第6話 では、鑑定します
「では、鑑定します」
悪路をものともせずころころと走ってくれたキャリーケースは無事に行政庁舎まで到着した。
町に入ってからざわざわと騒がれたが、気にしない事にする。見慣れない物を引っ張っている人間を見れば誰でも驚くだろう。
カウンターに並べている最中に、あまりの量で保管倉庫へ向かうように言われて、そこに敷かれた布の上に今回の収穫を優しく並べていく。
「丁寧ですね」
思わずといった口調の職員さんに会釈をして、場を譲る。
「レビの実。混ざっている物もありませんし、状態も素晴らしいです。依頼主も喜ばれると思います」
一つ一つしっかりと確認した職員さんが重さを計って立ち上がりざまに口を開く。
ちなみに度量衡に関しては昔の渡り人が原器を持ち込んだようで、メートル、立方メートル、グラム換算だ。
私が依頼票を差し出すと爬虫類顔のお姉さんが口の辺りに手を当てて、少々お待ち下さいと告げて部屋の方の扉を開けて出ていく。
暫し待つと、依頼票の束を持ってきた。
「今回は量が多いので、幾つかの依頼を同時に受けた扱いにします。次回からは量が見込める場合は複数を同時に受けるのも手かと思います。この時期は大量に出回っている依頼なので問題は無かったですが、折角持ち込んだ物が無駄になる可能性もありますので」
「その場合、失敗した場合のペナルティが大きくなるので怖いですね」
どんな依頼にも期日がある。それを越えるとペナルティが課せられる。基本は罰金だが、依頼によって額も様々だ。しかも行政側の心証も悪くなる。最悪のパターンだ。
私が告げると、細い目と口をひょいっと開ける。表情が分かり辛いが驚きなのだろうか。
「慎重なんですね。でも、依頼に誠実に向き合ってもらえるのは好感が持てます。ふふ、備考として記載致します」
「あ、それと」
私はもう一つ、獲得した石を差し出す。
「魔石ですね。拝見致します」
一段階口調が丁寧になった職員さんが穴の開いた石に水差しの水を一滴落とす。
あぁ、水滴を使った凸面レンズかと思っていると、窓側に移動して細部を確認し始める。
「これは……。ゼム猿の物ですね。四歳、牡です。こちらは買い取りで問題ありませんか?」
「お願いします。後……」
「はい」
ついでに気になっていた事を聞いてみる。
「その魔石はどのような事に使われるのですか?」
そう告げると、改めて目を丸くされる。
「秘匿情報では無いので開示致します。ある種の加工を施した後、貨幣に加えられます。魔石を加えた物質は検査で分かりますので、貨幣の真贋が容易に確認可能です。加工方法及び含有量、真贋の確認方法に関しては秘匿情報です」
あぁ、貨幣の偽造防止処置に使うのか。行政が買い取っている意味が分かった。そんなの公でしか扱えないだろう。
「利用方法は他にも色々ありますが、私共の買い取る目的はそちらになります。しかし……」
少し視線を迷わせながら職員さんが言い渋る。
「何ですか?」
「いえ。あまりそういう事を気にされる方がいらっしゃらないので。新鮮だなと……」
軽く頬の辺りを染めながら、お姉さんがほわっとした熱を籠めながら呟いた。
「では、合計七十七キログラム、三十四件の依頼の遂行となります。依頼金額が十七万八千レーネとなります。ゼム猿の魔石は二千レーネでの買い取りです。合計で十八万レーネのお支払いとなります」
カウンターに戻った私はゆったりと椅子に座りながら、依頼票へのサインを記載していく。
「しかし、一回の収集依頼でこんな金額になると、すぐに大金持ちですね」
思いがけない戦いはあったが、日給で十八万円は破格だろう。
だが、それを聞いたお姉さんは表情を穏やかなものにして、口に手を当てて軽くふふっと笑う。
何となく爬虫類人の表情が分かってきた。
「まず収集物の扱いが良かった事が大きいです。特にレビの実は脆いので持ち込まれた物全てが適応外になる場合は多いです。また、季節による依頼なので若干割高なのもあります。それに……」
「それに?」
「お一人でこれだけの量を持ち込まれる事は想定外です。ふふふ、仕事に誠実な方とは長くお付き合いしたいと考えます」
お付き合いの部分で妙に艶やかだったのは気のせいだろうか。受け取った貨幣を革袋に注ぎ込むと問題無く入る。
これで確信した。労働の対価は認められる。
後は、端数だったレビの実をビニール袋に入れて、キャリーケースに吊るす。
「あの……」
「まだ、何かありますか?」
「いえ。そのバッグが便利だと思いましたので。もし機構を開示して頂けるなら、特許をお支払いする用意があります」
その言葉に、ふむむと考える。
「いいえ、結構です」
「もしよろしければ、その理由をお聞かせ願えますか?」
「まだ、一人で依頼を複数こなせる理由を開示したくない……からでしょうか」
その言葉に、きょとんとしたお姉さんが慌てて紅潮した頬で、謝罪の言葉を述べる。いえいえと返事をしながら、家路に付く。
「ほぉ、十八万はでけぇな」
「はい。驚きました。一日の働きでですよ?」
「まぁ、各家庭で作れる量っつうのもあるしな。今年はレビの実の依頼も打ち止めかもしれんな」
「ベルは作らないんですか?」
私がそう聞くと、目を丸くしたベルがとほほと苦笑する。
「よせやい。そんなちまちました事してられるか。飲みたきゃ買うよ」
そう言って、はむりと皮を剥いたレビの実を頬張る。
口に含んだ実は、モモみたいな手触りとは違い、マンゴーに近いちょっとねっとりした食感に驚く。甘みも濃く、そのまま食べても美味しい果実だ。
これがお酒に変わる時、どんな味になるのか。少しだけ気になる一日だった。
収支
残高 357,600レーネ
スタンガン - 20,000
高枝切り - 4,000
キャリーバ - 5,000
金具 - 3,800
ビニール袋 - 400
収入 +180,000
合計 504,400レーネ
合計 300レーネ