳しくお聞かせ願いますか?」


 教会勢力がアルフォードの内情を知らない?

そんな筈はない…、ひと月ほど前に起きたリィンフォルトでの一件、それに王女が国境の街アストレアに向かった事は我々の元ですら随分前に情報が入っていた。

何か裏があるに違いない。

ここは必要最低限の情報に留めておくのが得策だろう…。


「何でも、ルイス王子殿下とアルテミシア王女殿下の軍がリィンフォルトで衝突したらしいのですよ。」


「軍と仰いましたか?確か、アルテミシア王女殿下は軍をお持ちではなかったと思いますが?」


「アルテミシア王女殿下付きの近衛騎士団は少数ながら軍と呼んでも差し支えない力を持っているかと。それに今回の騒動には、かのトラキアの英雄が絡んでいるという話です。」


「兄様が動いたとなれば只事ではないでしょうね…。それで、その後どうなったのでしょう。アルテミシア王女殿下は御無事なのですか?」


「アルテミシア王女殿下が大勝を収めたという話は伝え聞いております。何しろトラキアの英雄の中には、あのウォーロックがおりますからな。その後の動向に関しては我々も残念ながら掴んではおりません…。」


「そうですか…。これは一刻を争う一大事ですね。」


「確かに一大事ではありましょう。ですが、他国の情勢に我々が首を突っ込む訳には参りませんからな…。」


「国家としては慎重にならざるを得ない状況でしょう。しかし、我々教会は国家に縛られるものではありません!隣人が苦しんでいるならば手を差し伸べなさいと、我らが神も仰っておりました。」


 これは非常に不味い…。

時間稼ぎの足止めのつもりが逆に虎の尾を踏んだ形になってしまった。


「シスターケイト!」


「はい、ここに。」


 これまで歳相応の落ち着きを見せていたシスターエレノアが、まるで水を得た魚の様に…いや、獲物を前にした猛獣の様に、部屋の隅で控えていた修道士に命令を下す。


「後事はアレク大司教に一任し、動かせる聖騎士と守護騎士を総動員してアルフォード王国へ救援に向かいます!」


「はい、既に準備は整っております。」


「なっ…バカな!」


「どうなさいました?サイラス将軍。少々顔色が悪いようですよ?」


 思わず動揺が声に出てしまった。

しかし、これを驚かずにいられる人間など存在するだろうか?

この女がアルフォードの現状とルブルフ将軍の出陣を知っていたとして、偵察という名目で聖騎士数名を送り出すのが関の山だと考えていた。

それが早いか遅いか…。

私の任務はそれを少しでも遅らせ、時間を稼ぐ事である。

それがどうだ?

総動員での出陣だと?

時間を稼ぐどころか既に出陣の準備が出来ているだと?

そんなバカな話があるか!


 いや、今思えば不自然な事だらけだったではないか?

ここに足を踏み入れた時、異様な静けさに気付いたのではないか?

守護騎士の数が以前よりも少なかったばかりか、聖騎士を一人も見かけていない…。

多忙を極める筈のこの女が、都合良く私の前に現れたのではないか?

まさか、私が来る事を待ち構えていたというのか?

有り得ない!


 この女がアルフォードの現状を知らないとシラを切ったのは何のためか?

我々が得ている情報を引き出すためではなく、軍を動かすための大義名分を得るためだとでも言うのか?

だとしたらどこまで…いや、最初から全てこの女の筋書き通りに踊らされたのではないか?

教会内でも敵対勢力であるアレク大司教に後事を任せ、我々が不祥事を起こせば、その責任を全て押し付けて邪魔な大司教を排除する事も可能である。

そのためには教皇を含め、この女の勢力に属する者は国外に出ていた方が都合が良い…。


 クソ…歴史に名を刻むほどの最悪の戦果だ。

死罪は免れない…いや、良くて死罪といったところか?

これ以上考えたくはない…。

少しでも生き長らえる道があるとするならば、この女に取り入ってグランフォード王家を裏切るしかないだろう。


「微力ながら、私も御供致します!もちろんハイネシア正規軍の将軍としてではなく、いちファーラ教信徒として…。」


「歓迎致します、サイラス殿。さあ、こちらへ。教皇猊下がお待ちです。」


 私のこの判断も、この女の手の内なのだろう…。

私の手に余る?この女の一族はそんな生易しいものではない。

化け物め!

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