第42話 快適な旅の始まり
竜の爪の正体に関して裏社会に裏取りを依頼して一週間。
まず真偽を、そして買取を懇願されたが自分が麻薬汚染の引き金になるのは嫌だったので断った。
竜の牙を売った金の半分ほどを使って確認したところ、やはり依存性のある薬物を生成するキーアイテムだったようだ。
当初はかなり入手経路を訝しがられたが、ジェクシャードが竜牙兵の試験稼働を始めた噂が流れた段階で真偽判定が出来たらしい。
あんな片田舎の軍にまで手を回しているという事実に頭がくらくらとしたが、自分に関係の無い事には目を瞑ろうと思う。
足りない知識を金で解決出来るなら、本望だ。
「アルコールとある薬品で煎じればの話だな。爪だけだと、ただのゴミだ」
懐かしささえ感じてしまう地下の豪奢な部屋で再度陰気な会合が開かれる。
「ゴミならば、売らなくても良いのでは?」
「分かっているんだろう? 言い値で買う」
裏社会相手に、言い値とか。明日首と体が泣き別れているフラグにしか感じない。
「条件付きで良ければ、一般的な卸値で大型の地竜一頭分を流します」
「聞こう」
感情の色が見えない相手に、条件を提示する。
「ジェクシャードの領内に流通させない事。これは末端まで徹底させて下さい。竜殺しは稀な筈です」
私の言葉に、数秒沈黙した男はぱきりと指を鳴らす。
後ろのドアが開くと、とんでも無く重そうな皮袋を三つ持った男が、テーブルにどすんと無造作に投げる。
その拍子に紐が解けた袋からは、使い込まれた鈍い貨幣の金の輝きが零れる。
「陸を跨ぐ。海路の侵入は厳重に監視させる。それで手を打て」
私はその言葉に諸手を上げて降伏する。
「分かりました。くれぐれもお願いします」
「善処する」
商談は成立した。
信義則しか存在しない裏社会の善処だ。
信用に値するだろう。
私は、腰にくる重さの袋をナップザックに収め、家路に就いた。
「で、どうするって?」
あくる日の朝。
馨しい香気を燻らせながら、食後のコーヒーを楽しんでいるベルが首を傾げながら聞いてくる。
「ほとぼりが冷めるまで、遠出をしようかと思います」
表ではドラゴンバスター、裏では麻薬の原料の提供者。
どちらにせよ一獲千金してしまった事はバレバレだ。
命を狙われかねないので、少しの間この地を離れようかと思う。
「遠出って……。場所は決めてんのか?」
「ジェクシャードの南部に海があったかと。そこまで行こうかなと」
折よく季節は冬を終え、温かくなり始めている。
少し早いが、南の海でバカンスと言うのも捨てがたい。
「狙いは?」
「塩なんてどうでしょうか?」
商業系のギルドに入っていなくても、封印された包み単位での塩の売買は可能だと確認出来た。
輸送手段があれば、そこそこ美味しい収入になるらしい。
「ほぉ。良いじゃねぇか。ゆっくりしてこいよ」
旅慣れたベルは海にも行った事があるらしく、余程に楽しかったのか相好を崩して喜んでいる。
美味しい干物でもあれば土産にするかと思いながら、家を後にした。
「お嬢様、ご機嫌いかがですか?」
この前と同じく、少し物憂げに喫茶を嗜んでいる女性の背後から声をかけてみる。
ばっと振り返った女性は肩を降ろし、苦笑を浮かべた。
「もう、またなの?」
「はい。悩みを解決するには時が必要かと。ご一緒に旅などいかがですか?」
どうせ私にも色々な影響が出ているのだ。
より有名なミリシアであればいわんやである。
「ふふ。快適な旅ね?」
「えぇ。快適な旅です」
旅の出発が決まった。




