ヴァルナー猟兵隊
天を覆う木々の隙間から太陽を見上げると、未だ中天には至っていない。
森に布陣を敷いて2時間といったトコロでしょうか…。
サンドラ帝国との戦もまだまだ楽しめていないのに、あんなトコロで敵の撤退を許すなど愚かな事です。
しかし本国に帰還して早々に、ルブルフ将軍閣下からお呼びが掛かるとは何たる幸運!
まだ本陣から何の通達もありませんが、殺戮が楽しめるのならば何だって良いのです。
その点、参謀であるルバト殿は良く理解しています。
いつもワタシの渇きを癒す恰好の狩場を提供してくれるのです。
何と恵まれた部隊なのでしょう!
と、噂をすれば本陣からの伝令が到着したようですが、何か様子がおかしいですね…。
方角からすると、南の街道に布陣するカミーユ隊の方からやってきたようですが、あのように集団での伝令など初めてではないでしょうか?
ワタシの部下に案内されてやって来た伝令を見ると、そこにはルバト殿がいるではありませんか。
「おやおや、ルバト殿!ごきげんよう。」
「ヴァルナー殿こそ、機嫌が良いようで。」
「はい、もちろんですとも!」
「それは何よりです。ところで早速ですが、今回の作戦について説明致します。」
「随分と野暮な事を仰る…。ワタシには獲物だけを与えて頂ければそれで良いのです!」
「…いやはや、いつもながら策という物をまるで顧みて頂けませんな。これでは私の立場がありません。」
「いいえ、ルバト殿はワタシに狩場を用意して下さるではありませんか!策など他の部隊に任せればソレで良いのです。」
「…些か頭の痛い話ではありますが、ヴァルナー殿は放し飼いにするしかありませんな…。」
「ご理解頂けたならソレで良いのです。さあ、今回の獲物は何ですかな?」
「やれやれ…。しかし、今回はヴァルナー殿にとって、望ましい戦になるでしょう。」
「望ましい?ソレは楽しみです!」
「今回、ヴァルナー殿には兎狩りを楽しんで頂けたらと思います。」
「兎狩り!何とも甘美な響きでしょう。ワタシのためにあるような戦ではありませんか!」
「その兎というのは、アルフォード王国のアルテミシア王女です。」
「アノ美しい姫君ですか!?」
「そうです。やはり疑問をお持ちでしょうか?」
「いえいえ、とんでもない!アノ美しい姫君をこの手にかける事が出来るとは、なんと素晴らしい!鮮血に濡れ、苦痛に歪む顔を想像するだけで絶頂を迎えてしまいそうです…。」
「…し、しかしですな…兎を護る猛獣がおりまして…」
「ソレ以上は無粋ですよ?ルバト殿。何千何万の敵が待ち構えていようとも、このワタシが必ずや姫君を仕留めて御覧に入れます!」
「た、大した自信ですな…。いつもなら深追いを禁じていますが、今回に限り特別に許可致します。」
「フフフ、ソレでは全身全霊を以って狩りに当たらせて頂きます。」
「…それでは、私はこれにて。御武運をお祈り致します。」
そそくさと後方の本陣に向かうルバト殿の背中を見送りつつ、ワタシは恍惚を噛み締めた。
すると早速、物見に当たっていた部下が駆け寄って来る。
「ヴァルナー隊長、南から森に進入した一団があります。数はおよそ10人程度かと…。」
「10人?随分と少ないですね…。そんな数では楽しめそうにありませんが、ルバト殿が猛獣と言っていたような気がします。恐らくソレでしょうね。」
「追撃致しますか?」
「ええ、もちろんですとも。全軍を挙げて追撃を開始しましょう。さあ、楽しい狩りの始まりですよ!」
コレ程までに胸躍る戦は、今までにあったでしょうか?
森を駆ける敵が猛獣であろうとも、軍中で唯一にして随一の猟兵部隊2千にかかれば他愛もない事です。
ワタシが求めるのはその先…。
猛獣を狩り殺し、アノ美しい姫君を手にかけるのはワタシの天命です。
姫君を取り逃がさないためにも多数の斥候を放ち、ワタシは森を駆け出します。
脈動する下腹部の疼きを宥めながら――
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