動き出す戦場
「カミーユ隊長、お戻りですか!たった今、前方から11騎の騎馬がこちらに向かって来ております。如何致しましょうか?」
「ああ、見れば分かる…。」
あの兵装から察するとアルフォードの近衛騎士で間違いない。
どうやら楽しい兎狩りが始まったようだが、向かって来たのは猛獣の牙といったところか…。
標的の王女が変装している可能性も考えられるが、その殆どがゴツい男だ。
鎧を身に着けているにせよ、その体格までは隠しようもない。
女も2人混じっているが、あの2人には見覚えがある。
近衛騎士団の女団長と副団長…。
何かの式典の時だったか、女だてらに近衛騎士をまとめる猛者がいるってんで、わざわざ見に行った記憶がある。
あの時はゴツい蛮族の様な女を想像していたもんだから、2人を見て心底驚いた。
戦いとは無縁に見える線の細い若い女2人が件の団長と副団長だと言われれば誰でも驚く事だろう。
その実力も折り紙付きと言われれば尚更だ。
ただし、魔法王国として知られるアルフォードの騎士だ、見た目の体格などあまり当てにはならない。
問題はその特異な能力だ。
もし魔法が使えるのなら、何十人何百人のゴツい男共が束になってかかっても敵わないだろう。
魔法でないにしろ同じ事だ。
それは俺の身近にも存在するのだから、見た目に惑わされたりはしない。
教会の聖騎士達も、ルブルフ将軍も俺達にはない能力を持っているのだから…。
「総員その場で待機、いつでも戦える様に準備はしておけ!」
「しかし、あの程度の数ならカミーユ隊長お一人でも楽勝ではないですか?」
「フッ、馬鹿を言うな。あれはアルフォードの近衛騎士だ、見た目に惑わされると痛い目を見るぞ。」
「アルフォードの…」
俺の近くにいた部下達から動揺が走る。
当然、部下達もアルフォードの近衛騎士と聞けば浮足立つだろう。
何よりも、友好国であるアルフォードと戦り合う事に疑問を抱くのは当たり前だ。
俺も兎狩りの理由を聞いた訳ではないが、ルブルフ将軍の命ならば、例え国王だろうが教皇だろうが首を獲る。
俺達の戦に理由など必要ない、ただひたすらに勝ち続けるだけ…それだけだ。
「俺達はこの戦でアルフォードの王女の首を獲る。それを護る近衛騎士達の実力は、サンドラ帝国の連中なんか比じゃない。気を抜けば死ぬぞ…分かったな?」
「はい!!」
毎度の事ながら、俺の部下は素直な連中で助かる。
例えどんなにクソな命令でも、喜んで死地へ飛び込んで行く。
ただ命令に従うだけの馬鹿とは違う、俺やルブルフ将軍を信じているから成せるのだ。
だからこそ、一兵卒の命も無駄にしてはならない。
その上で常に勝利を掴む、それが俺の役割だ。
「そこの騎馬隊、ここで停止願う!!」
俺が大声を張り上げると、騎馬達は一斉に速度を落とし、互いの表情を確認出来る程の距離で停止した。
「俺はハイネシア銀槍騎士団カミーユ隊の隊長だ。アルフォード王国近衛騎士団長ミラルダ殿とお見受けするが、相違ないか?」
「ああ、私がミラルダだが何用か?」
「ここは既にハイネシア領内である事は御存知だろう。そちらこそ何用でこの先へ向かわれるのか?」
「アルフォード王国よりの特使としてファーラ教会に出向いて参った。特に引き留める理由が無いならば通してもらおうか。」
「近衛騎士が特使とは聞いた事もない。特使に相応しい高貴な御方はいないのか?」
「いや、我々の後方にアルテミシア王女殿下が控えておられる。なにぶん急な来訪故、先行して我々が教皇猊下に御報告申し上げる。急いでいる故、早急に道を空けられよ。」
「通してやるのも吝かではないが、急いでいるのは我々も同じ…。我々もアルテミシア王女殿下に用があるのだ。ご案内願おうか?」
「断ると言ったら?」
「推し通るまで!」
「なるほど、最悪の方で当たりだな…。」
「ん?何が言いたいのだ。」
「つまり、こういう事だ!ミリアム、後は頼んだぞ!」
「はッ!ミラ様、お任せ下さい!!」
俺は近衛騎士達の奇行に対し、黙って見ている事しか出来なかった。
副団長と9人の近衛騎士は一斉に騎馬から飛び降り、北に広がる深い森の中へと一目散に消えて行った。
そして団長のミラルダは残された馬を引き連れ、同じく一目散に街道の後方へ駆けて行った。
仮にも俺と同じ騎士である者達が敵に背を向けるなど考えられない。
あまりにも意表を突く行動に、槍を構える事さえ出来なかった。
奴らの狙いが解らない…。
俺達を敵と想定した上での行動に間違いはないだろうが、わざわざ王女の居場所を俺達にバラし、殆どの戦力を森へ向かわせるとは一体どういう事なのか?
次第に冷静さを取り戻した俺は、思考を巡らせる。
一騎当千とも噂されるアルフォードの近衛騎士を相手に、部隊を分けるのは得策ではない。
仮に北の森へ向かった近衛騎士を追えば、その隙を衝いて街道を突破される恐れがある。
しかし、その先にはルブルフ将軍率いる本隊が控えているのだから、奴らはそこで終わりだ。
一方、団長ミラルダの騎馬を追って行けば、罠が待ち構えている可能性がある。
森に消えた近衛騎士との挟撃を狙っている可能性もあるだろう。
だが、森に消えた近衛騎士はヴァルナー隊が何とかする筈だ。
例え森に逃れようと、俺達に正面から挑もうと、ヴァルナー隊が動く手筈になっていると推測出来る。
流石はルバトと言ったところか…。
ならば、俺達の行動は簡単だ。
例え罠が待ち構えていようと、森に消えた近衛騎士の陽動など気にせず、真っ直ぐ兎の元へ向かうだけだ。
「総員、戦闘態勢にて前進!全力であの騎馬を追え!!」
俺の一声で、俺と同じく呆気に取られていた部下達が正気を取り戻し進軍を開始する。
3千の兵が大地を踏みしだき、大地を揺らす。
数は少ないながらも、カミーユ隊の騎兵に合流した俺は、50騎の騎兵と共に駆け出した。
この先に死地が待ち受けているとは知りもせずに――
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