第六話
突然異世界に連れて来られた翌日。
俺は今、フィリア以外は誰一人として知らない連中、約四十名を目の前にして教壇の前に立たされていた。
なぜか。理由は簡単。
あいさつするためだ。今日から俺が通う事になった学校の自分の教室で。
昨日ジジイ達に言われたように、俺はこの世界でも学校に通う事になったので、転校生として自己紹介をしないといけないらしい。
「えーっと……おはようございます。今日からエトワール魔術学園に通う事になりました、風間カミトです。これからよろしくお願いします」
満足な自己紹介に全くなっていないあいさつをして、クラスメイト達に軽く頭を下げる。
……し、仕方ないだろう! こう言うのは初めてだし、何を言ったら良いのか分からなかったんだよ!
因みに、エトワール魔術学園とは、この国に唯一ある学校で、初等部、中等部、高等部の三つが同じ敷地内にある魔法学校だ。
更に言うなら、俺やフィリアは高等部なので高等部の学舎にいるが、エリスちゃんもこの学園の初等部の生徒なので初等部の学舎にいたりする。
「は~い。ありがとうございました~。皆さん、これから風間君に色々と教えてあげてくださいね~」
そう言って、ゆったりとした独特な喋り方で、俺のフォローをしてくれたのは、このクラスの担任であるリンダ・モルス先生(さっき言っていた)。
身長はかなり低く、まだ二十代前半位の歳に見える、見た目からしてのんびりしていそうな女性だ。
なんというか、この見た目なら、この喋り方でも仕方がないかと思えて仕方ない感じの人だ。
「それではですね~。風間君はあそこの空いている席に座ってください~」
そう言ってモルス先生が指差したのは、一番窓際の一番後ろの席。フィリアとは少し離れた席だが、教壇からは一番遠く、俺みたいな適度に授業をサボるつもりでいる生徒に人気ナンバーワンの席だった。
「分かりました」
モルス先生に言われ、俺が返事をして指定された席に着くと、一息つく暇もなくモルス先生は教壇の前で口を開き始めた。
「は~い。それでは風間君も席に着いた事ですし、授業を始めますよ~。風間君はまだ教科書を持っていないので、今日の所はアルベルト君に見せてもらってください~」
「わっかりましたー。……じゃあ一緒に見ようか、転校生」
そう言って、俺の前の席に座っている、わりとイケメンの部類に入りそうな金髪の男が
教科書を俺の机の上に置いて、ふり返ってきた。
「あ、ああ……。サンキュー……」
「そんなに固くなるなよ、転校生。あ、僕はレイ・アルベルトって言うんだ。これからよろしくね」
なんというか、もの凄くフレンドリーな奴だった。
「こっちこそ、これからよろしく頼む。あと、転校生は止めてくれ。さっきも自己紹介したけど、俺は風間カミトだ」
「あー、ごめんごめん。女の子の名前ならすぐに覚えられるんだけど、男の名前を覚えるのはどうも苦手でね」
追記事項。隣人にはチャラ男の疑いあり。
「まぁ、こうして席が前後になったのも何かの縁だ。君の名前はちゃんと覚えておくよ、カミト」
「……そりゃ、どうも」
「あ、僕の事も気軽にレイって呼んでくれ」
そう言ってレイが二カッと笑った瞬間。
「は~い、そこの二人は静かにしてください~。仲良くなったのは良い事ですが、もう授業は始まってますよ~?」
相変わらずのトーンで、俺とレイに注意を促してくるモルス先生。
正直、あのトーンで言われても全く怖くない。と言うか、注意されたのか怒られたのかの判別もつかない。
「すいませーん。以後気をつけまーす」
「アルベルト君の『以後気をつけます』は信用できないですからね~。注意されると毎回言うくせに、一日一回は絶対に注意されてるじゃないですか~」
「あれ? そうでしたっけ?」
「いい加減にしないと、そろそろ職員室に呼び出しますよ~?」
「げっ! そりゃ、勘弁です! これからは真面目に授業を受けますから!」
「その言葉も毎回聞いてるんですけどね~」
こんなレイとモルス先生のやり取りを聞いて、クラスのほとんどの生徒が笑い声をあげる。
さっきの二人の会話からすると、レイがモルス先生に注意されるのは最早日課なんだろう。
そう思うと、俺も皆につられて少し笑いそうになるが、視界の端の方でフィリアが笑わずに俺の事を睨み付けているので、俺は笑う事ができなかった。
おそらく転校初日から変に注目を浴びて、先生に注意された事に対して怒っているんだろう。
今注意されたのはレイのせいであって、俺のせいじゃないんだけどな……。
「今度こそ本当に大丈夫だから、呼び出しは勘弁してください! カミトの面倒もちゃんと見ますから!」
まさか、この年になって面倒を見るなんて言われるとは思いもしなかった。
確かに俺は転校して来たばかりで右も左も分かっていない。助けてくれると言うのはありがたい事なんだが、もう少し言い方がなかったんだろうか?
「本当ですか~? だったら、次の時間の戦闘訓練の時も風間君に色々と教えてくだいよ~?」
「大丈夫です! 次の授業もカミトの面倒はちゃんと見ます!」
だから言い方をどうにかしてくれ……。同級生に面倒を見るとか言われると、もの凄く複雑な気分になる。
「本当ですか~? じゃあ、アルベルト君に任せますね~」
「喜んで!」
本当に呼び出されたくなかったんだろう。レイはモルス先生に見えないように机の下で小さくガッツポーズをしていた。
フィリアとレイ位しか知り合いがいないので、俺は別に良いと言うか、むしろ俺からしたらありがたい事なんだが、本人の意志を確認しないのはどうなんだろうか?
いや、まぁ、別に結果的には何も問題ないんだけど……。
「それじゃあ、しばらく風間君の事はアルベルト君に任せますね~。それと、授業を再開しますから、アルベルト君も今度こそ真面目に授業を受けて下さいね~」
「あのー……先生? なんで僕だけ名指しなんですか……?」
「それはですね~。このクラスでアルベルト君が一番不真面目だから。とだけ言っておきましょうかね~。後は自分で考えてみてくださいね~」
そう言ってレイに笑顔を向けるモルス先生。
要は、モルス先生に一番信用されてないのがレイって事なんだろう。
レイもモルス先生に何も反論できず、ただ苦笑いを浮かべているだけなので自覚もしているみたいだし、多分間違いないな。
「それじゃあ、アルベルト君も静かに授業を受ける気になってくれたみたいなので、そろそろ授業を再開しますね~」
こうして、俺がエトワール魔術学園に来て初めて受ける授業が始まったのだった。
☆
参った。どうして、こんな事になったんだろうか……。
「二人とも準備は良いですか~?」
一時間目の魔法基礎学習の授業が終わり、二時間目の戦闘訓練授業が始まって数分。
モルス先生ののんびりとした、けれど俺に取っては命の危機を感じずにはいられない声が学校の校庭に響き渡る。
「はい。いつでも大丈夫です」
先生に凛とした声で返事をして、俺と向かい合って腕を組んでいるのはフィリア。
先生の言う二人のうちの一人だ。
そして、もう一人はと言うと――。
「…………」
「……あの~、風間君? 大丈夫ですか~?」
――もう一人はと言うと、準備も何も、そもそもやる気すらもっていない俺の事だった。
「……おい、カミト。そろそろ諦めて、腹くくれって」
そう言って、俺の肩にそっと手を置いたのは、この学校でフィリア以外に唯一できた俺の友人であるレイだ。
俺の隣にいるので、思わずさっきの二人はフィリアとレイの事なんじゃないかと思いたくなるのだが、さっき何度も先生に確認したので、先生の言う二人とはフィリアと俺で間違いないのが非常に残念でならない。
「あのー……先生? さっきも言いましたけど、俺は全く魔法が使えないって理解してくれてます?」
「もちろんですよ~。だから、相手をアルベルト君からラニエールさんに変えたんじゃないですか~」
「…………」
先生の「だから」の使い方が間違っているような気がしてならなくなり、俺は再び言葉を失ってしまった。
なぜ、二時間目の授業である戦闘訓練で、俺とフィリアが向かい合い、俺がこんな事になっているのか?
それは、授業が始まってすぐの事が原因だ――。
☆
二時間目の始まりのチャイムが鳴り、モルス先生の号令の元、二時間目の授業である戦闘訓練が始まった。
ここまではごく普通の授業だった。けれど、俺も二時間目の授業名を聞いて不思議に思えば良かったのだが、この時の俺は何の疑問も持たず、ただレイに言われて教室から校庭へと移動してしまったのだ。
「は~い。それじゃあ、皆揃ってるみたいなので、授業を始めますよ~。今回の授業は前回に引き続き、クラスメイト同士で戦ってもらいますからね~。もちろん対戦相手は前回と同様に私が決めますので、いつ呼ばれても良いように準備しておいてくださいね~」
そうモルス先生に言われて、クラスメイト達(フィリアとレイ含む)は何も疑問に思うような事はないみたいで、各々で柔軟するなり、この世界特有の魔法陣を何やら手のひらに浮かべたりとしていた。
「え? 準備……? え? は? 皆、何してるんだ……?」
「ん? どうしたんだい、カミト? いつ呼ばれるか分からないんだから、カミトも早く準備しておいた方が良いと思うよ?」
だから何の準備だよ。
皆の行動やレイの言う事が分からず、俺が自分の頭の中を疑問符でいっぱいにしていると、俺が疑問を晴らす前にモルス先生が突然、二人の生徒の名前を呼び出した。
「は~い。それじゃあ、そろそろ始めますね~。今日の最初の対戦はラニエールさんとモンテルナさんのお2人です~」
「「はいっ!」」
先生に名前を呼ばれ、フィリアと一緒に名前を呼ばれた女子生徒(モンテルナと言うらしい)とフィリアは共に気合いの入った声で返事をする。
その瞬間、さっきまで何やら色々とやっていた連中の大半が二人に注目し、クラスはフィリア達に注目する奴らと、二人の事を全く気にせず黙々と準備とやらをしている生徒たちに分かれる事になった。
「なぁ、レイ。これから何が始まるんだ?」
「ん? ああ、見てれば分かるよ」
俺は二人に注目している連中の一人に含まれているレイに、これからの事を聞いてみたのだが、レイは二人を一瞬たりとも見逃したくないのか、すぐに二人の方へと視線を戻してしまった。
いったい、今から何が始まるんだろうか?
「それじゃあ、二人とも準備は良いですか~」
「「はい!」」
レイに話しかけている間に、フィリアとモンテルナさんはモルス先生を挟んで、互いに向かい合っていた。
「これよりラニエール対モンテルナの模擬戦を行います。両者、正々堂々と今の自分の力を目一杯出し切ってください。それでは……始め!」
今までのようなのんびりとした声ではなく、先生がきりっとした声でそう宣言した、その瞬間。
「創生ゴーレム生成!」
フィリアが動くよりも早くモンテルナさんが手の平を前に突き出して、地面に魔法陣が描かれたのと同時に、その魔法陣から岩でできた巨大なゴーレムを作り出していた。
『へぇー……』
『……モンテルナの奴、また生成スピード上げやがったな』
周りの反応を見るに、あのゴーレムはモンテルナさんが魔法で作った物らしいが、俺はジジイ以外の人が魔法を使った瞬間を初めて見たので、完全に言葉を失っていた。
おそらく、この時の俺はかなり間抜けな表情を浮かべていた事だろう。
「どう、ラニエールさん? 前は生成する前に負けちゃったけど、今日こそは勝たせてもらうわよ!」
フィリアよりも先に動き、ゴーレムを作り出す事に成功したモンテルナさんは昔フィリアに負けていたようで、今日はその雪辱を晴らす事に燃えていた。
傍から見ると、丸腰のフィリアがこの巨大な岩のゴーレムを相手にするのはかなり厳しいように思える。
確かに、これならモンテルナさんの言うように、この勝負はフィリアが負けるんじゃないか?
そんな考えが、俺の頭の中には過ったのだが……。
「確かに、前回よりもゴーレムの生成は早くなっているけれど、私には関係ないわ」
当の本人であるフィリアは、そんな事は微塵も感じていないようで、余裕の態度でモンテルナさんの出方を窺っていた。
「言ってくれるじゃない……。けど、そう言う事は私に勝ってから言いなさい!」
モンテルナさんがそう言った瞬間、巨大ゴーレムは止めを刺すかのような重い一撃を与えるべく、巨大な右腕をフィリアに向かって振り下ろした。
だが――。
「じゃあ、そうさせてもらうわ」
――だが、フィリアはその攻撃をゴーレムに向かって手をかざしただけで、完全に岩のゴーレムを消し去ってしまった。いや、正確には手をかざしただけではない。
フィリアが手をかざした瞬間、フィリアの目の前に魔法陣が現れ、その魔法陣から巨大なゴーレムを簡単に飲み込める程の強大な豪炎が放たれたのだ。
「な、なんて滅茶苦茶な……」
完全にフィリアの炎に圧倒されたのか、モンテルナさんは今のフィリアの炎を見て腰を抜かし、その場で座り込んでしまっていた。
「私の勝ちね」
そんなモンテルナさんの姿を見て、フィリアは勝利宣言してから、完全に興味がなさそうに指を一回鳴らした。
その瞬間。
「そこまで! 勝者ラニエール!」
モンテルナさんの周りに複数の魔法陣が現れ、そこから先の尖った炎の塊がいくつも現れて、それを見たモルス先生がフィリアの勝利を高らかに宣言していた。
つまりフィリアは最初の宣言通り、モンテルナさんがゴーレムを生成していようがいまいが関係なく、モンテルナさんに完勝してしまったのだ。
それも、その場から一歩も動かずに……。
「す、すげぇ……」
今のフィリアの戦いぶりを見て、俺は思わずそう呟いていた。
フィリアはかなり強い。魔法の知識が皆無の俺でも、それが簡単に分かってしまう。そんな勝負だった。
「そりゃ、そうだろうね。なんたって、ラニエールさんの実家はこの国で序列八位の貴族なんだから、僕達とは最初から持って生まれた才能が違うんだよ」
横にいるレイに言われて思い出す。そう言えば、昨日クロードさんがそんな事も言っていたような気がするなー……と。
「なぁ、レイ。この国の貴族の序列ってどうやって決めてるんだ? やっぱ強さで決めてるのか?」
「は? 君、頭は大丈夫かい? そんなの初等部の一年生でも知ってる事だよ?」
心底心配するかのような目で俺を見てくるレイ。
いや、そんな目を向けられても、俺はそもそもこの世界に来てから、まだ一日も経ってないんだから、知らなくても仕方ないじゃねぇか。
まぁ、レイは俺が異世界にいた事を知らないので、それを理解しろって言うのも無茶な話だけど……。
「貴族の序列順位に当主個人の強さが関係してくるのはもちろんだけど、その他にも領地の広さとか、その家の収入の多さとか、要は国への影響度を考慮して決められるんだよ。これ位は知ってないと恥ずかしいから、ちゃんと覚えといた方が良いよ?」
「ああ……。これからはちゃんと覚えておくよ……」
レイの話によると、当主の強さは当然の事のように入っているらしいので、クロードさんがかなり強いのは間違いなく、その娘であるフィリアが強いのも当たり前って事か。
と、俺の疑問が解決したのとほぼ同時に、モルス先生が再び口を開いた。
「は~い。それじゃあ、次の組に行きますよ~」
その言葉を聞いて、さっき戦っていたフィリア達を除く全員の表情が変わり、モルス先生が次に指名する生徒の名前に意識を向けていた。
だが、俺はそんな事よりも先に、まず頭の中に浮かんだ事があった。
――それは。
「なぁ、レイ。俺、魔法とか一切使えねぇんだけど」
「…………え…………?」
――それは、俺は魔法が使えない所か、魔法の知識すらゼロであると言う事だった。
だと言うのに、モルス先生は……いや、この世界の神は俺の事が嫌いなようで、全く空気を読むような事はしなかった。
「次の組はアルベルト君と風間君のお二人です~。二人とも前に来てください~」
もしも、もしも今この瞬間に俺の目の前にこの世界の神がいたならば、俺は絶対に神をぶん殴っていただろう。
「え、ちょ、それ、本気で言ってるのかい、カミト!?」
「マジだ。と言うか、俺には魔法が使えない所か魔法の知識すらないし、もっと言ったらこの国の文字も読めない」
「なっ……」
ビックリし過ぎて、開いた口が塞がらない。
レイはそんな言葉がぴったりの表情を浮かべていた。
「な、なんでそれでこの学園に来たんだい……? 一応言っておくけど、ここは魔術学園なんだよ……?」
「なんでって言われてもなぁ……。ジジイと叔父に無理やり行かされたとしか……」
俺がこの学園にきた理由を一言で表すと、これほど適切な言葉はないだろう。
もし付け加える事があるとすれば、ジジイにこの世界に無理やり連れてこられたから仕方なくって位だろうか?
「あの~。アルベルト君と風間君~? 早く前に来てくれませんか~? 授業が進められないんですけど~?」
「あ、はい! 今行きます!」
「え、ちょ、おい、レイ!?」
今、ちゃんと俺が魔法を使えないのは説明したよな!? それなのに、俺の腕を無理やり引っ張って行くとか鬼ですか!? 俺に死ねって言ってるのか!?
「とりあえず、モルス先生に魔法が使えない事を自分で話してくれ。今の僕の実力じゃ、カミトにケガをさせないで魔法を使うのは難しい……と言うか、無理だ!」
「お、おう。分かったから、そんな引っ張るなって!」
そんなわけで、俺はレイに引っ張られて、モルス先生に異世界から来たと言う事以外の事実を、もちろん文字が読めない事も含めて全て話したのだが……。
「あ~……。そう言えば、学園長が風間君の保護者からそんな話をされたから注意するように言われていたような気がしますね~」
先生は俺が話すまでもなく、これらの事を先に全て知っていたのだった。
ただ、忘れていただけで……。
「カミトが魔法を使えないのって学園長公認だったんだ……。それなのに入学を許可されるって、いったいどんな手段を使ったんだい……?」
そんな事は俺が聞きたい。多分、と言うか、ほぼ間違いなく俺を無理やりこの学園にねじ込んだのはジジイとクロードさんだろうけど。
「てか、どうするんですか、先生? 僕、魔法ド素人のカミトを相手にケガさせないで済ます自信なんてないですよ?」
「どうしましょうかね~。アルベルト君だけに限らず、今のこのクラスの皆さんの実力では、ほとんどの人が風間君にケガさせないで戦うのは難しいでしょうからね~。正直、困りましたね~」
俺の話を聞いて、改めて悩み始める二人。
二人の真剣さから考えるに、魔法の使えない俺にケガをさせないようにするのは相当難しい事のようだ。と言うか、二人の真剣さから、へたすりゃ俺は殺されるような事態になりかねないような気さえしてくる。
「あのー……。だったら、今日の所は俺だけ見学するって言う選択肢は……」
「それはないですね~。魔法が使えないなら、なおさら風間君には感覚を体で覚えてもらいたいですからね~」
さっきまでの話を聞いてたら、感覚を覚える前に死んでしまう気がする。
「でも、だったらどうするんですか? さっきも言いましたけど、僕にはカミトにケガをさせない自信なんてありませんよ?」
「そうですね~。どうしましょうか~」
レイも自信がない。モルス先生も対応に困っている。
だったら、本当に俺が今回の授業を見学すれば、この件は全て丸く収まると思うんだけどな……。
まぁでも、このまま結論がでなかったら、そのうち時間切れになって俺を含むクラスの連中全員が戦わなくて済むから別に解決しなくて良いか。
なんて俺が思い始めた、その時だった
「先生。それなら私が風間君の相手をしましょうか?」
既に模擬戦を終え、今この話には全く関係ないはずのフィリアが突然会話に割り込んできて、そんな事を言い始めた。
ハッキリ言おう。
俺に取って、フィリアのこの行動は迷惑でしかない。
因みにだが、フィリアが俺の事を苗字で呼んだのは、俺が正式に次期当主として発表されるまでは、なるべく俺がラニエール人間である事は秘密にしておけと、昨日の晩にジジイとクロードさんに言われたからだったりする。
フィリアのこの行動は、決して俺がフィリアの気に障るような事をして、フィリアを怒らせたからとか、そんな理由じゃないのであしからず。
「一応、私がこのクラスでは魔法の扱いについて成績はトップですし、彼がケガをしないように加減する事は出来ると思います」
……俺にはフィリアを怒らせた記憶は全くないけど、やりたくもない授業を無理にでも受けさせようとしている姿を見ていると、なんだか知らない内に恨みでも買ったんじゃないかと不安になってしまう。
いや、もちろん本当にフィリアを怒らせるような事は何もしてないんだが……。
「そうですね~……。ラニエールさんは既に今日の模擬戦を終えてますが、魔法の使えない風間君の相手はラニエールさんが適任かもしれないですね~。ラニエールさんが良ければ、今日は二戦してもらう事になりますが、お願いしても良いですか~?」
「はい。私で良ければ、やらせてもらいます」
こうして、俺の意見は全く受け入れられず、俺はフィリアと模擬戦をする事になってしまったのだ。