王家グランフォードの王子
王宮の庭園から差し込む鮮やかな光に照らされた大理石の廊下に、3つの足音が優雅に響き渡る。
その先頭には、数々の高価な装飾品が散りばめられた煌びやかな衣装を着こなし、生来の吊り目を更に吊り上げ、眉間に皺を寄せながら歩く青年。
彼は聖教国ハイネシアの統治権を持つグランフォード家の一人息子で、次期国王の座が約束された王子である。
「ギュンター殿下…あの男の話、本当に引き受けるおつもりですか?」
神経質な表情を浮かべる痩身の騎士が、前を歩く王子に問いかけた。
「愚か者、彼の方はグランツ共和国副主席、シリウス殿であるぞ!あの男呼ばわりなど無礼千万である。」
「失礼致しました、ギュンター殿下…」
「ふむ、まあ良い。あのような脅迫紛いの物言いをされては、ワタシとしても遺憾である。」
「しかし、グランツ共和国との交易を楯にされては、従う他ございません…」
「副主席であるシリウス殿が直々に我が国へ参ったのだ、相当に重要な案件と心得る必要がある。」
「アルテミシア姫の抹殺…ですが、教会勢力に知られれば王家への非難は免れません。最悪、統治権を剥奪される恐れもございます…。」
「王家でありながら権威を持たず、権力者の顔色を伺うばかりとは、まったく、忌々しい限りである…。」
ハイネシアでは王家に権力は無い。
実質的な最高権力者はファーラ教の教皇であり、形骸化された王族に統治権を委任している形を執っている。
例え国王と言えど、教皇の意にそぐわねば権威は剥奪され、王族内から別の国王が任命されるのだ。
「教皇猊下に叛意を示せば王位を失い、グランツ共和国に逆らえば王家の存亡に関わる経済力に打撃を受ける…。どちらに転んでもワタシが王位を継承する事は出来ない。」
「しかし何故に国王陛下ではなく、ギュンター殿下にこの様な話を持ち掛けたのでございましょうか?」
「わからぬ…。だがシリウス殿はあの若さで、アルフォードのフェスターやサンドラのラダマンティスに並ぶ策士と聞く。ワタシでは与り知らぬ権謀術数が渦巻いているのであろうよ…。」
「あの軍神と恐れられたラダマンティス卿と並ぶ策士でございますか!」
「そうだ。直接我が国に出向いて来られたのも、何らかの意図があろうな…。大きな賭けではあるが、シリウス殿の案件に従うべきであろう。」
「承知致しました。それではすぐにでも出陣致します!」
「いや、待てサイラス将軍、アルテミシア姫の方はルブルフ将軍に任せる。」
そう言ってギュンター王子は立ち止まり、無言で付き従う巨漢の騎士を見上げた。
銀色に輝く重装甲に身を包んだ巨漢の騎士は、ガチャガチャと鎧を打ち鳴らしながら膝を付き、頭を垂れる。
「ではルブルフ将軍には1万の兵を与え、西へ向かって出陣してもらう。そしてサイラス将軍には聖騎士共を足止めし、時間を稼いでもらおうか?」
「確かに、1万もの兵を動かせば聖騎士共の横槍が厄介でございますな。」
「失敗は許されん、確実に任務を遂行せよ!」
「ハッ!!」
ギュンター王子に付き従う2人の将軍が慌ただしく去った後、彼は庭園の上に広がる蒼天を見上げ、ポツリと呟いた。
「王への道は棘の如くであるか…」
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