第38話 おわ……た?
かつんかつんという乾いた音がひたひたと後を追ってくる。腰に付けたLEDランタンが大きく揺れ光源が安定しない中、前方に見える微かな明かりに向かって走り続ける。はぁはぁ。荒い息は耳障りだが止め処なく繰り返される。酷使された肺は悲鳴のようにぜひぜひと鳴っている。
幾度目だったろうか。霞みそうになる視界に必死でピントを合わせて力を振り絞る。かつんかつん。足音は先程よりも近づいている。あぁ、もう限界だな。休憩を入れよう。そう思いながら大きく手を振り、足を踏み出しライオットシールドの金具を握り、渾身の力で振り返った。
明くる早朝。まずは試しとミリシアを戦闘拠点に待機させて、じりじりと前方に進む。相手の警戒範囲が良く分からないため、まずはライン引きを目的とする。念のためと握ったLEDマグライトを逆手に握り、肩に固定して歩む。ふらふらと腰に下げたLEDランタンの光が揺れる中、マグライトの直線的な明かりが頼もしくもありがたい。
改めてゆっくりと進むと分かる、微妙に蛇行した坑道を慎重に進んでいる最中、マグライトの線上で微かな動きを感じる。くいっとマグライトを向けると、顎を上げた人体模型の出来損ないが何かを求めるように両手を前に突き出し、かつり、かつりと歩を進め始める。
私はLEDランタンをカバンから取り出し、電源を投入。壁際の地面にそっと置きそのままクラウチングスタートの体勢から走り出す。次回は灯りの場所までは安心して進める。
マグライトと一緒に振り返って、スケルトンの動きは思ったよりも稚拙で遅かった。骨が風化すると共に行動に関わる部分も風化するのかもしれない。そんな事を考えながら戦闘拠点に到着。土嚢に立てかけていたライオットシールドを両手に装備して、土嚢の間に入り込む。
「小鬼と思われる個体が一体。お願い!!」
「分かった!! 任せて」
ミリシアと短く情報を交わし、ライオットシールドを握る手に力を籠める。響く足音が大きく、接近してきた事を如実に表した瞬間戦闘拠点の灯りの円周の中にそれは現れた。
短い灯りの交差の中で見た姿はどことなく夢幻のごとくはっきりせず、浮ついた印象だけが強かった。光の中、茶味がかった骨の端々にはどす黒い何かが痣のように付着している。頭蓋骨をかたかたと震わせ、顎を開閉しているのは威嚇の咆哮のつもりなのだろうか。
日本の常識とハリウッド製のホラーの常識が頭の中でせめぎあう。しかし突進してきた骨の塊を両手の透明なライオットシールドで受けた瞬間、現実のものとして圧倒的な印象を脳に植え付けた。骨が動く戯画的な印象は饐えたを通り越し、黴のような粉っぽい異臭が鼻についた刹那に砕け散り、慌てて息を止める。ミイラを嗅げばこんな匂いがするのかという現実逃避と、黴を病因とした病気の数々が頭の中で浮かぶ。がつりがつりと飽きる事無く手を伸ばし、生を貪ろうとするスケルトンの妄執を前に、危機感が遂に脳の容量を満たす。
「ミリ……シア!! はや……く!!」
軽い打突。肉体と共に重さを失った体が繰り出す負荷は本来であればそう大きな負担ではない。しかし、慣れない状況に焦る私の精神はがりがりと気力と体力を削っていく。
「もう少し!! 待って!! よし!! 押し出して!!」
左後方から二又の棒が突き出されたのを確認した瞬間、足を地面にめり込ませんという気概で固定。右腕側に重心を置きながら両腕を使ったシールドバッシュを放つ。
左前方に押し出されたスケルトンは後方に二、三歩よたよたと後退し動きを止める。その瞬間、伸びた二又がスケルトンの頭部を強打する。ミチュッと脆い石を鉄棒で叩いたような音が響き、スケルトンの頭部が割れ砕けながら刎頸され、ころ、ころと不規則に転がり、動きを止める。同時に体側の骨は支えを失ったかのようにカラカラと軽い音を立てながら姿を崩す。
「おわ……た?」
私が呟くと、颯爽とミリシアが前に出て躊躇なく頭蓋骨の破片からころりと魔石を取り出す。
「うん。大丈夫!!」
明るいミリシアの声に、ほぅぅと深いため息が零れる。あぁ、気を張った。ごきりごきりと首を鳴らし、ライオットシールドを再度立てかけて肩を回す。
「小鬼……だと思うわ。鬼と同居してたのか、迷い込んだのかは分からないけど。一緒にいる事なんて中々ないから貴重ね」
灯りに透かしながら魔石を覗き込んでいたミリシアがこともなげに言うと、皮袋に魔石を放り込んだ。
詳細情報はルーペを覗かないと分からないが、種別程度は慣れれば見ただけで分かるというのはミリシアの弁だ。
「身長も高くなかったし、そんな気はしていました。骨はどうします?」
「鬼や小鬼の骨は使い道が無いわ。肥料程度かしら」
小首を傾げながら告げるミリシアに向かってははっと乾いた笑いを返す。それなりに消耗してゴミを生産するのは精神衛生上悪いなと考えながら用意していた箒ちり取りセットで戦闘拠点を掃き清める。放置していると、間違いなく事故の元だ。徹底的に撤去する。ついでに袋に詰めて、後で村に売ってみる。小銭でも稼げるなら本望だ。
掃除が終わった段階で、リュックサックから防塵マスクを取り出し、ミリシアに渡す。小首を傾げてはてなといった表情を浮かべていたが、装着した姿を見て納得したのか自分で装着する。
「こんな骨の欠片とか、吸い込みたくは無いわね」
「病気の元でしょうしね。じゃあ、次行ってきます」
そんな会話を交わしながら、次の獲物を釣り出しに走った。
ちょっとした事故を起こしながらも釣り出しは順調に進む。事故といっても、複数のスケルトンが同時に感知範囲に入ってトレインする程度だ。慌てずライオットシールドの保持さえ出来れば問題は無い。
また数匹の小鬼を除き、殆どは鬼だった。流石に保持する負荷はそれなりに上がったが、元々軽い打撃のため、慣れればそこまで危険ではない。
何より危険なのは、延々往復を繰り返す、私の体力だった。もう、最後の方は死に物狂いで走っており、記憶も朦朧としていた。休憩は十分に取っていたつもりだったが、気力と一緒に削られると体力の回復は滞るのだなと改めて学んだ。
結局、粗方の掃討が完了したと判断したのは三十匹を超えて、四十匹に迫る数を塵に返した辺りだった。
私はただ崩れ落ち眠りたいなと思いながら、僅かに残った気力を総動員して宿に戻る。この数を一日で片付けるのは無理があったなと。日程には余裕があるんだから分けても良かったんじゃないかと気づいたのは、すとんと意識が途切れる間際だった。




