孤軍撃滅
城壁の上で混成軍を待ち構える魔術師が、城門前に布陣したまま微動だにしない軍勢を見降ろし、目を細める。
「静かだな…」
「我々の布陣を見て尻込みしておるのだろう。」
「確かに、数で劣るとはいえ地の利は我々にある。如何な大軍であろうと、この布陣を抜く事は出来まい。」
「動かないのであれば、我々にとっても好都合。このまま時が過ぎれば我々の勝利だ。」
そこへ伝令兵が小走りで駆け寄り、膝を付く。
「ご報告致します。」
「どうした?」
「はい、敵が進軍を開始致しました!」
「進軍?奴らはまだ布陣したまま動いておらぬぞ。」
「それが…、敵はたった独りでこちらに向かっております。」
「独りだと?」
「いや、確かにこちらへやって来る人影があるな…」
「今更白旗を振りに来たのではあるまいな?」
「それにしては少し妙だな…」
「妙?」
「ああ、降伏を宣言するならば軍を率いる将でなければ話にならん。しかし護衛も無く、たった独りで将が敵陣に乗り込むだろうか?」
「将の命さえも差し出すつもりなのだろう?」
「それに…奴ら、武器を構えているように見えるのだがな…。」
「では何かの策か?」
「解からぬ…が、我々のこの布陣を前に、たった独りで何が出来ようか。」
「そうだ、如何な策であろうと結果は同じ。我々はただ捻り潰すのみよ!」
「では、弓の射程に入り次第、攻撃致しますか?」
「ふむ…。いや、少し様子を見ようではないか。」
「些か遊興に過ぎるのではないか?」
「いやいや、何をしでかすのかお主も興味があろう?」
「ふん、ゼルギウス様にどやされても知らんぞ…。」
「その時はお主も共犯だ。」
「よかろう…では、弓兵部隊に攻撃態勢を取らせろ。攻撃命令があるまで待機だ。」
「はッ!」
伝令兵は機敏な動きで走り去り、不敵な笑みを浮かべた二人の魔術師が、たった独りで城壁に向って来る影を見詰めていた。
一方、布陣を整えた混成軍の先頭にはアイリスと二人の将、それにラキ少年の姿があった。
「では、手筈通りに作戦を開始する。ハンク将軍、ローレンス騎士団長、後の指揮は任せた。」
「承りました。しかし、本当にお一人で大丈夫なのですか?」
「ハンク将軍、ウォーロックである私の力を目の当たりにして尚、不安があるのか?」
「いや…アイリス殿の魔法であれば、一瞬にして敵陣は崩壊するだろう。しかし城壁の上から矢の雨が降れば、アイリス殿とて無事では済むまい…。」
「そんな事は想定済みだ、問題ない。ただ、敵魔術師の能力が解らない以上、楽観は出来ない。双方、油断無きように。」
「承知した。アイリス殿、御武運を!」
私は拳を掲げ、混成軍の布陣を後にした。
眼前には3千の敵軍と、高くそびえる城壁が立ちはだかる。
ただ守備を固めていれば良いだけの敵軍は、たった独りの私に対して、わざわざ隊列を崩してまで兵を差し向けて来る事は無いだろう。
3千の殺気に満ちた視線が私に突き刺さっているのを感じるが、動く気配は無い。
後は城壁の上の弓兵と魔術師だが、風向きと城壁の高さを考えると、あと30歩もすれば弓の射程に入る。
魔術師の方は、未だに魔力を感じない事を考えると、様子見といったところだろう。
私は歩みを進めながら、術式の展開を開始した。
弓の射程に入っても敵に動く気配は無い。
既に敵の魔術師も、私の魔力に気付いているだろう。
しかし、それでも動きが無いという事は、私を侮っているのか、はたまた防御に絶対の自信があるのか、もしくは特殊な魔法を使えるという可能性もある。
防衛戦に於いて、魔法に対する障壁を拠点に施術するのは当然である。
眼前にそびえる城壁から感じる魔力は、恐らく魔法に対する障壁で間違いない。
通常なら魔法に対する障壁がある場合、強力な魔法を連発しなければ城壁に傷一つ付ける事は出来ないだろう。
しかしそれは、通常ならばという話であって、王国最強の魔術師であるウォーロックに対して通用する物ではない。
突き出した両手に渦巻く術式が光を放ち、巨大な真紅の紋様を浮かび上がらせる。
私は冷徹に、そして力強く、魔法の名前を叫んだ。
「極大高圧爆縮火炎魔法!!」
私に残っている殆どの魔力を使い、威力と範囲を高めた高圧爆縮火炎魔法の強化版、それがこの魔法だ。
空気が圧縮され、強固に積み上げられた城壁がバラバラと音を立てながら崩れ始める。
異変に気付き、慌てふためく敵兵達。
そして、城壁の上から一斉に矢の雨を降らせる弓兵達。
だが、もう手遅れだ。
鼓膜が破れるほどの轟音を響かせ、巨大な爆炎が城壁を跡形も無く吹き飛ばす。
城門前に布陣していた軍勢も、灼熱の炎に包まれ吹き飛んで行く。
障壁の張られた堅固な城壁を破るには、この魔法を使うのが最も効果的ではあるが、やはりリスクが大き過ぎる。
術者である私自身も爆風に吹き飛ばされ、何度も地面を跳ねながら転がり、意識を失った――
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