第39話 竜の……ねぐらね
腰の多目的ベルトをくいっと締めてぱんと頬を一つ張る。横では万全整えたミリシアが微笑みを浮かべながらライダースジャケットを用意してくれている。背中を向けて腕を通すと、うんしょっという感じで羽織らせてくれるのが可愛い。
筋肉痛は容赦なく襲ってきたが、消炎鎮痛剤とビタミンB1で紛らわせる。次の日に来るという事はまだまだ若いのだろう。出来れば中一日休みを入れても良いかと考えたが、ミリシアをハイキング気分で誘った手前あんまり拘束するのは申し訳ないと無理する事にした。
今日も一日頑張ろうと、食事を終えたミリシアと一緒に坑道に向かう。村では公爵の許可を得て森をうろうろしている傭兵という事で、遠巻きに眺められている感じだろうか。宿の主人と話した印象だと、鉱物資源か何かの調査に来ているのではないかという憶測が立てられている。確かに土木作業を頑張っていたし、坑道に潜り込んでいるのは事実なので問題ない。もし鉱物が見つかれば新しい産業が増えるかもという皮算用ににこにこ見送ってくれている感じだろうか。
そんな日々変わっていく村を過ぎ、森を抜け坑道に侵入する。慣れた様子で縄梯子を降り、機材置き場からランタンなどの装備を準備する。
「先に進めると良いわね」
ミリシアがいたずら混じりに呟く。私もくいっと顎を引き肯定した。
「こんなサプライズはいりません。簡単な儲け話と考えていたのですが……」
「ふふふ。簡単な儲け話なんて中々転がっていないわよ。さて、四十近く駆逐したから流石に一つの群れとしては殲滅したと思うわ。鬼の住処としてはちょっと数が多いけれど、土砂崩れ前に死んでいた個体と合わさってアンデッド化、そのままスケルトンになったと思う。今日こそは本番ね」
スケルトンは素材を補充するために素材のある所に集まる。それは同族も例外ではない。よって蟲毒のように強い個体が弱い個体の素材を吸収して生き延びる。また、それがために一ケ所に集まりやすい。昨日の段階でおかわりが出てこない事は確認したので、奥に向かう障害は無いと思われる。
「じゃあ、進みましょう」
私は再度気合を入れ直し、ミリシアに声をかける。戦闘拠点までは足早に、そこから慎重に急襲を受けないように歩みを進める。
「やっぱり……。争っていたのね」
スケルトン達がたむろしていた空間に差し掛かると、ミリシアが地面にしゃがみ込みころりと魔石を拾い始める。歩いてはしゃがみ、拾っては腰の皮袋に放り込む。
「んー。小鬼の魔石ばかりね。元々小鬼が住んでいたここを鬼が接収したのかどうかは分からないけど、そういった争いがあったのかも知れないわ」
そんな歴史を二人で議論しながら歩を進める。ある一定の距離を進むと、その魔石も見つからなくなる。壁は相変わらず岩石を滑らかに切り出したようで、生き物の気配は全くない。よしんば何かの動物が侵入していたとしてもスケルトン達の餌食になっていたのだろう。
五分も進むと、先の方に微かな明かりが見えてきた。ミリシアと顔を見合わせ、先に進む。徐々に強くなる明かりに導かれるように先を急ぐと、ぽっかりとした空間に出る。
半径十五メートル程度だろうか。ドーム状にくりぬかれた空間の中央上部に穴が開き、そこから光が差し込んでいる。
「竜の……ねぐらね。ほら、あそこ」
ミリシアが指さすと、サーチライトに照らされるように秋の柔らかな光を浴びながら、竜がその威容を現している。体長は十メートル程だろうか。
「八メートル……って言ってませんでしたか?」
オブシディアンに染まった鱗が散乱し、きらきらと光を反射する中、その巨体は丸まり眠っているかのように動かない。勿論、その肉は腐り落ちて跡形もなく、雨に曝されたであろうその骨は真白に輝いていた。
「よく見かけるのは、よ。この大きさまで成長した竜なんて中々お目にかかれないわ。鱗の色からいって間違いなく地竜ね」
輝く黒とアイボリーに柔らかく染まる白のコントラストに心を奪われたように、二人、夢のようにおぼつかない足取りで前に進む。
「流石に竜がアンデッド化する事は無いわ。閉所だと空間の中の魔力が足りないもの。そこだけは助かるわね」
事前にもらっていた竜の情報に安心していた私は、からんという乾いた音に反応して足を止める。
「ミリシア……」
私が真剣な声音で呟くと、ミリシアも何かを察したのか足を止める。
「シア? どうし」
「閉所の魔力では足りないって言っていました。でも、ここは……」
私が疑問を投げかけようとした瞬間、ぐぐっと地竜のスケルトンの首が伸びあがるように天井を向き、大きくその顎を広げる。それは地上の覇者が自らの安息地に踏み入った愚か者を断罪するかのような彷徨の瞬間だった。




