第四話
「ごほん。では改めて自己紹介から始めようか、カミト君」
「あ、はい……。お、お願いします……」
実はこんな異世界に俺には親戚の方々が存在しましたー。なんて驚きの事実が発覚した後、俺の叔父だと言う(まだ実感はない)城主が1つ咳払いをしてから、この場を仕切り始めた。
「お前はいつまで緊張しとるんだ? 二人はお前の親戚だと、さっき教えてやったじゃろうが?」
「う、うっせぇ! いきなりミレーナさん達が親戚だなんて言われても、こっちには全く実感がねぇんだよ!」
そもそも、俺は物心つく前に両親を事故で亡くして、それ以来ジジイが一人で俺を育ててきた。なんて話を聞かされながら、今まで生きてきたんだ。もちろん、今まで生きてきた十六年の間に親戚がいるなんて話も聞いた事がない。
そんな状態でいきなり異世界に連れて来られて、お前には親戚がいるんだ。なんて言われても、実感なんか湧くはずがない。
「実感がないと言われても、実際に私たちはカミト様の親戚になるので受け入れてもらわないと困るのですが……。まぁ、私とは本当に血の繋がりはありませんが」
「うっ。そ、それはまぁ、そうなんですが……」
ミレーナさんの正論に思わず返答に詰まってしまう。
因みに、俺の叔母であるはずミレーナさんが未だに敬語で話しているのは、メイドとして働いている時は城主である叔父の妻ではなく、一使用人であるからだそうだ。
だったらメイドを辞めれば良いんじゃないかと俺も思ったのだが、本人曰く「私はメイドとして家中を自由に歩き回って、家中の仕事をしたいのです」と言っていた。
正直、凄く変わった人だと思う。
「まぁまぁミレーナ。カミト君には少しずつ慣れてもらえば良いじゃないか。父上もそれで良いでしょう?」
「……ふん。まぁ、これがワシの孫かと思うと情けなくなるが、今はお前の顔を立ててやるとしよう」
「はは。ありがとうございます」
なんか良く分からんが、とりあえず今は城主さんのおかげでこれ以上は何も言われないで済むみたいだ。ジジイは納得する前に何か言ってやがったけど……。
「じゃあ、今度こそ自己紹介しようか……。私の名前はクロード・ラニエール。君の父であるユギト・ラニエールの弟で、ラニエール家の現当主だ。よろしく、カミト君」
そう言って俺の叔父であり、この城の城主であるクロードさんが握手を求めてきた。
ただ手を出してきただけなのに、堂々としているせいか凄く威厳があるように感じられて、なんだかこっちが委縮してしまう。
「は、初めまして。俺……じゃなくて、僕は風間カミトと言います」
自分でも分かる位緊張していたが、なんとか差し出された手はスムーズに握る事ができたので、ちょっとだけ安心した。
「なにを緊張しとるんだ? お前はコミュ障か?」
「だから、うるさいっての!」
緊張しただけなんだから、ほっといてくれ。
「ミレーナは……もう挨拶は済ませてあるんだったね?」
「はい。簡単にですが既に済ませてあります」
「では、ミレーナを改めて紹介する必要はないようだね」
正直、ミレーナさんとの挨拶は済ませてあると言っても、あの時は本当に名前を教えてもらっただけだから、ちゃんと自己紹介してもらったわけじゃないんだけどな……。
まぁ、さっきまでの一連の流れで、ミレーナさんの事も少しは分かってきたけど。
「それじゃあ、最後はワシの――」
「ジジイの自己紹介はいらん」
「――自己紹介じゃな――って、こら、カミト! 人が喋ってる時に割り込んでくるんじゃない! しかも、いらんとは何事じゃ!? いらんとは!? 少しは爺ちゃんにも興味を持たんか!」
「今さらジジイの自己紹介なんて聞く必要がどこにあるんだよ」
物心つく前から……ジジイの話を鵜呑みにするならだが、両親が交通事故で死んでからの十六年間、俺とジジイはずっと一緒に暮らしてきたんだ。今さらジジイの自己紹介を聞く必要性なんて全く感じられない。
「くっ……! 相変わらず生意気なっ! だったら、ワシの本名を――」
「どうせ、ハヤト・ラニエールだろ? んで、どうせ元ラニエール家の当主なんだろ?」
「――ワシの本名を教え……」
俺がジジイの言葉を遮った瞬間、ジジイは目をあちこちに泳がせながら、途中まで開いていた口をゆっくりと閉じていった。
どうやら、次に言おうと思っていた言葉を俺が先に全部言ってしまったらしい。
と言うか、クロードさんが俺の叔父って聞かされた後なんだから、今のは誰でも簡単に予測できる事だと思うんだが……。
もしかして、俺はそんな事も分からないと思われていたのか?
だとしたら、もの凄く腹が立つ。
「息子夫婦達よ。ワシはいったい、どこで孫の育て方を間違えたんじゃろうか……?」
「間違いがあるとすれば、最初からじゃねぇか?」
物心ついた時から、無理やり武術やら格闘技なんかを教えられる子どもなんて滅多にいないだろうし、俺の育て方に問題があったとしたら、まず間違いなくそこだろうな。
「あ、あははは……。カミト君、君は父上が相手だと容赦ないね……」
「感謝と同じくらい、このジジイには恨みもあるんで、そこは気にしないで下さい」
「んー……。そう言われると、私も昔の恨みが少し残っているような気がしないでもないし、その気持ちは分からなくもないな……」
同じ男に育てられた者同士、なんだかクロードさんとは気が合うような気がする。
「クロード!? なぜ、このタイミングでお前がカミト側に付くんじゃ!? そこはワシの味方になる所じゃろうが!?」
「い、いえ……。幼少期の頃を思い出すと少し……」
「お前もかクロード!? お前もカミトと同じで、幼少の頃よりワシに鍛えられた事が気に食わんのか!?」
「ま、まぁ、結果として、あの時のぎゃくた……ゴホン。修行があったから今の私があるわけで、あれも必要な事だったと今は思っていますよ……?」
この人、さっき一瞬“虐待”って言いかけたよな?
どうやらクロードさんもジジイには本当に感謝しているみたいだが、しっかりと恨みも残っているようだ。
と言うか、ジジイは俺だけじゃなく、クロードさんにも同じ事をしてたのか。ますますクロードさんとは気が合うような気がしてきた。
「だったら、そこでカミト側に付くのはおかしい――」
――コンコン。
「――じゃ、ろう、が……?」
と、俺たち(ほとんどジジイ一人)がバカな事をしていると、さっき俺達が入ってきた立派な扉を誰かがノックした音が、部屋全体へと響き渡った。
誰がノックしたのか知らないが、ジジイも首を傾げている事から、来訪者はジジイも知らない人物なんだろう。なんて事を俺は一瞬思ったのだが……。
「誰だ?」
『フィリアです、お父様。ただいま帰りました』
『エリスも帰りました、おとうさま』
「おお、二人とも帰ってきたのか。だったら早く入ってきなさい」
『『はい』』
クロードさんと扉の向こうにいるであろう二人の会話が終わり、扉の向こうにいる二人組が扉を開いたのとほぼ同時に――。
「フィリアちゃー―――ん、エリスちゃー―――ん!」
「いやぁぁぁああ!」
「ぐはぁっ!?」
――ほぼ同時にジジイは奇声を上げながら扉へ向かって猛ダッシュして行き、扉の向こう側にいた二人組の一人である、ミレーナさんと同じ真紅の綺麗な長い髪が特徴的な女の子にビンタされ、床に転がっていた。
なんというか、女の子にビンタされて床に転がっている姿は滑稽だが、あの反応の速さは純粋に凄いと思った瞬間だった。
「おーい。生きてるかー?」
「くっ……。ふぃ、フィリア、ちゃん……。強くなった、な……ガクリ」
ビンタによって床に倒れ込んだジジイの顔を軽く叩きながら、形だけは一応心配してやると、ジジイはそう言いながら、自分にビンタをかましてきた女の子に向かって右手の親指を立て、変な効果音を自分の口から出して床の上で大の字になった。
全く心配していなかったが、どうやら大丈夫みたいだな。
「え? あ、あれ? お爺、様……?」
床に倒れた込んだジジイを一目見て、なぜか「やっちゃった」みたいな表情をしたまま立ち尽くす女の子。
今のは誰が見たってジジイが悪いのに、今のビンタをあの子に気にさせるのは、なんだか非常に申し訳ない気持ちになってくる。
「あー……。今のはジジイが――」
「お、お爺さま!? 大丈夫ですか!?」
――今のはジジイが完全に悪いから、別に気にしなくて良い。
そう言おうとしたら、今度はビンタをかました女の子と一緒に入ってきた、もう一人の女の子……と言うより少女と言った方が正しそうな女の子が、ジジイの心配をして慌てて駆け寄ってきたので、途中で言葉を遮られてしまった。
なんだかデジャブだな……。なんて思いながらも、これ以上ジジイの事で二人に気を使わせるのは申し訳ないので、俺は再び二人に向かって口を開いた。
「あー……。二人とも、この糞ジジイの事は気にしないでくれ。と言うか、この糞ジジイがいきなりアホみたいに飛びつこうとしたりして悪かったな。このバカの代わりに謝るよ」
そう言って俺は二人の女の子に、特にビンタした方の女の子に向かって頭を下げた。
「え? い、いえ、私こそいきなり叩いちゃってごめんなさい……。お爺様がいきなり飛びついて来たから驚いちゃ……ん?」
「いや、あんな糞ジジイがいきなり飛びついてきたら、思いっきり殴りたくなって当然だ。むしろ、ビンタ一発で終わらせて良かったの……ん?」
と、俺とビンタした方の女の子が互いに謝っていると、俺は今の会話で引っかかる部分があり、下げていた頭を上げると、女の子の方も何か感じたらしく、不思議そうな顔をして俺の事を見ていた。
なんとなくだが、俺たちは同じ事を思っているんじゃないだろうか?
俺にはそう思えて仕方なかった。
「あ、あの……今、お爺様の事を「ジジイ」って言いました……?」
「は、はい……。言いました、ね……。そこで転がってるジジイは、恥ずかしながら俺の実の祖父なので……。と、言うか、今あなたもジジイの事を……」
「は、はい……。私がさっきビンタしてしまったのは、私の実のお爺様、です……。」
「……………………」
「……………………」
俺達二人はたっぷり十秒程、無言のままお互いの目と目を交差させた後、それぞれの保護者に向かって叫び声を上げていた。
「お、お父様、これはどういう事なんですか!?」
「おい! いつまで寝てるつもりだ、この糞ジジイ!? さっさと起きて、どう言う事か説明しやがれ!」
女の子の方は、その場でクロードさんに向かって。
俺は目の前で未だに倒れ込んでいるジジイのむなぐらを両手で掴み、思いっきり揺らしながら説明を求める。
当たり前だ。そもそも、俺にジジイ以外の親戚がいた事もついさっき知ったわけだが、あの二人はあくまで叔父と叔母だった。
だが、今俺の目の前にいるのは俺と同じ位の歳の女の子と、俺よりもさらに小さい女の子達だ。こんなに歳の近い女の子達、それもかなりの美少女達が親戚にいるなんて話は一切聞いてない。
「ぬおぉぉ!? カミト!? お前、実の祖父に向かっていきなり何をするんじゃ!?」
「うっせぇ! 今はそんな事どうでも良いから、早く説明しやがれ!」
「わ、分かった! 話す! 全部話すから、とりあえず落ち着くんじゃ!」
「ふぃ、フィリアも落ち着きなさい! ちゃ、ちゃんと話す! 話すから落ち着くんだ!」
ジジイとクロードさんが叫ぶも、俺とフィリアと呼ばれた女の子の二人はすぐに落ち着きを取り戻す事ができず、それを見て小さい方の女の子(おそらくエリスと言う)は何が面白いのか、お腹を抱えながら笑いだし、ミレーナさんは頭が痛いと言わんばかりに頭を抱えて、首を横に振っていた。
「「は、早く説明しろ(してください)――!」」
結局、この騒動はミレーナさんが一喝するまで続いたのだった……。