第40話 折角の儲け話を山分けなんて勿体ないです
鰐のように大きく口を開き、喉元の骨を震わせた地竜は無音ながらも極厚の威圧を与えてくる。びりびりと感じるような緊張感で、私とミリシアが麻痺して呆然と見つめる中、ゆっくりと立ち上がった地竜はその威容を光の下に現す。本体は七メートル近くの長さのトカゲを彷彿とさせるフォルム。その腰辺りからは三メートル程の尻尾が連なっている。ごつごつとした骨からは長い棘が飛び出しており、天然のモーニングスターを彷彿とさせる。
ひりつくような焦りを胸に、ミリシアに手を伸ばそうとした瞬間、ぶんっと凶悪なモーニングスターの列が振るわれ、我々の腹部を直撃し、吹き飛ばされる。暫し滞空した後、ごろごろと入り口に戻される。
「ぐっは……」
「ひ……ぐっ……」
我々が痛みに呻いている中、その様子を確認していた地竜はふんと鼻で笑うように顎を上げると、再度丸まり、尻尾でその威容を覆う。
私は痛みに耐えながら、ミリシアの襟元を握りしめて、後送する事にした。
戦闘拠点までなんとか帰ってきた私達は、取り敢えずという事で尻尾を受けた傷跡を確認する。尻尾の側面で打たれた腹部は傷というより打ち身になっている。特にミリシアはどす黒い内出血の跡が見られた。
「酷い……」
私が思わず呟くと、ミリシアが力ない微笑みを浮かべて、私の頬を撫でる。
「少しだけ……後ろを向いてくれるかしら?」
その声に女性の肌を見過ぎたと慌てて振り向くと、衣擦れの音が響き、無音。ややあって、再度衣擦れの音が聞こえる。
「ほら、もう大丈夫よ」
振り返ると、にこりとほほ笑むミリシアが先程と同じポーズで腹部を見せてくれる。その真白の柔肌には先程まであったどす黒い染みは見当たらなかった。ほけっと口を開けて眺め、手で撫でていると、くすぐったそうに身を翻すミリシア。
「こら、くすぐったい」
聞くと吸血鬼の能力らしい。落ち着かないと使えないそうだが、疑似的な不死というのは凄いなと改めて思う。
「しかし、竜のスケルトンですか……」
私は自分の打ち身に湿布を貼り溜息を吐くと、ミリシアが真剣な表情で頷く。
「竜は自然に死ぬ事が少ないの。だからアンデッドになる事も、スケルトンになる事も確認されたと聞いた事は無いわ」
「閉所ではといった話は?」
「それも昔研究されたの。ある一定以上の閉所ではスケルトン化出来ないという結論に達していたわ。今回は例外ね」
そう言いながら、ミリシアが天井を指さす。
「穴……。崩落のようでしたね。間が悪いというか……」
「でも、良い機会ともいえるわ。骨はともかく、歯や爪は硬く脆いから風化すると採取出来ないの。それが揃った竜、それもあれだけの大物なら、見返りは大きいわね」
ふんすと告げるミリシアに女の強さを見せつけられた私は、苦笑を浮かべる。
「勝機は?」
「全盛期なら尻尾の一振りで真っ二つよ? 打ち身程度で済むなら僥倖。そこまで弱体化している。それに地竜だから飛ばれる心配もない。数を揃えれば倒せるわ」
ミリシアの回答を吟味しながら、私は腕を組んで考える。
「ちなみに数といえば、どの程度を?」
「尻尾や爪を警戒するなら、盾を三人。後は地道に打撃を与えられる人間が三人以上は欲しいわ」
「そういえば、竜ですが近づかないと反応しませんでしたね」
「生前の通り動いているのだと思うわ。圧倒的強者だから泰然としているのね。それに魔力の供給があれば骨も爪も牙も不滅。余裕なのでしょ」
その言葉に、うーんと考え込む。あれだけ近づかない限りは反応しない……。
「折角の儲け話を山分けなんて勿体ないです」
私の言葉に、愕然とした表情でミリシアが口を開く。
「私達で倒すっていうの?」
「えぇ。なんとかなるでしょう」
私は微笑み、そっとタブレットをリュックサックから取り出した。