闘争の幕開け
「さて、今日からは昨日告知したように対抗戦をやろうと思う。」
アイリスの言葉に、気迫の籠った返事が院生達から一斉に発せられた。
「対抗戦の内容だが、ここにいる40人でのトーナメント戦だ。人数の関係で先の講習で健闘を見せたリカルド、リザ、ルース、そしてファクトをシードとし、決勝までの5回戦を5日間に分けて行う。」
アイリスは院生達を見渡し、説明を続けた。
「ルールも先の講習と同じ、対戦相手の体に触れた者を勝者とするが、幾つか条件を付けさせてもらう。」
条件の一言に反応して、院生達の目付きが変わった。
「一つは、殺傷能力の高い魔法の使用は厳禁だ。そして先の講習とは違い、棄権を申し出た者は敗退とする。この演習場を出た場合も敗退と見なす。もちろん貧血で倒れるなどもってのほかだ。」
これは本当の実戦を想定した上で僕達の安全を保障するものだ。
「最後に、相手の体には必ず右手で触れる事。右手で相手の右手に触れた場合は無効とする。つまり、引き分けは無しだ。」
ルール自体はそれほど複雑なものではない。
むしろ単純であるだけに実力が試され、容易に勝つ事は難しい。
「これは諸君の実力を知ってもらうためのものだ、棄権や敗退をしたからといって評価が下がるわけではないので安心してくれ。以上だ、何か質問は?」
院生達は沈黙という答えをアイリスに返した。
「よろしい。では早速始めよう!」
そう言って彼女は羊皮紙に全員の名前が記載されたトーナメント表を投げて寄越した。
受け取った先頭の院生の周りに人だかりができる。
初日は8戦、2日目は4戦、シードである僕は3日目以降の参加となる。
僕は初日、2日目と真剣に試合を観戦した。
特に僕と戦う可能性がある院生の動きや魔法を分析し、僕にできる事を模索する。
僕はもう、逃げない――
そして訪れた3日目、僕の初戦の相手はリンブル君、彼は疾風系の能力を持っている。
非常に稀なケースを除いて2つ以上の能力を持って生まれる事はない。
2つ以上の能力が使えるのは、伝説に語られるこの国の魔術師の最高位ウォーロックぐらいのものだろう。
初戦、2日目と彼の戦い方は風圧の衝撃波による陽動と、風塵を巻き上げての目潰しだった。
今回も同じ戦法で来るに違いない。
アイリスの開始の合図と同時に彼は、僕の右側と正面に時間差で2発の衝撃波を放つ。
僕を左側に回避させるための陽動だろう。
まともに喰らえば衝撃波に吹き飛ばされ、再起不能のダメージを受けるほどのものだ。
彼は全速で僕の左側に回り込みながら、次の魔法の術式を展開させている。
衝撃波か風塵の2択。
いや、僕が術式を読み取る方が速い。
もう一度衝撃波を放って完全に行動を制限するらしい。
僕は風の障壁を展開し、正面の衝撃波に突っ込む。
同じ風の属性同士で受ける衝撃は少ない筈だ。
案の定、受ける衝撃は少なく、2メートル程吹き飛ばされはしたが、難なく受け身を取る事ができた。
彼は僕の行動に驚いたようで、発動中の衝撃波を明後日の方に向かって放った。
僕は受け身のために地面に付けた手で、彼との射線上に天の水瓶の魔法を使う。
これは空気中の水分を集める魔法だ。
僕を中心とした地面が放射状に、水を撒いたような多量の水分を含む。
続いて、水に濡れた地面に氷の吐息の魔法をかける。
これで地面が磨かれた鏡面のようにツルツルの氷に覆われた。
初手と同じ様に2発の衝撃波を放ちながら突進してくる彼と距離を置きながら、僕は上空に発光する鬼火の魔法を放つ。
暗所での灯り程度の効果しか持たない魔法だが、彼の注意を逸らすには十分だろう。
彼の放った衝撃波を避け、回り込むように彼の元へ駆け寄ると、作戦通り彼は地面に張られた氷で足を滑らせ見事に転倒していた。
勢いよく腰を打ち付けたようで、彼は腰を押さえながら悶えている。
苦痛の呻き声を上げる彼の足に軽く触れ、アイリスが僕の勝利を宣言した。
思えば、初めての実戦となるこの戦いに勝利した僕の胸は早鐘を打ち、膝が笑っている。
歓声こそ疎らだが、僕は勝利の興奮を噛み締めた。
そして、続く試合の勝者が決まり、明日の僕の対戦相手が決定する。
それは学院内で僕が唯一親しく接する人物、リザだった。
彼女は対戦相手に深く頭を下げ、こちらに駆け寄って来た。
「明日の試合、私と対戦ですね。」
彼女は息を切らしながら、にっこりと微笑む。
「お手柔らかにお願いします。」
「ファクト君も手を抜かないで下さいね!」
非常に戦い辛い相手が勝ち残ってしまった。
彼女に対して魔法を使う事が心苦しい。
しかし、彼女の実力を考えると手加減していては勝ち目がない。
僕はもう逃げないと決めたのだ。
明日、僕は全力で彼女と戦う事を心に誓った。
ご意見、ご感想、評価など頂けたら私の魔力も滾りますので、どうぞよろしくお願い致します!