第41話 くたばれ!! トカゲの王様!!
吸血鬼の再生能力の代償。それは長引く不調。要は未来の再生能力を前借して補っているに過ぎないようだ。地竜退治の用意を手伝ってもらっていたが、何でも無い事で辛そうな顔をしていたので、聞いてみるとミリシアが教えてくれた。それならばと、宿に先に戻ってもらった。
私のやるべき事。別に武器の才能も、魔力も、無い。技能だって物が買えるだけだ。
ねぐらの中央で泰然と世界を睥睨する骨の塊を眺め、右手の指鉄砲で狙いを定める。
「今は偉そうにしているといいさ。目に物を見せてやるよ」
そう告げて、私はタブレットを操作する。
心許ない残金で買うのは、肥料。それと軽油。うちのサイトで薔薇用の特殊化学肥料という名目で販売されているそれの正体は、硝酸アンモニウム。これに必要量の軽油を正確に混合し、含水爆薬を差し込んでいく。多段発用電子遅延式電気雷管をセットし、電線を伸ばして戦闘拠点に設置した発破器に接続していく。
通称ANFO爆薬。硝酸アンモニウム単体を購入するには日本では許可が必要なため、少し迂遠な製造方法になる。うちでは某国の該当肥料を使う事により、簡単に補える。
発破用の含水爆薬、要はダイナマイトも購入は出来るが足元に埋めて爆発なんて不可能なため、火力が足りない。大量に購入すれば可能だろうが、金の無駄だ。
紛争国や治安が低下している国では安価な爆発物として使用されているが、先輩が良く現地指導で使っていたので、使用感は覚えている。要は小屋だけを木っ端微塵に出来るくらいの火力で爆発させられれば良い。本当なら爆風への対策も考えなければならないが、天井が既に貫通しているので、上に抜けられるようコンテナボックスを購入し設置に工夫を凝らす。
準備が完了したら戦闘拠点の土嚢の裏に回って深呼吸を一つ。
「くたばれ!! トカゲの王様!!」
ノブを捻った刹那、眼前で赤色LEDの光が走るように照る。それを確認し、頭を土嚢の裏に押し付けて耳を塞ぎ口を開ける。きっちり0.3秒後、轟くような爆発音が塞いだ耳を貫通し猛々しく鳴り響いた。身を固めた瞬間、爆風が坑道に沿って押し寄せる。土嚢を揺るがし、坑道全体をびりびりと揺らして、行き交う事数十秒。ぱらぱらと天井から落ちてくる石を感じながら、目を開く。
もうもうと沸き起こっている砂煙に辟易としながら、強張った体を解す。衝撃波と揺り戻しの爆風を受けて体中が殴打されたように痛む。明日は筋肉痛と足して疼痛かなと考えていると、徐々に視界の透明度が上がっていく。
打ちのめされたパンチドランカーのように、よろよろとLEDランタンの灯りを頼りにねぐらに向かう。
きらきらと拡張された天井の穴から降り注ぐ陽光に照らされ、舞っている埃が輝く。ヘルメットを外し竜はどうなったかと覗くと、そこには何の姿も無かった。
「やった……のか?」
呟いた瞬間、からっと乾いた音が頭上から響き、何かと上を向いた瞬間ごちんと額に物がぶつかり、転げながら悶絶する。
転がっていった物を見ると、軟式野球用のボール大の黒く輝く魔石。手に取ると、微かに振動していたが、その内力を失うように静かになった。
「やった……みたい」
ほへぇっと安堵の溜息を吐き、周囲を確認する。サークル状に出来たクレーターの中心には何も残っていない。灯りを壁に向かって照らすと、きらきらと輝きが混じる。近づいてよく見ると鱗が爆風に煽られたのだろう、壁一面に刺さっている。地面には無数の骨や牙、爪が散乱している。
「集めるの……大変だな……」
無責任に呟いた瞬間、坑道の入り口の方から微かな声が聞こえ、近づいてくる。振り向きじっと様子をうかがっていると、ミリシアが悲壮な表情で駆けてきた。片手を振って無事をアピールしたのだが、そのままの勢いで抱き着かれた。ぐきっと鳴りそうな腰を何とか支えつつ、回転して勢いを殺す。
「よ……良かった。シア、生きてた……。良かった!!」
泣き出しそうな声音で壊れたように呟く、ミリシア。そっと抱きしめ、くるくるといつまでも回っていた。
「雷みたいな音が響いて、びっくりして森の方を見たのよ。そしたらすごい勢いで煙が上がってて。何かあったと思って駆け出したわ」
ある程度落ち着いたところでミリシアに状況を確認する。
「軍の方には先行して様子を見るって話をしているわ。後でこちらに向かってくると思う」
あぁ、村の方まで影響が出ていたかと。軍の人が来たら素材を接収されないかと一瞬不安になる。
「竜殺しよ? それも殆ど知られていないスケルトンを倒した人間相手に無礼な事は出来ないわ」
にこりと告げるミリシアを見て、ちょっと苦笑が浮かぶ。
「まぁ、何にせよ、これを片付けないといけないですけどね」
そう告げて、きらきらと輝く壁面を照らし出す。夢のように美しいねぐらを眺めながら、二人で苦笑を浮かべた。
「金持ちじゃねえか」
朝の一仕事を終えたベルがコーヒーを片手に告げる。
「そうなる予定なんですけどね」
私は疲れが残った体を回しながら、それに答える。
「大荷物を持ち帰ってきた時には、何かと思ったがな」
結局、素材の回収は軍に任せる事にした。地竜の報告が無かった事には嫌味を言われたけど、実際に退治をしたという事で、事前に脅威を対処したという話でまとまった。
勿論、素材に関しての優先権は私とミリシアにあるという事で話はまとまった。坑道に関しては天井を塞いで、軍の荷物の集積場として再利用するらしい。
軍が来る前に粗方の調査を終えた私達は、取り敢えずという事で牙と爪を頑張って集める。
爆発に耐え、殆ど破損が無いのは驚いたが、ミリシア曰く魔石が外れるまで魔力が通っていたので生前の耐久力を維持出来ていたとの事だ。通常の武器では肉は断てるが骨は断てないらしい。生前の竜に出会う事があれば間違いなく逃げようと心に誓った。
「中々牙は手に入らないのよ? これ、竜牙兵の核に使えるの」
竜牙兵というのは人工的に作られるスケルトンの事を指すらしい。該当の竜の魔石を加工して指令を与えると、自律的に行動するスケルトンになるとの事だ。その際、スケルトンの魔石の代わりに牙を入れるのが味噌らしい。
これに関しては、軍の方からジェクシャードに連絡が行って、直接購入する旨を告げられた。公的事業の工員としてゴーレムのように使いたいそうだ。
「公爵閣下に恩が売れて良かったじゃねえか」
「わざわざ場所を教えてもらいましたしね。お返しが出来て何よりです」
「あぁ、後。鱗を何枚か売ってくれ。擦って混ぜれば鉄が変わるって聞いた事がある。試してぇ」
ベルの言葉に了承を返し、ぐびりとコーヒーを煽った私は部屋に戻る。ドアの鍵をかけて、ベッドの下から引き出した木箱をそっと開けた。木箱の中には象牙のように真白な爪が詰まっている。
「爪の方は煎じて薬になるの。痛みが消えて、幸せになるそうだけど、出回らないから真偽は分からないわ」
ミリシアの答えに不穏なものを感じた私は、山分けの際に爪をこちらが全部回収するという事で合意が取れた。最初の話では骨と鱗くらいしか無いと思われていたので、牙も爪も望外だったらしい。特に牙は公爵が張り切って買うと手紙でくれたので、ミリシアも大喜びだった。お陰でその夜は大分激しい事になった。
そこそこの重さの爪を持ち上げて、太陽に透かす。みっちりと詰まった爪は影だけを落とす。
「鎮痛に多幸感、ねぇ……。どう考えても麻薬っぽいな……」
そう呟いて、私は爪を箱に戻し、厳重に隠す。さてさて、また裏の人に質問かな。そう思いながら、新しい仕事を探す支度をする事にした。
PHEV 4,434,500
電気ケトル 11,200
LEDマグライト 5,400
宿代(5日分) 63,000
折り畳み式シャベル(2本) 38,600
縄梯子 4,300
ライオットシールド(2枚) 3,2400
土嚢 26,700
LEDランタン(2台) 7,300
箒ちり取りセット 240
防塵マスク(2枚) 2,700
特殊用途肥料 内緒
軽油 内緒
含水爆薬 内緒
多段発用電子遅延式電気雷管 内緒
発破器 内緒
プラスチックコンテナボックス 内緒
栄養ドリンク 1,080
コンドーム(2箱) 2,400




