銀槍騎士団カミーユ隊
もはや恒例となったサンドラ帝国の侵攻により、半年以上も続く長い戦いを終え本国へ凱旋した矢先だというのに、朝も早くからルブルフ将軍直々の招集が発せられた。
と言っても、直接指揮を執っているのは参謀のルバトだろうが…。
こんなにも早くサンドラ帝国の侵攻が再開されたと思い、ウンザリしながらも気合を入れ直していた俺達だったが、向かった先は北ではなく西…。
つまり俺達の相手は、小憎らしいサンドラ帝国の連中ではないらしい。
まあ完全にそうとは言えないが、サンドラ帝国の連中も山賊共が巣食う天険のトアラス山脈を越えて侵攻して来る事は無いだろう。
それを知ってか知らずか、俺の部隊の連中は皆、弛緩した表情で欠伸を漏らしている奴さえいる。
かく言う俺も、五体満足で久々にグランパレスへ帰還出来たんで、昨日は朝方まで飲み明かしたもんだから酒がまだ抜けていない。
いくらサンドラ帝国相手の戦争じゃないにせよ、戦は戦。
気を抜けば明日の太陽も拝めなくなってしまう。
俺達の相手は恐らく、暗黒大陸の蛮族共か、トアラス山脈の山賊共か…。
どちらにせよ、俺達が本気で戦う程の相手ではない事は確かだ。
むしろ、そんな雑魚相手に凱旋したばかりの俺達精鋭部隊が引っ張り出されるなんて事が、どうも腑に落ちない。
しかも精鋭中の精鋭である俺達カミーユ隊と、ヴァルナ―隊、そしてルブルフ将軍直属のルバト隊の3隊が、1万もの兵で出陣している。
更に、首都グランパレスから目と鼻の先にある渓谷に布陣とは一体どういう事なのか…。
確かにグランパレスに向かうには、お粗末な街道を通り、この渓谷を抜けるしか道は無い。
それが大軍なら尚更だ。
渓谷を避け、南に抜ける道もあるにはあるが、未開拓で道も悪く、とてもじゃないが進軍には適さない。
そればかりか、行き着く先は正規軍の駐屯地の真正面だ。
いくら精強な部隊でも、敵の巣窟の中心に突っ込むような愚かな真似はしないだろう。
要するに、この渓谷さえ突破されなければグランパレスが戦禍に巻き込まれる事は無い。
逆に言うと最終防衛線であるとも言えるが…。
兎に角、布陣を終えた俺達は、本隊からの指示を待つしか無い。
と言っても、あのルバトの考えた策だ、どうせエゲツない作戦に決まっている。
まあ本隊から伝令が来たら、とっ捕まえて少しでも知ってる事を吐かせてやるつもりだ。
ルバトの野郎、いつも直前まで作戦を出しやがらない。
敵を欺くには味方から…とか何とか言っていたが、実際に戦うのは俺達なんだ。
味方の犠牲なんてお構い無しのエゲツない作戦で、どれだけ苦労して来た事か…。
と、噂をすれば何とやら。
後方の本隊から伝令部隊がやって来た。
部隊と呼ぶのは妙な話だが、いつもは1人2人の伝令が10人以上も引き連れての御到来だ。
嫌な予感がプンプンして来る。
いつもならこんな事はしないのだが、妙な事の連続で不安になった俺は、数人の部下を連れて伝令部隊のお出迎えに布陣の後方へ向かった。
そこには案の定、直接前線に出向いて来る事など皆無だったルバトの野郎本人の姿があった。
「おやおやカミーユ殿、わざわざのお出迎え、痛み入ります。」
「はいはい、そりゃどうも。で、いつも本陣に引き籠ってるルバト殿が直接前線にお出ましとは、一体どういう風の吹き回しなんだ?」
「随分と心外な物言いですが、まあ良いでしょう。今日はカミーユ殿に直接指示を出しに参りました。」
「俺に直接?嫌な予感しかしないんだがな…。」
「嫌な予感?そんな事はありませんよ。今日は遊興とも言うべき戦をして頂きます。」
「遊興ね…。その遠回しな言い方は、どうも怪しいな。」
「カミーユ殿には戦というよりも、狩り…そう、今日は兎狩りをして頂こうかと思います。」
「兎狩り?そりゃまた随分と楽しそうな戦だな。」
「ククク、そうですとも。ですが、猛獣に守られた兎を狩るのです、一筋縄ではいきますまい…。」
「そらきた!その猛獣ってのが厄介なんだろ?」
「お察しの通り。」
「いいから詳しく話してくれ…。兎ってのは誰だ?猛獣ってのはどこの部隊だ?」
「アルフォード王国のアルテミシア王女、カミーユ殿は御存知ですね?」
「ああ、遠目からだが祭事なんかで見た覚えがある…。まさかその兎ってのはアルテミシア王女なのか!?」
「はい。」
「ちょっと待ってくれ、アルフォード王国を敵に回すつもりか?そんな事、教会が認める筈無いだろう!」
「ですから、この私が直接指示を出しに参ったのです。この作戦は教会に知られる事無く遂行しなければなりません。」
「危ない匂いがプンプンだな…。1万もの兵を動かしたんだ、間違いなく教会が出張って来るだろう?」
「サーレント将軍が時間を稼いでいますが、長くは持たないでしょうね…。」
「時間制限付きの兎狩りって事か…。それで、猛獣ってのは?」
「恐らく、宰相フェスターとアルテミシア王女直属の近衛騎士団かと…。」
「フェスター!?嘘だろ…そんな奴相手に戦えってのか!」
「しかし、敵は寡兵です。だからこその1万、だからこそのカミーユ殿率いる精鋭部隊なのです。」
「なるほど、納得した。要するに、いつも通りのエゲツない作戦って事だ…。」
「エゲツない?この私が何時エゲツない作戦とやらを指示したのですか?」
「素で言ってるのか!?…呆れた。だが、だからこその不敗を誇る銀槍騎士団なのかもしれんな…。」
「ええ、不敗こそが我らの誇り。例え宰相フェスターが相手でも、必ずや勝利を収めましょう!」
「そう言われては仕方がない…。気合を入れ直して狩りに挑まんとな!」
「頼もしい限りです。ではいつものように、この前線での指揮はカミーユ殿に一任します。くれぐれも兎を逃がさぬように。」
「ああ、了解した!」
そうしてルバトの野郎は、北に広がる森の中へと消えて行った。
どうやらヴェルナー隊が森の中に伏しているのだろう。
いつもエゲツない作戦ではあるが、ルバトの戦術眼は信用に足る。
例えあのフェスターが相手でも、互角以上に渡り合えると思われる。
ならば、俺は俺の仕事をするだけだ。
そして、渓谷を走る街道に布陣する俺達銀槍騎士団カミーユ隊3千の前に、11騎の騎馬が迫って来るのだった――
ご意見、ご感想、評価など頂けたら私の魔力も滾りますので、どうぞよろしくお願い致します!