第8話 なんでやねん
「精が出るな」
ベルの工房の裏庭はそのまま川に続いている。
増水も見越して付近の建物は川から離れた場所に建てている。そのため、河原は広々とした空間が開けている。
私はそんな河原で八十ポンドのピストルクロスボウや的、整備道具を一式発注し、日がな一日延々的に向かって撃っていた。
川での洗濯の場所は決められている。
この辺りは職人街になっているそうで子供が迷い込む事も無い。事故を気にせず撃てるのはありがたい。
「いや。慣れないので苦労しています」
一緒に買った鉄板の的に張り付いた吸盤ダーツをむちりっと剥がしながら返事をする。
会社で物品に関しての講習の時に、一通りの装備に関して基礎研修を受けた。売り手側が使い方が分からないのではお客様にお答えする事も出来ない。
と言う訳で、クロスボウに関しても一通りの扱い方、整備の仕方は分かる。ただ、それを実戦で使うのはまた別だ。
「二十メートルで的に中てられるなら、十分だろ」
ベルが呆れたように言う。
「いや、せめて自由に狙えるようになりたいです。動いていない的なので」
今は動いてきた的を中てるイメージで、照準を動かしたり、移動しながらの訓練中だ。
これが難しい。下手に飛ばすとダーツが遥か彼方に飛んでいって、探すのが罰ゲームみたいになっている。
「そんな奇妙な弓なのに、威力はあるんだよな」
ははっと苦笑しながらベルが告げる。そう、この国にはまだクロスボウは存在しないようだ。撃たれる身としては弓でもどっちにせよ変わらないので慰めにもならないが。
「普通の弓だと、習得に長い時間がかかりますから」
アーチェリーも商材だったので、触った事はある。ただ、撃てるのと中てるには遥かに高い壁が存在している。
それならば、まだ習得が容易なクロスボウを主武装にした方が先が見える。
「しかし、偵察だけなんだろ? そこまで必死になる必要あんのかい」
ベルの言葉に、強張った肩と腰を伸ばすように背伸びしながら答える。
「ぅぅーん。どうなんでしょうね。備えあれば憂いなしって言葉もありますから」
「あぁ、違えねえ」
その言葉で今日の訓練は終了となる。川面に浮かぶ夕焼けも、その赤を濃く染め始めている。もう少ししたら完全に日も落ちる。そうなるとダーツを探すのは難しい。
夕食の後はクロスボウのメンテナンスとなる。
ちなみに夕食だが、収入もあったと言う事で調味料を発注してみたが、これが甚く喜ばれた。
「おぉ、このスープ美味えな。野菜の味が濃く感じる」
ちょっとした塩加減とコンソメ一つでも、味は劇的に変わる。
特に調味料に関しては値段が張るので、中々量が揃えられなかったのが解消されたと言う事で、ベル宅の食事事情は一気に改善された。
「金が大事なシアに悪いのは分かっているんだが、こればっかりはな……」
ベルが申し訳なさそうに言うのを、ふるふると首を振って答える。
「私も食べるものなので」
「それに他にも色々調味料があるじゃねえか? それも楽しみだよな」
これを機会にと、醤油や料理酒、味醂なども用意しておいた。味噌は香り次第なので、まだ時期尚早かなと。醤油の味に慣れた辺りで試してもらうと決めた。
組立補助弦を装着し、弦を外す。蝋燭の明かりに透かし、摩耗状況を確認する。
クロスボウの弦は台座に擦れる事もあって、結構切れる。下手な事故を起こさないようにメンテナンスは重要だ。
台座の中に入り込んだ砂や草などを拭って、細かい汚れは圧縮空気のスプレーで吹き飛ばす。再度ワックスを塗り、弦を張り直す。
「ふぅ……」
一通りの作業が終わり、そのままベッドにもたれこむ。低い天井を眺めながら、ソーラー充電器につながったスマホで時刻を確認する。
昔の渡り人が暦と時間の関係を研究したらしいが、二十四時間三百六十五日で地球とほぼ変わらないらしい。なんでやねんっと突っ込みたい気分はある。
それに、そんな研究が出来る人間が渡ってきたのに、この世界の文明が遅れているのは何故だろうと考える。
「変えたく……なかったんだろうな……」
今の地球の状況を考え、思想と技術が折り合わない状況で、技術だけが先に進めばどうなるか。歴史を鑑みれば、至って簡単に分かる。不便でも、まだ理想と言うべきなのだろう。
「鋼の錬成方法、教えて大丈夫だったのかな……」
あの時は感謝の気持ちで一杯だったため気にしなかったが、送り込んだ神様から何か罰とか与えられるのではないかとちょっと冷や冷やした。
「まぁ、技術を広げるのが渡り人の役目だし、無いか……」
そんな事を独り言ちながら、スマホを枕元に置き、目を瞑る。明日は偵察の予定日だ。ふわぁと欠伸を一つ。そのまま眠りに落ちた。