第5話 採取一つでも一苦労だな
果物採集とはいえ、町から出れば魔物の襲撃の可能性はある。
レビの実はビワに似た大きさと色の果実で果物酒の原料に使われるらしい。植樹しても上手くいかないので、こうして季節になると依頼に上がるとの事だ。
ちなみに、お酒の味は端麗でほのかな甘みが上品だそうで、好事家も多い。依頼を出しても成り立つくらいの値段で売れる。
私としては手頃な稼ぎで町を出て地理が分かるのでありがたい。周辺地図を写したスマホの画面を見ながら、群生地と教えられた方向に向かう。
門衛さんに挨拶をして町を出る。
その時点で警戒レベルを上げる。この門を出たタイミングで住民の権限は失われる。国や各領の法律はあるが、官憲に報告出来ない限り闇に葬られる。正に弱肉強食の世界になるらしい。
取り敢えずLEDライト付きの杖型スタンガンを二万レーネで発注し、それを突きながら道を進む。歩くのが楽だし、もしもの場合に武器にもなる。素晴らしいアイテムだ。
地図の縮尺と道を見比べながら三十分ほど歩くと、森が見え始める。ここまではほぼ平地ではあるが町の姿はもう見えない。
途中野盗等に襲われる心配などもしていたが、馬なら十分もあれば駆けつけられる場所だ。そんなところで凶状持ちが潜んでいたらパトロールで一網打尽らしい。
森の浅いところ、日差しが入る辺りに群生しているという事で、まずは葉を見ながら森の探索を始める。
地面に目を凝らすと、何度も人が立ち入っている為か、獣道みたいなのが出来ている。目立たない場所にラッカーで目印を付けながら進んだ。
獣道沿いにぐるりと森の表層を舐める感じで歩いていると、写真で見た実に似た果実を発見した。
ただ、問題が一つある。
「えらく高いな……」
三メートルほど幹が伸びて、そこから枝が分かれている。実が生っているのも枝先ばかりで普通に考えると収穫は難しい。
態々脚立か何かを持ち込んで収穫しているのだろうか。
そりゃ、依頼に出すなと改めて実感しながら伸縮式の高枝切りばさみを発注する。
LEDライトで照らして目標を捕捉して、パツンと切っては百二十五リットル容量のキャリーケースに小分けにして優しく仕舞う。
キャリーケースの中でビニール袋が幾つもぷらんぷらんと吊るされている。
ビワみたいと思っていたのだが、実際はモモみたいな手応えで触ると悪くなりそうなので、優しく優しく入れていく。
依頼は二キロだったが、折角なので積めるだけ積む。それでも、中空状態を保つために容量は大分犠牲になった。
「こんなものかな」
ふぅっと汗を拭い、じぃぃっとジッパーを締める。
キャリーケースからは甘い香りが漏れ出し、何とも芳しい。
幸先よく依頼がこなせたのに頬を緩ませ、ラッカーの目印に沿って入った場所を目指す。
森の外周を歩けば良かったのかもしれないが、道への接続が悪く、入った場所に戻った方が良いと判断したのが災難だった。
がらがらとキャリーケースを引きながら戻り道を一時間程歩いた頃だろうか。後半分ほどだと思った時に周囲の異変に気付く。
鳥の声が……止んだ?
そう思った瞬間、森の奥側から、ぎゃっぎゃっという鳴き声が聞こえ始める。
LEDのライトを声へ向けると、醜悪な猿のような生き物が木にぶら下がりながらこちらを威嚇している。
石を投げて見ると、一瞬ばっと離れるが、また集まってきては威嚇を繰り返す。
何故だと考えた時に、キャリーケースが目に入る。
「匂いか……。やらんぞ、これは。大事な収穫だ」
私は呟きながら、杖を構える。大きさは五十センチほどの猿だ。長物があれば問題無かろう……。そう決心した。
「ギャァァァ!!」
地面に降りた一匹が顔いっぱいに口を広げ、叫びを上げる。それに気を取られた一瞬に、頭上から別の一匹が飛び降りざまに引っ掻こうと手を伸ばす。
「ふん……ぬっ!!」
焦って振り回した杖は猿の腹を打ち付けたが、致命傷には程遠くげぼっという喉の音を響かせながら、立ち上がってくる。四十の内勤のおっさんに多数に無勢とは……。呆れを覚えながら、歯を噛み締める。
とその瞬間、背後でばさりと音が鳴る。首だけで振り返り様子を見ると、キャリーケースにアタックを仕掛けた猿がいた。
「こらぁ!! こん……くそ!!」
叫びながら、杖を猿にぶち当てる。ただ、向こうもこちらの動きを読んでいたので飛び退りながらの一撃。またも仕切り直しかという瞬間、バジッという音と共に、一瞬猿の全身が強張り、力なく崩れ落ちる。
「何度も繰り返すか!!」
今回はスタン範囲に当たるのを見越して、帯電させていた。
「まだ来るか!!」
出せる限りの大声で威嚇し、今倒れた猿をはさみで摘まみ、猿達の目の前でばづりっと切る。ひゅーっと言う笛に似た音と共に前方に上がる血飛沫。ぶんぶんと振り回して再度威嚇に声を上げると、猿たちが徐々に下がって消えていく。
威嚇の勝率は五分五分だった。血に酔って襲ってくる可能性もあったが、圧倒的強者と示した方が道が拓ける。そう思っての行動だったが何とか対処出来た。
もしかしたら、果敢に攻めてきたこの猿がリーダーだったのかもしれない。
ほぅっと深い安堵の溜息を吐き、キャリーケースを開ける。
「ほぉぉ……。良かったぁ……」
中空式にぶら下げていたお蔭か、レビの実は無事だったようだ。
あぁ、そうそうと首元が切れ、頭がぶらんぶらんしている猿の胸をベルにもらったナイフで開く。
「うは……。構造は猿と一緒か……」
思わず呟きながら、心臓を切り裂く。
残っていた血がピュピュっと飛沫を上げるが、気にせずナイフで掻きまわすとこつりと刃先に当たる。指を差し入れると、小さな結石が当たる。
にゅちゅりと引き抜くと、それは木漏れ日を浴びて虹色に輝く。
この世界、動物に分類される生き物にはこの石が心臓部に存在する。これは生き物ごとに指紋のような模様が入っており、種族と個人が特定出来る。
行政庁舎に持ち込めば、狩った証にもなるし、この石そのものも売買可能だ。
どうも魔法絡みらしいのだが、詳しくはベルも知らないらしい。
魔法で動く機械とかもあるそうなので、それの動力源にでもなっているのじゃないかなと個人的には睨んでいる。魔法は謎過ぎる。
水筒の水で手とはさみを洗い流し、緊張と運動で粘ついた口の中を濯ぐ。
「はぁ……。採取一つでも一苦労だな……」
苦笑ともつかない思いで、唇の端を上げながら、再度ころころとキャリーケースを移動させる。
願わくば、これ以上の騒動無く、無事に帰れますように。まだ会った事の無い神様に願いを祈りながら、町へ向かった。