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第47話 港町の流儀

 宿に戻り、少し早い食事を済ませる。

 野営歴も長く、一人でも行動出来るミリシアの料理の腕は本物で、久々の海の魚はほろりと崩れるのに瑞々しさは失わない良い塩梅に焼けていた。特にサバっぽいのは青魚特有の臭いも感じさせず、散らしたハーブの香りと合っており絶品だった。ヒラメもどきは小麦粉を振ってムニエルのような形で頂く。これも脂が乗っており、ジューシーな旨味が口いっぱいに広がる逸品だった。


 食事を楽しんで暫く話し込んでいると、ミリシアが可愛く欠伸をし始めたのでベッドに寝かしつける。快適な旅と言っても、疲労は蓄積される。慣れていても、それは変わらないので、早めの就寝を促した。明日の夕食は私が作るという事で手を打ち、ぐっすりと眠りに就いたのは夜半を目前にした頃だった。


 夜間の出入りの場所として勝手口の開閉方法を教えてもらっていたので、静かに外に出る。町とは違い、夜の港町はどこまでも暗く、月明かりの朧だけが世界を青白くほのかに照らしている。波間にちらちらと月明かりを反射した淡い光が手招くように明滅し、誘い込まれるような怖さを感じる。静かな潮騒を背景に、月明かりとは違うぼぅっとした灯りを目指して、暗がりの道を進む。


 昼間に歩いた倉庫街の裏手。明らかに町の人間が近づいてこないような一角に煌々と灯りが灯っているのを確認し、足を向けた。

 辻には明らかに武装した姿が幾人か確認出来たが、適度な距離を取りながら灯りに近づいていく。喧騒が漏れる扉の前に、屈強な体格をしたトカゲの顔をした男と思われる人影が、その体格に似合わない気配の薄さで立っている。

 ビンゴと思い、両手を上げて敵意が無い事を示しながら、近づいた。


「ナニカヨウカ? キョウハカシキリダ」


 擦過音に近いような高く擦れた声で誰何してくる人影。トカゲと思ったが、魚に近く、魚人と言った方が良さそうな容姿だった。昼に船を見た時に、荷運びに何人か見かけたなと思いながら、懐に手を入れる。


「アヤシイマネハスルナ」


 手品のように魚人の手元に現れた短剣に視線を向け、頭を振る。


「こいつは通用しますか?」


 私は町で預かった印章を取り出し、そっと魚人に向ける。

 瞬き一つしなかった魚人が瞼を眇め、印章を確認すると、興味を失ったように元の場所に戻る。


「キャクカ……。モメルナ」


 その声をバックに、私は扉を開けた。

 けばけばしい色彩の中、明々と灯された蝋燭達。ウェスタン映画に出てきそうな酒場の中には商売女を兼ねていると思われる女給とそれに倍する様々な種族の男達が佇んでいた。

 種族が多いのは海の過酷な仕事と実入りの良さから、町からあぶれた人間が流れ着くからだろうなと考えながら、先程までの喧騒が嘘のように静まり返り、じっと湿った目でこちらを観察してくるのを見返した。


「何だ、兄ちゃん。そんな小奇麗な格好で。店間違えたか? パーティーにでも行くつもりかよ」


 酔った感じを装いながらも、目線が鋭い額に大きな傷を作った男が声をかけてきた。


「モガ酒の良いのを。肴はレーン豚の燻製。あれば、木の実を」


 私は教えられた符丁を口にし、カウンターに座る。一瞬男が目を眇めるが、次の瞬間には喧騒が戻る。

 とんっとカウンターに酒が用意され、黒ずんだ燻製と小皿の木の実が置かれる。

 向こうが用意するまでの御持て成しと判断し、くいっと酒を呷った。

 出来の良い酒を甕に封印して海底に沈めて熟成させたというモガ酒。泡盛を彷彿とさせる、とろみに鼻の奥から抜ける芳香を感じ、大きく息を吐く。

 レーン豚は過酷な環境でもよく肥えるという事で海沿いなどで飼育されている事が多い。臭みや雑味が強く、普通はあまり食卓に上がらないが、潮風の匂いとモガ酒の強い風味と合わさると、どこか郷愁を感じさせる風味に変化する。

 中々の珍味に、当たりだなと思っていると、どかりと先程のスカーフェイスが隣に座った。


「肝が太いな」


 先程と違うぼそっとした小声に、唇の端を上げて答える。


「昼間見てたでしょう? ミリシアの客ですよ?」


 私が告げると、一瞬場が静まり、再びざわめきを取り戻す。


「あの女傑の連れか。あの玉がぞっこんなんて、信じられねぇ……」


「可愛いですよ?」


 凄腕の傭兵としてミリシアが認識されているのが知れて良かった。仮に毒が入ってても、穏便に済ませてもらえるだろう算段にはなる。

 と、惚気たつもりなのに、スカーフェイスが苦い顔になる。


「何人潰されたと思うよ……」


 何をかは聞かない方が良いだろうなと。そんないらない情報を仕入れながら暫く良い酒を楽しんでいると、奥の扉が開いた。


 さぁ、今回の旅の本番の始まりだ。

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