強者の象徴と呪縛の鎖
翌日、遂に決勝戦まで勝ち残った僕は最後の試合を迎える。
対戦相手はやはり、あのリカルドだった。
院生達の多くは僕に期待を寄せ、激励の言葉をかけてくる。
やはり、リカルドの傲慢な態度は、多くの院生達に不快感を与えているようだ。
僕は多くの歓声を受け、演習場の中央に向かった。
「お前ごときが最後の相手か。よく逃げずにここまで来たな!」
リカルドは僕の正面に立ち、ニヤリと笑う。
「お前のような下民風情が、高貴な生まれの俺様に勝てると思っているのか?」
親の顔も知らない孤児の僕が、貴族である彼に従う事は当然だと思っていた。
僕は今まで決して埋まらない身分の差から逃げていた。
自分の目的を言い訳にして…。
僕の卑屈な態度に彼は増長を繰り返し、やがて誰に対しても傲慢な態度を取るようになったのかもしれない。
僕の責任だ。
もう手遅れかもしれない。
しかし、僕は今度こそ戦わなければならない。
僕は強い決意を胸に彼を睨みつけた。
「なんだその目は?まあ良い、この俺様が卑しい下民風情に身分の差というものをたっぷりと教えてやる!」
試合開始を告げるアイリスの声が鳴り響き、静寂が訪れた。
院生達は固唾を飲んで戦いの行方を見守っている。
一陣の風が僕達の間を通り抜け、そして炎の礫が僕の肩を掠めた。
「早い!」
直撃こそしなかったものの、これだけの間合いを一瞬で狙い撃たれた事に驚き、僕は全身に緊張感を走らせる。
嫌な汗が頬を伝う。
彼の今までの試合を見て、戦い方は分析してきた。
しかし、こんな魔法は今まで使っていなかった筈だ。
何にせよ、このままじっとしているのは得策ではない。
僕は彼の横に回り込む形で弧を描くように走り出した。
「無駄だ。」
彼は冷ややかに言い放ち、僕に向かって突き出された右腕の手首を返した。
その瞬間、僕の足元を炎が走り、転がるようにそれを回避する。
そして、休む間もなく次々と撃ち込まれる炎の礫を、不格好に転がりながら避け続けた。
全身が泥にまみれ擦り傷だらけになりながらも、直撃は全て躱している。
「そうだ、這いつくばれ!お前のような下民には相応しい態度だ。そして許しを乞うが良い!」
彼の一言で直観した。
僕が躱しているのではなく、彼に当てる気がないのだと。
即ち、彼がその気になれば当てる事は容易いという事だ。
術式は見えているが、軌道が見えない。
対処する術が思いつかない。
僕はもう諦めるしかないのか…。
その時ふとアイリスの言葉が心に浮かぶ。
「オマエはまた戦う事から逃げるのか?」
僕はもう逃げない、諦める事を諦めるんだ。
僕は顔を上げ、一直線に走り出す。
立て続けに炎の礫が横を掠めるが、気にしない。
彼に当てる気はないのだから。
もう少し…。
「見えた!」
その瞬間、眼前から炎が襲い掛かる。
咄嗟に両腕でガードするものの、激しく吹き飛ばされ、僕は地面に転がった。
軽い火傷で済んだものの、両腕の袖が焼け焦げて煙を上げている。
彼に当てる気がないといっても、あれ程肉薄されれば直撃させてくるだろう。
しかし、それを代償に彼の使う魔法の術式を見破った。
僕は今まで術者から直線的に魔法が放たれるものだと錯覚していた。
しかし彼は、自身との相対的な座標で炎を発生させていたのだ。
つまり、彼の体から魔法が放たれたのではなく、僕のすぐ近くから魔法が発生していたのだ。
魔法の軌道が見えないのではなく、初めから存在しなかったという事だ。
再び繰り返される彼の攻撃を避けながら考える。
軌道が見えないのではなく、存在しない…。
見えない…。
「そうか…これなら!」
僕は彼の魔法を応用し、相対座標が彼の足元になるように術式を組み上げる。
発動させる魔法は初戦で戦ったリンブル君の風塵魔法、疾風の嵐だ。
効果時間はそれほど長くはない。
しかし、彼に接近するには十分な時間が稼げるだろう。
僕は全速力で彼に接近しながら、彼の周囲に天の水瓶の魔法を可能な限り連射する。
僕が至近距離まで詰め寄った時、予想通り彼は炎の壁の魔法を発動させた。
彼が今までの試合で必ず使っていた魔法である。
周囲に火柱を発生させ、対戦相手を近付けさせる事なく棄権を余儀なくさせてきた最大の障壁。
だが、僕が使った天の水瓶の水に反応して、火柱と共に大量の水蒸気が吹き上がった。
「なんだこれは!」
炎の壁と大量の水蒸気の中で動揺する彼の叫びが聞こえる。
僕は自らに耐火の魔法、火の障壁を発動させたが、貧血で気を失いそうになる。
もう僕に次の魔法を使う魔力は残されていない。
僕は右の拳に力を込め、炎の中のリカルドに全力で叩き込む。
「うおぉぉぉぉぉ!」
偶然にも僕の放った拳は彼の顎先を捉え、彼は膝から崩れ落ちた。
「そこまで!対抗トーナメント決勝戦、ファクトの勝利だ!」
アイリスの宣言で演習場に歓声が沸き起こる。
次第に立ち込めていた炎と蒸気が消え去ってゆく。
僕の拳と膝の震えは、炎が完全に消え去っても止まる事はなかった。
鳴り止まない歓声の中、僕は地面に転がるリカルドに視線を送ると、あの時孤児院を襲った傭兵崩れと姿が重なる。
僕にとって抗えない強者の象徴…。
涙が頬を伝う。
僕の求めるものは変わらない。
ただ、僕を縛り付ける呪縛の鎖が経ち切れたような、そんな気がしたのだった。
その日から僕はあの日の悪夢にうなされる事が無くなった。
あの日の事を忘れた訳では決してない。
ただ、僕を縛り付ける鎖から解放され、ようやく前を見る事ができた。
それだけの事なんだ――
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