第9話 ライダースーツ
革のライダースーツに身を包み、防刃ベストからスリーブ、手袋を装着した私。
片手にはフルフェイスの無地ヘルメットを持ち、指定された総合庁舎前で佇むが、周りの視線が痛い。
目立たないように黒一式でまとめてみたが、どうにも明るい路上では普通に変な人っぽく見える。
でも比較的動きやすくて、切られても安心となると、こんな格好になるなと。
それにしても、ライダースーツって本当に高い。バイクに乗らないので知らなかった。
「……や……やぁ……」
戸惑いがちな声に振り向くと、顔を強張らせたバードンが立っていた。
「おはようございます」
「お、おはよう」
朗らかに挨拶をすると、唇の端をひくひくさせながら答えてくれる。
それから間をおかず、他の三人も集まってくる。
「あら、面白いわね。夜は良さそう……」
ミリシアがくるくると私の周囲を回っていたと思うと、そう呟く。
「昼間は駄目ですか?」
「んー。町中では目立つけど、外に出てしまえば目立たないかしら……」
そんな会話を繰り広げながら、河原の方に向かう。
河原では和弓の的にみっちりと麦藁を詰めたものを藁束の前に置いている。
「ではご覧下さい」
私は声をかけた後、走りざまにクロスボウを構えて、矢を射出する。ひゅごっと風を切った矢は的を射抜き、ごぼっと的の紙を巻き込んでめり込む。
うんーん、抜くのが大変だなと思っていると、拍手の音が聞こえてくる。
「動きながらでも、的に中てられるなら十分ね。しかも、その弓、とんでもない威力ね……」
「連射は利かないですが」
ハンドルを押し上げて弦を引く動作は確認してもらった。もし私に何かあった場合、他の人が使うかもしれないからだ。
「その欠点を打ち消す威力だと思うのだけど。いいわ。ディル、見せてあげて」
ミリシアの言葉に頷いたディルが直した的の方を向き、無造作に矢を放つ。高速の挙動から放たれた矢は狙い過たず、的の中心に刺さる。
「私だと……軽いわ」
その言葉通り、鏃から十数センチが的に埋まって止まっている。
「威力としては、薄い鉄板ならなんとか抜けます。革鎧ならどんなに厚くても貫通可能です」
私が説明すると、ミリシアを除く三人が顔を青くしながら、刺さった時の事を想像している。
「良いじゃない。本当なら員数外だったかもしれないのよ。喜ばしい事だわ」
他の装備に関しても説明し、スタンガン等に関しては実際に獲物がいた場合に実践するという事で参加の許可が正式に降りた。
食料品など、もしもの場合に備えて各人の持ち物をチェックして用意完了だ。
「じゃあ、出発するわ。今からなら昼前には着けるわね」
馬の常歩で一時間程の距離なので、歩いて三時間強との事だ。私は杖を除く装備をキャリーケースに入れて、ころころと後ろに付く。
ふと気付くと、ベディがじっとキャリーケースを見ている。
「どうしました?」
「あ、いや。何だか、生き物みたいで可愛いなって」
その言葉に、取っ手を渡してみる。
「引っ張ってみます?」
「うん」
まだまだ年頃なのだろう。天真爛漫な笑顔でころころとキャリーケースを転がし始める。
「はは、犬みたい。うわっ、軽い!!」
ベディの声に皆も興味をそそられたのか、代わる代わる引っ張りだす。
「欲しいわ……」
体の大きさの割に、重そうな革のナップザックを背負ったミリシアが非常に切実な表情で呟いた。
村までの道はそこそこに整備されており、常に人の行き交いがあるのが分かる。何本かの轍の跡を見つめながら、延々と歩く。
私はスマホの地図を確認しながら、地理感を頭に叩き込んでいく。
移動中は気晴らしに話をしないとだれるという事で盛んに交流しているのだが、皆が聞きたがるのは地球の話だ。
私としては、この世界の話が聞きたいのだが、常識過ぎて何が疑問なのかが分からないようだ。
「へぇ。自分で走る荷車って、どこかの国で研究してなかったっけ?」
「そうね。渡り人の話を聞いて、開発している筈よ。まだ成功したとは聞いていないわね」
「それよりも、軽くてお湯だけで食べられる食事の方が興味があるな」
「食料は重いもの。分かるわ……」
結局問題らしい問題は起こらず、依頼があった村に到着する。
野盗もある程度の集団で歩いている場合は見逃すらしい。ただ、今回はミリシアが確認している範囲では潜んでいる気配はなかったそうだ。
「じゃあ、村長さんに話を聞いてくるから、食事の準備をよろしく」
ミリシアの指示に合わせて、村外れの空き地で食事の準備が始まる。
大概の村では、よそ者用にこうやって空き地を提供しているそうだ。野営の跡や、崩れかけた石積みの竈の残骸が見える。
急に村に押しかけて、食事を取らせてくれと言っても心証が悪くなるだけだそうだ。交渉をして水を買う程度が関の山らしい。世知辛い。
各人の水筒から等分で水を鍋に注ぎ、組み直した竈に釣って火にかける。ライターを持っていたので着火すると、これも魔道具認定された。魔道具、安いな。
火打石は存在しており、皆火口箱は大切に持っている。何回か使ったら、中のおが屑が無くなるので、なるべくなら使いたくないのも分かる。
「はぁぁ。便利なんだな他の世界ってのは……」
バードンがしみじみ呟くと、女性陣がこくこくと頷いた。
「まぁ、色々楽をしているので、食事は私が作ります」
聞いていると、塩漬け肉と酢漬けの野菜に小麦粉を入れて熱するだけという狂気の調理プロセスだったので、買って出る。
さてさて、この国でも簡単に手に入る調味料だけど、皆の評価はどうなんだろう。そう思いながら、テキパキと調理を進めた。