第十二話
爺ちゃんから剣を譲り受けた後、爺ちゃんの経営する喫茶店を出てから、俺達はまた街をぶらつき始めていた。
店に入る前と後で違うのは、腹が満たされた事と、俺に新しい爺ちゃんができた事。そして、俺の腰に母さんの形見である白銀の剣がぶら下がっている事。
店に入る前はまだ太陽もしっかり昇っていたのに対し、今はもうすっかり夕暮れ時になってしまっていたが、俺に取ってはかなり貴重な時間だった。
「魔殺の剣、ね……」
フィリアが何か言いたげに、俺の腰にぶら下がる剣を見ながら呟いた。
因みにだが、魔殺の剣とは剣の名前だったりする。
爺ちゃんに教えられただけで、別に俺が付けた名前じゃないのだが、名前に付いて何か言いたい事でもあるんだろうか?
「なんだよ? 何か言いたい事でもあるのか?」
「別に? ただ名前を読んでみただけよ。固有名の付いてる武器って珍しいと思ってね」
「あー、分かる。僕もそれは思ったよ」
フィリアに便乗するかのように乗っかってきたレイ。
そんなに名前がある武器って珍しいんだろうか?
「名前が付いてる武器なんてまるで……」
そこまで言いかけて、言葉を止めたレイ。なんだか言いにくそうにしているように見えるのは、俺の気のせいだろうか?
「なんだよ? 言いたい事があるならハッキリ言えば良いだろう?」
「ん、いや、まぁ、その、なんだ。カミトのお母さんの形見だって言うし、本当はこんな事言いたくないんだけど、その……。名前が付いている武器って、基本的に魔剣しか存在しないんだよ。だから、その……」
「この剣も魔剣じゃないかって事か?」
「……うん」
なるほど。レイの言いたい事は分かった。
確かに、名前のついた武器が基本的に魔剣だって言うなら、この剣も魔剣である可能性は非常に高いだろう。けど――。
「てか、魔剣だとなんか問題あるのか? どうせ、こっちの世界じゃ魔剣なんて大して珍しくもないんだろう?」
けど、それがなんだって言うんだ? 魔剣であろうとなかろうと、この剣が母さんの形見である事に変わりはない。それに、弱い分には困るけど、強い分には何も困らないし、別に良くないか?
「おいおい。そんな笑えない冗談は止めてくれよ。魔剣が大して珍しくない物だったら、きっとこの世界はとっくの前に滅亡しちゃってるよ」
「え、この世界でも魔剣って珍しい物なのか?」
漫画やアニメなんかで良く魔剣が出てくるから、俺はてっきりこの世界でも魔剣位ありふれてると思ってた。
「珍しいに決まってるじゃないか。魔剣一本で軽く五百人分の働きをするって言われてるんだよ? そんなのがありふれた世界って、どんな世界だよ」
「へー……。それじゃ、もしこの剣も魔剣だったら、俺もそんだけ強くなれるって事か」
つまりそれは、例え魔法が使えなくても魔導師に勝つ事ができるって事じゃないのか?
そう考えると、なにやら心躍る物があるのだが、現実はそこまで甘くないようで、有頂天になりかけた俺に向かって、すぐさまフィリアが釘を刺してきた。
「あんまり調子に乗らないでくれるかしら? 言っておくけど、魔剣なんて軽い気持ちで使って良いような代物じゃないのよ?」
「なんだよ、軽い気持ちって……。そんなに魔剣ってヤバい物なのか?」
「私も直接見た事は一度もないけど、魔剣っていうのは基本的には禍々しくて、邪悪な物だっていうのは割と有名な話ね。噂では体を乗っ取られるとか、人格が死ぬとか、破壊衝動に襲われるとか、色々言われてるわね」
「……マジで……?」
魔剣怖! なんも考えずに気軽に使ったら体を乗っ取られるなんて怖すぎるだろ……。
「本当かどうかは分からないわ。……けどまぁ、とりあえずその剣に関しては魔剣である可能性は低いと思うし、心配しなくても良いと思うわよ? もしその剣が魔剣なら、お父様やお爺様が美奈さんに魔剣を持たせるはずがないわ」
なるほど。確かにそれもそうだ。
この剣が母さんの形見なら、当然ジジイやクロードさんもこの剣を見た事があるはずだ。
それなのに取り上げる事も破壊する事もなかったって事は、この剣が魔剣じゃないって事なんだろう。
まぁ、この剣が母さんの形見である以上、魔剣であろうが関係なく俺はこの剣を持ってただろうけどな。
「と言うか、魔剣がどうこう以前にアナタどうするつもり? 前にも言ったけど、魔力もコントロールできないレベルで武器なんか持ってても、死期を早めるだけよ。分かってるの?」
「そんなの分かってるよ……。けど、ちょっとずつ感覚も掴めてきたし、ちゃんと使えるようになった時用に持ってても別に良いだろう?」
俺だって別に死にたいわけじゃない。むしろ痛いのは嫌だし、できれば平凡な生活を送りたいとさえ思っている。
けど、だからって真面に魔力をコントロールできるようになるまで武器を持ったらいけないって事はないはずだ。それなら別に剣を持っていても良いだろう。
「……まぁ、それなら別に良いけど」
微妙に納得してなさそうな反応だが、一応はフィリアから許可もされたのでこれ以上は何も言うまい。
自分でもフィリアから許可をもらえるか気にしている辺りどうかと思うが、こういう戦闘やら魔法やらに関係のありそうな話では仕方がない。
不本意ではあるが、一応魔法の使い方を教えてくれている師匠になるわけだし……。
「てか、それよりこれからどうすんだ? もうだいぶ日沈んできたけど、当初の予定通り街ぶらつくのか?」
「え? まだ周るつもりなのかい? 正直、今日はもう疲れたんだけど……」
いや、疲れたって……。レイは暇だからって勝手に付いてきただけじゃなかったか?
まぁ、疲れたって言うのは俺も同じだけど。
そんなわけで俺とレイはフィリアに視線を向けた。
「心配しなくても大丈夫よ。私だってそろそろ帰らないと宿題が終わらないわ」
「え? フィリアも宿題まだ終わってないのか?」
「後ちょっとで終わるけどね。昨日はちょっと時間がなくてね」
昨日……? あー。そう言えば昨日、毎日恒例になってる俺の特訓が終わった後、フィリアはエリスちゃんに何か色々と教えてたっけ。
自分の宿題も終わってないのに、俺やエリスちゃんの面倒見てくれてたとは……。
なんというか、お人好しな奴だな。
「アナタ達は終わってる……わけないわよね」
決めつけるとは失礼な奴だな。実際終わってないけど……。
「まぁ、確かに終わってないけど今回は心配するな。今回の宿題はレイと一緒にするから、フィリアに面倒はかけねぇよ」
嘘だ。本当はレイと一緒にする気なんて微塵もない。
さっきの洗い物の勝負で俺はレイに勝っている。
正直、毎日のように学校に通いながら、それなりに家事をこなしていた俺が、あまり家事をしていなかったレイに負けるわけなんてなかったのだが、そこは勝負の世界。当然ハンデなんてやる事もなく俺はレイに圧勝した。
つまり、賭けの清算として俺はレイに宿題をやってもらえるのだ。
ただ一つ問題があるとすれば、それはフィリアだった。
こっちの世界で二週間過ごして分かった事なのだが、フィリアは基本的に面倒見が良いし、やる気がある奴には丁寧に分からない事を教えてくれるし、基本的には優しいし、良い奴だと思う。
だが、それは俺以外の人に対してであって、俺にその基本は当てはまらない。
理由はおそらく、俺が次期当主候補だからってのと、俺はそもそもやる気がないからだろう。
次期当主として(そもそも次期当主になるつもりはない)俺はまだまだ色々な面で力不足だ。だからフィリアは、少しでも早く俺が一人前になれるよう俺には特別厳しくしている気がする。
もしそんなフィリアが賭けとは言え、俺がレイに宿題をやらせている事を知ったらどうなるか? おそらく宿題のやり直しと、サボろうとした罰で変な課題を与えられるのは間違いない。いや、むしろそれだけで済んだらまだ良い方だ。
ゆえに俺はレイと一緒に宿題をすると言う堤で、フィリアの監視から抜け出し、なおかつレイに宿題もやらせるという完璧な作戦を立てたわけだ。
これで完璧。なんの抜かりもない。
そのはずだったのに……。
「あれ? カミトは自分で宿題をするのかい? 僕はてっきり、さっきの賭けの清算でカミトの分まで宿題をしないといけないと思っていたんだけど?」
このレイの不用意な発言のせいで、俺の計画は全てパーになってしまった。
このバカレイ! 少しは空気を読みやがれ!
賭けの内容を知ってるレイなら、ちょっと考えればこれが俺の作戦だって事位簡単に分かるはず……いや、待て。違うぞ。コイツわざとだ! わざとフィリアの前であんな事を言って、最終的には賭けの清算から逃れようとしてるんだ!
その証拠にレイは俺の方を見ながら薄らと笑みを浮かべている。
くっ! なんて卑怯なっ……! このままではマズイ事になる!
俺は状況を把握した後、レイの作戦を打ち破るため、すぐさま行動に移そうとしたのだが……。
「ちょっと待って。アルベルト君がこの人の宿題もする……? どういう事か事細かに説明してもらえるかしら……?」
俺が行動に移すよりも先にフィリアが俺の肩を掴み、俺の動きを封じてきた。
その瞬間、俺は悟った。
ダメだと。もう詰んでいると。諦めて素直に自分で宿題をしろと。
「せ、説明するも何も、レイが勘違いしてるだけだろう……? そんな、宿題を人にやらせるなんて事、俺がするわけないだろう……?」
今フィリアがどんな顔をしているのか分からないが、俺は恐怖のあまりフィリアに背中を向けたままだった。
「本当に?」
「もちろんだ」
「ちゃんと自分で宿題やったかアルベルト君に確認するから、不正したら直ぐに分かるわよ?」
「……心得ました」
この瞬間、俺の負けは確定した。
レイに確認さえしなければ、まだ最後の手段として無理やりレイにやらせる事もできたが、確認されるなら無理やりレイにやらせるのは絶対に止めた方が良いだろう。
さっきのやり取りから分かるように、レイは賭けの清算をする気は微塵もない。
つまり、フィリアにこう言われた以上、俺がレイに賭けの清算をしたら確実にバラすだろう。
そんな事も分からない程、俺はバカではない。
「あ、カミトの分まで僕が宿題をやるって言うのは、僕の勘違いだったのか。お騒がせしてごめんねー。勘違いしてたよー」
レイの野郎ッ!
いつか絶対に仕返ししてやるっ……!
レイに向かって、俺が復習を誓った、その時。
パアァァッ!
突如、俺達の目の前に紫色の魔法陣が描き出された。
「な、なんだ!?」
「この魔法陣は……。召喚魔法かっ!」
魔法陣を見て、なにかに気付いたようにレイが声をあげる。
召喚魔法ってなんだ?
「……アナタは下がってなさい。足手まといよ」
「え? あ、あぁ……」
何がなんだか分からないうちに、フィリアから下がるように言われ、言われた通りに俺は少し後ろに下がる。
いったい、これから何が始まろうって言うんだ?
「ラニエールさんはどう思う……?」
「誰かに攻撃を仕掛けられたと考えるのが妥当でしょうね。さっきまで気がつかなかったけど、周りに人がいなくなってるから結界も張られてるみたいだしね……」
うーむ。二人で何やら話しているみたいだが、何の事か良く分からん。
フィリアの言う通り、いつの間にか周りに人がいなくなっている。多分、これが結界とやらを張った時の効果なんだろう。
こんな事して何の意味があるのか、全く分からないけど……。
「――っ!」
などと俺がアレコレ考えているうちに、魔法陣がさっきよりも強い光を放ち、魔法陣の中から、何やら生物らしき物が現れた。
「……なんだ、これ……」
魔法陣の中から現れたのは、赤い目をした四足歩行の生物。俺が知っている生物の中ではオオカミや犬が一番近いだろうか?
ただ、これは俺の勘でしかないがオオカミや犬より強そうだ。いや、詳しくは知らねぇけどオオカミは強いだろうな。けど、この生き物はそれよりも強そうだった。
「これは……レットウルフだね」
「みたいね」
あのオオカミ,レットウルフって言うのか。
「なぁ、そのレットウルフ? って、なんなんだ? この世界の動物の一種なのか?」
「バカ! 違うわよ! 動物なんて可愛らしい物じゃない! コイツは中級クラスの魔獣よ!」
魔獣、か……。よく分かんねぇけど、モンスターみたいなイメージで問題ないだろう。
あの牙とかすげぇ凶器になりそうだし……。
「その様子から察するに、カミトは何も知らなさそうだから一応言っておくけど、魔獣の攻撃は受けちゃダメだよ? もし傷つけられたら肉体的ダメージだけじゃなくて、精神力。つまり、魔力も削られるからね」
あの牙、体に深刻なダメージを与えるだけじゃなく、魔力まで持って行く用途があるのか……。
よく分からんが、とりあえずイメージしてたモンスターより、魔獣の方がよっぽど危なそうだ。
「なんでそんな危険な魔獣が街中に現れるんだよ? おかしくね?」
「うん。かなりおかしいよ。結界も張られてるみたいだし、これは間違いなく人為的攻撃だろうね」
マジか……。
それってつまり、俺達のうちの誰かが狙われたって事だろう?
いったい誰が、どんな目的で俺達を狙ってきたんだ?
「とりあえず確認したいんだけど、そいつって倒せるのか……?」
「なんの心配をしてるのよ。そんなの当然でしょ。私を誰だと思ってるの?」
おぉ! さすがフィリア! 女の子に言うセリフじゃないが、凄くカッコいい。
「いやいや、ラニエールさん? 誰もいないけど、一応ここ街中だからね? 建物とか壊しちゃダメだから、高火力の魔法は使えないって分かってる?」
「……分かってるわよ」
前言撤回!
「ま、待て待てフィリア! お前、今絶対高火力の魔法で倒そうとしてただろう!?」
「う、うるさいわね! 黙って見てなさい! 別に制限があったって、あんな魔獣に負けやしないわよ!」
本当だろうか?
俺は今まで、フィリアが火以外の魔法を使ってる所を見た事ないんだが、火って街中で使うには危険な魔法だよな? つまり、フィリアお得意の火の魔法は使えない、もしくは威力が極端に低い火の魔法しか使えないって事だろう?
火の魔法なしで、あの魔獣に勝てるのか非常に不安だ……。などと、俺がアレコレ考えていると、魔獣とやらが突然人語を話し出した。
『一度しか言わないから良く聞け』
――っ!
なんだ!? このオオカミ、急に喋り出したぞ!? 魔獣ってのは人間の言葉まで喋れるのか!?
フィリアの火の魔法が封じられたと思ったら、今度は魔獣が喋りだすとか、マジでなんなんだよ。
色々と心臓に悪いから、夢ならそろそろ勘弁してくれ。
『ラニエールの小娘。お前の妹は預かった』
「「なっ!?」」
俺とフィリアの口から驚きの声が漏れる。
そりゃそうだ。エリスちゃんは今ラニエールの屋敷にいるはずだ。
それなのに捕まったという事は、あの屋敷が占拠されたって事になる。
突然自分たちの住んでいる家が占拠されたなんて聞いて驚かないわけがない。
『返してほしければ、日没までに一人で屋敷に戻ってこい』
「ま、待ちなさい! 日没って、後数分しかないじゃない! そんな直ぐには戻れないわよ!」
『飛んで来ればギリギリ間に合うだろう? お前の魔力量なら最後まで飛ぶ事もできるはずだ』
魔獣がそう言った瞬間、また魔法陣が輝き始めた。
「待って! エリスは……妹は無事なんでしょうね!?」
『知りたければ自分の目で確かめろ。もっとも、助けを呼んだりすればお前の妹は魔獣のエサとなるがな』
その言葉を最後に光り輝いていた魔法陣が消え去り、魔獣も俺達の目の前から姿を消していた。
「くっ!」
「お、おい、待てフィリア! 一人で行くのは危険だ! 絶対罠に決まってるだろ!」
魔獣が消えた瞬間、空を飛びだしたフィリアに俺は急いで声をかけた。
「そんなの分かってるわよ! でも、行かなきゃエリスが殺されちゃう……。考えてる余裕なんてないのよ!」
そう言ってフィリアは俺の静止を振り切り、一目散に屋敷へ向かって飛んで行ってしまった。