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深淵を知る者  作者: Gary
遼遠のサンクチュアリ
123/124

願いと祈り

 凛として冷ややかな空気が支配し、静寂に包まれた大聖堂。


 そこは大聖堂と呼ぶに相応しく、数百年の歴史を持ちながら、広大な空間に今なお朽ちる事無く巨大な柱が立ち並んでいる。


 頭上高くまでそびえる壁面には、数々の偉業を成し遂げた聖者の肖像画が連なっている。


 そして大聖堂の最奥には太陽をかたどった巨大な十字架が鎮座し、無数の輝石をあしらった複雑な装飾が昇り始めた太陽の光を反射し、神々しく荘厳な情景を織りなしていた。


 静寂といっても無人という訳ではない。

巨大な十字架の前には数十人の修道士が整然と並び、膝を着いて祈りを捧げている。

その先頭には一際きらびやかな装束をまとった少女の姿があった。

彼女こそ、ファーラ教最高位にしてハイネシアの実権を握る最高権力者、教皇ソフィア・アーグスト・ファーラである。


「アーちゃん!?」


 静寂を切り裂いて彼女の叫びが大聖堂内に響き渡り、修道士達の間に動揺が走った。


「いかがされましたか?教皇猊下」


 彼女の後ろに控える修道士の一人、中でも最も位の高いと思われる初老の女修道士がいぶかしげに問いかける。

その女修道士の名はシスターエレノア。

修道士長として多くの敬虔な教徒を束ね、現教皇を初め次代を担う優秀な子供達の教育係としても手腕を振るっている。


「たった今、御神託ごしんたくを賜りました。至急、聖騎士を呼んで頂けますか?」


 シスターエレノアはソフィアの言葉に目を見開き、騒然とする修道士達に手をかざす。

瞬時に静まり返る修道士達を冷ややかな目で一瞥いちべつしたシスターエレノアは朝の礼拝の中断を告げると、規則正しく2つに分かれた修道士達の間をソフィアと共に歩き出した。


巨大なアーチが連なった長い廊下に2人の足音が響き渡る。

大聖堂へと繋がる扉が遠く背後にかすむ頃、それまで無言で粛々しゅくしゅくと先導していたシスターエレノアが厳しい表情で振り返り、沈黙を破った。


「今回の御神託ごしんたくは、いつもの悪い癖ではないですね?」


 シスターエレノアの冷たい問い掛けに対して、ソフィアは真剣な眼差しで深くうなずく。


「わたくしが御神託ごしんたくを横着のために使った事がありまして?」


 神聖な朝の礼拝を中断させる程の事態であるにも関わらず、いつもと変わらぬ柔らかな口調の返答に、シスターエレノアは深い溜め息を漏らしきびすを返す。


「ラムザとクレアの2人を連れて参ります。御神託ごしんたくについてのお話は執務室でお伺いしましょう。それで良いですね?」


 ソフィアはコクリと頷き、アーチの続く冷たい石の廊下を進み、彼女に与えられた執務室へと向かって行った。

シスターエレノアはソフィアの背中を見送りながら、やれやれといった表情を浮かべ、廊下脇の小さなアーチの先に消えて行く。


 しばらくして、執務室の窓から柔らかい朝日に照らされた庭園を眺めていたソフィアの元へ、シスターエレノアと2人の聖騎士がやって来た。


「クレア、毎度毎度ノックもせずに部屋に入るのは失礼だろ!」


 開口一番、呆れた顔で同僚に苦言を呈する青年。

彼はしわ一つ無い蒼白のローブを身にまとい、長い栗色の髪を後ろで束ねている。

線の細い優男といった印象を受けるが、ファーラ教内でも指折りの実力を持つ聖騎士である。


「ふぁ~あ…、朝っぱらから細かい事ガタガタうるせーんだよ。」


 大きく欠伸あくびを漏らしながら、眠気まなこでガシガシと頭を掻きむしっているのは青年と同じく聖騎士である。

青年とは対照的で、女でありながらガサツで大雑把な印象を受ける彼女は髪を短く刈り揃え、筋肉質な肌を大きく露出している。


「まったく…2人共、教皇猊下の御前ですよ?少しはお控えなさい!」


 シスターエレノアはピシャリと言い放ち、苛立たし気に2人を睨む。


「失礼致しましたソフィア様、シスターエレノア…」


 青年は片膝を付き、ソフィアとシスターエレノアに深く頭を下げる。


「ほら、クレアも謝るんだ。」


「ここにはアタイらしかいねーんだし別に良いじゃねーかよ、アタイらみんな兄弟みたいなモンだろ?」


 彼女が言うように、聖騎士の2人と教皇であるソフィアは幼少期よりシスターエレノアに育てられた異母兄弟のようなものである。

しかし、そのような言い分が通る訳もなく、シスターエレノアの鋭い眼光の前に聖騎士クレアも渋々膝を付きこうべを垂れた。


「さて、それではそろそろ本題に入らせて頂きます。宜しいですね?教皇猊下」


「そーだよ、アタイらをこんな朝っぱらから叩き起こしといて、今度はどんなワガママだよ!もう二度と城下町のお忍び散歩なんてゴメン…だから…な…」


 シスターエレノアとラムザの凍り付くような冷たい視線が突き刺さっている事に気付いたクレアは、小さくなりながら次第に口をつぐんでゆく。

毎度繰り返されるいつものやり取りをにこやかに眺めていたソフィアだったが、執務室に静寂が訪れると、珍しく険悪な表情を浮かべ重い口を開いた。


「アーちゃん…いえ、アルフォード王国のアルテミシア姫に危機が迫っている未来を視ました…」


「…続けて下さい」


 シスターエレノアは深くうなずき、話の先を促す。


「黒く巨大な影…激しい戦い…大軍を背に逃げるアルテミシア姫…あれは…パラスス渓谷だと思います!」


「それだけですか?」


「はい…」


 シスターエレノアは目を閉じ、深い思案にふけっている。

その姿を不安そうに見詰めるソフィア。

再び訪れた沈黙を破ったのはクレアだった。


「なぁ、ちょっと良いか?」


「何ですか、その口の利き方は。それに、事の重大さを理解しての発言ですか?」


「あぁーハイ、失礼しました…っと。黒く巨大な影ってーとアタイはルブルフ将軍しか思い当たらね・・・ませんが…ここに来る途中で将軍の兵が出陣するのを見たような気がします・・・」


「それは本当ですか?」


「ええ…ハイ。たぶん…そうだったような…」


「おいクレア!大事な事なんだぞ?はっきりしないか!」


「だってよー!まだ半分夢の中だったんだからしょーがねーだろ!?」


「お黙りなさい!まったく、このような非常時に言い争っている場合ですか?」


 シスターエレノアの叱責を受けて再び小さくなる聖騎士達。


「しかし…クレアの言が真実だとしたら、あまり時間は残されていませんね…。ルブルフ将軍の兵がパラスス渓谷まで行軍したとして数時間といったところでしょうか…」


「お願いします…アーちゃんを助けて下さい!!」


 ソフィアは涙を浮かべ、2人の聖騎士に深く頭を下げる。


「残念ながら、お断り致します…」


「ラムザ、テメー!ソフィアの必死の願いが聞けねーってのか!?」


 クレアは冷たく言い放ったラムザの胸倉を掴み、拳を振り上げた。


「まったく…クレア、君の短気なところは幾つになっても治らないな…話は最後まで聞くものだぞ?」


 頬を紅潮させ、今にも殴り掛かろうとするクレアをよそに、ラムザは冷静な態度でシスターエレノアに発言の許可を取る。


「我が教会も一枚岩ではない以上、迂闊うかつに兵を動かす事は出来ない。ましてや、その矛先が他国の王女を守るために自国の兵に向けられたとあっては、革新派のアレク大司教が黙っている筈がない…。」


 ラムザの言う通り、現在ハイネシアは薄氷の上に成り立っているような非常に不安定な状況にある。

古き伝統を重んじる保守派…教皇を務めるソフィアが現在のハイネシアの実権を握っているのだが、教会内でも最大の派閥を持つ革新派のアレク大司教が虎視眈々こしたんたんと隙を伺い、ソフィアを廃位し自らが教皇となる事を望んでいる。

更に、形骸化したグランフォード王家の復権を渇望し、暗躍する王家勢力の存在も捨て置く事が出来ない状況なのだ。

もしこの均衡が崩れれば、ハイネシアは崩壊の危機を迎える事になりかねない。


「だが、それは聖騎士としての見解だ。僕個人としては、今すぐにでも助けに行くつもりだ。僕一人だけでもね!」


「ラムザ…」


「とりあえずはクレア、その手を離すか殴るかしてくれないか?」


「…ああ、悪い。」


 クレアはラムザの胸倉から手を放し、所在なさそうに握り締めた拳を下した。


「どうやら話は決まったようですね?」


「…ハイ。アタイ達2人で姫を助けに行きます!」


「それがどのような事態を招く結果になってもですか?」


「アタイは…アタイ達は聖騎士である前にソフィアの家族なんです。例え血が繋がっていなくても…。だから、姉として妹の必死の願いを断る事なんてできません!」


「僕も…覚悟はできています!」


「まったく、貴方達は…聖騎士としては最低ですが、家族としては誇らしく思います。兵の従軍は許可できませんが、聖騎剣の帯刀を許可します。後の事は、この義母に任せて全力でお行きなさい!」


「シスターエレノア…感謝します!」


 頬を伝うソフィアの涙が執務室の床を濡らし、2人の聖騎士は颯爽と戦場へ向かった。

残されたシスターエレノアは、そっとソフィアの肩を抱き、耳元で囁く。


「もう大丈夫です。世界で一番頼れる兄弟が、貴女の大切な友達を救ってくれます。今、貴女に出来る事…いえ、貴女にしか出来ない事はお分かりですね?」


 ソフィアはひざまずき、そっと胸の前で両手を組む。

祈り…それが彼女にとって全てなのだからーー

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