ハイネシアの鬼神
ゼタと共に停車した馬車に近付くと、既に近衛騎士の面々が顔を揃えていた。
フェスター様は馬車の窓から顔を出し、斥候に向っていたパロミデスから報告を受けているようだ。
「この先の隘路に多数の軍勢が待機しております。旗印を見る限りだと、ハイネシア正規軍かと思われます。」
「ふむ…、隊旗は確認できておるか?」
「白銀の交差槍と棘の紋章を確認しました。」
「銀槍騎士団…ルブルフ将軍が率いる部隊じゃな…。」
ルブルフという名に反応したミラルダ様がパロミデスの横に騎馬を寄せ、いつになく厳しい表情で口を開く。
「ルブルフと言えば長年サンドラ帝国と前線で渡り合ってきた将だな…。我が国の正規軍で言えば、私の父上レオン将軍に匹敵すると言われる歴戦の猛者だ。どうやら私達を歓迎しに来た訳では無いだろう。」
「あのレオン将軍に匹敵する程の将がハイネシアに存在するのですか!?」
「ああ、我が国ではあまり知られていないが、ハイネシアがサンドラ帝国に侵略されていないのは、全てルブルフ将軍が互角以上に渡り合ってきたからだと聞いた覚えがある。」
「常に前線に張り付いておる筈じゃがな…。」
「確かに、こんな所に布陣しているのは不自然なのだ。フェスター卿はどうお考えか?」
「ふむ、可能性は2つ。1つはザンブルグ隊がトアラス山脈から追い出された様に、我が国の前線で対峙しておったサンドラ正規軍が南下し、トアラスに居を構える山賊達を一掃しおった。その勢いに乗じ、ハイネシアへの侵攻を企てている可能性がある。」
「つまり、ルブルフ将軍はサンドラ帝国の侵攻を迎え撃つために陣を敷いていると?」
「然り。トアラス山脈から降りて来た山賊達の掃討も兼ねているじゃろうがな。」
「ハイネシアの集落が山賊に蹂躙されるのを黙って見ているほど腐った国家ではないだろうがな…。」
山賊の話が出ているにも拘らず、隣にいる元山賊は欠伸を漏らし、まるでどこ吹く風とつまらなそうに頭を掻いている。
確かにアルフォード王国の混乱に乗じ、その隙にハイネシアへの侵攻を企てるのも当然だろう。
如何な武人とて、数の差を埋めるのは容易な事ではないのだ。
「そして2つ目じゃが、想定している中で最悪の事態になっておる可能性がある…」
「最悪の事態…詳しくお聞かせ願おう。」
「ふむ…、ハイネシア内の反アルフォード勢力の様な小さな組織ではなく、もっと大きな組織の介入じゃ。」
「まさか、フェニキアが!?」
「いや、フェニキアだけではない。フェニキアを含む、トラキア公国、グランツ共和国の三国同盟じゃ。」
「三国…馬鹿な、フェニキアだけではないと申されるか!」
「そもそもフェニキアを動かし、我が国に内乱を招いた黒幕が三国同盟の中におる。」
「黒幕?内乱が起こったのは国王陛下の崩御が原因ではないと申されるか!」
「それは切っ掛けに過ぎぬ。寧ろ国王陛下の崩御すら利用した、恐るべき策と言えよう…。」
「そんな…一体誰が、何のために我が国を陥れたのですか!」
「グランツ共和国副主席シリウス、その名くらいは知っておるじゃろう。奴は全力で我が国を潰すつもりじゃ。」
「我が国を…潰す…」
「ふむ、大陸の中央に位置する我が国を手中に収めれば、政治、経済、文化、流通、宗教、あらゆる面で潤うばかりか、大陸全土を統一する足掛かりにもなり得る。そして周辺諸国が最も恐れ、何よりも手に入れたい技術が存在する。」
「…魔法」
「そうじゃ。我が国が強国に囲まれながら永らえて来たのは、発展した魔法技術の賜物と言っても良いじゃろう。故にトラキアがどうなったかは言うまでもあるまい。」
「あのトラキア戦役もシリウスの差し金と?」
「いや、あれはトラキア公国の独断じゃな。しかしその結果、一国では我が国に勝てぬと考え、周辺国家全てを動かし、我が国を潰すつもりじゃろう。」
「では、ルブルフ将軍がこの先に布陣しているのは、ハイネシアのグランフォード王家がグランツ共和国に介入されたためと?」
「そうじゃな、飽くまで可能性の話じゃが…」
「しかし、だとしても我々の動きを知る事は出来ぬと思われるが?」
「いや、ファクトの風評の策で、既に我々の所在が知れ渡っておる。ハイネシアとの国境の街アストレアに向かったとなれば、我々が教会に救援を求めに行くのは自明の理じゃろうな。」
「何故このような事態になる事を想定しながら、あの少年の策を採用されたのです?」
「どちらにせよ我々には戦力が必要じゃ。なればこそ、危険を承知で挑むしかあるまい。」
「些か博打に過ぎるのでは?」
「人生なぞ博打の連続じゃよ…。この儂とて例外ではない。」
「ふぅ…、天下のフェスター卿が滅多な事を口にされるな。」
「ほっほ、ではハイネシアの鬼神相手に大博打でも始めるとするかのぉ!」
フェスター様はニヤリと口元に皺を寄せ、近衛騎士達やザンブルグ隊に指示を出す。
敵の数や陣容など全く解らないこの状況で、まるで全てを見通しているような采配は、博打と言うより未来を予知しているかの様な感覚である。
そして自分には、最も危険で最も重要な役割が与えられたのだった――
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