第三話
――コンコン。
「主、ミレーナです。カミト様をお連れしました」
ミレーナさんに案内されるがまま移動していた間、いくつも立派な扉を見てきたが、その中でも頭1つか二つ飛びぬけた大きさの扉の前でノックをするミレーナさん。
どうやら、この扉の向こうに城主とジジイがいるみたいだ。
「ん? ようやく来たか、ミレーナ。カミト君を連れて入ってくれ」
ミレーナさんが扉の向こうに話しかけた後、部屋から聞こえてきたのは、ジジイではない男の人の声。
おそらく今の声の主がこの城の城主で間違いないだろう。
「はい。……それでは失礼します」
ミレーナさんが城主から許可をもらって、扉をゆっくりと開けていく。
そこで俺の目に飛び込んできたのは。
――横の壁際には隙間なくギッシリと埋まっている何千、何万もの本の数々。
――この部屋で唯一、外の光が入ってくる窓の前にある高そうな椅子と、大量の紙束で溢れ返っている高そうな机。
――そして。
「遅いぞ、カミト。お前が来るのが遅いせいで酒がきれたじゃろうが」
「やぁ、カミト君。久しぶり……と、言っても君は覚えていないだろうが、久しぶりだね」
――そして、その紙束で溢れ返っている机の前で、見た事もない男の人(おそらくこの城の城主)と、今まで嫌と言う程見てきた人物が、なぜか床の上で胡坐をかいて酒を飲んでいる姿だった。
なんなんだ、この状況は……。
「……お二人は何をなさっているのですか……?」
「ん? 見て分からんか、ミレーナちゃん? 酒を飲んどるんじゃよ?」
「そんな事は見れば分かります、ハヤト様。私が聞いているのは、そんな事じゃありません……」
人間のクズを見るかのような冷たい目で、二人の事を見ているミレーナさん。
さっき知り合ったばかりの俺でも分かる。これは間違いなく怒ってらっしゃるな……。
「私が聞いているのは、どうしてこんな時間、このような場所でお酒なんか飲んでいるのかと言っているんです! あなた達はバカなんですか!?」
こんな事は容認しかねるといった勢いで怒りだしたミレーナさん。さっきまで俺の隣にいた美人メイドさんは、いったいどこに……。
と言うか、主に向かって今の態度は許されるんだろうか……?
ジジイは自業自得だから問題ないとしても、主に向かってあの態度は……。
「す、すまない、ミレーナ! 父上と久しぶりに会って、つい調子にのってしまったんだっ……!」
怒り出したミレーナさんを目にした瞬間、酒を放り投げ、いち早く正座で頭を下げだした城主様。
どうやら俺の心配は杞憂に終わったみたいだが、こんな不思議な状況が平然と起こるこの城は大丈夫なんだろうか……?
「久しぶりにお父様に会って嬉しく思うのは大変結構ですが、それで公務をほっぽり出して、昼間からお酒を飲む人がいますか!」
「ほ、本当にすまない! だ、だが私はまだほとんど飲んでいないから、仕事ができないわけでは……」
「お酒を飲んだ段階で真面に仕事なんてできるはずがないでしょうが! 言い訳は無用です!」
「ご、ごめんなさい……」
「本当に反省しているんですか!?」
「はい……」
終始一方的に言い続けて、最後には城主を黙らせてしまったミレーナさん。
もしかしたら、この城で一番偉いのは城主様ではなく、ミレーナさんなんじゃないかと思った瞬間だった。
「ははははっ! お前らは相変わらずのようじゃのう」
「じ、ジジイ……?」
今のミレーナさん達のやり取りを見て、突然笑い出すジジイ。
さっきまでは殴ってやろうと思っていたのに、今のを見た後に平然と笑えるジジイの頭を思わず本気で心配してしまった。
「ん? なんじゃ、カミト? まさかお前、ビビッとるのか?」
ハッキリ言おう。俺はミレーナさんにビビりまくっている。
と言うか、城主に向かってあそこまで言えるメイドさんにビビらない要素がどこにあると言うんだろうか?
「情けない奴じゃな、お前……」
「お父様は少し反省してください」
「はは……。ミレーナちゃんは相変わらず厳しいの……」
ん? あれ? ちょっと待てよ?
さっきから戸惑う事が多すぎて、思いっきりスルーしてたけど、なんか今までの会話ちょこちょこおかしくないか?
なんかミレーナさんの説教の途中で、二人の口から『父上』とか『お父様』なんて言葉が出てきたような気もするし、ジジイの口からは『相変わらず』なんて言葉も出てきた気がする。
もしかして、この人たち――……。
「あ、あのさ、ジジイ。ちょっと聞きてぇんだけど……」
「なんじゃ? この二人の事が知りたいのか? それともここに連れてきた理由が知りたいのか?」
「いや、そりゃ両方とも知りたいけど、とりあえず今はこの二人の事を……」
「ああ、この二人の事か。まぁ、お前にも分かるように簡単に言うと、二人はワシの息子夫婦じゃ。つまり、お前の叔父と叔母になるわけじゃな」
――やっぱり、この人たちは俺の親戚だったようだ。