第34話 一攫千金よね
露天の荷馬車の御者席、唖然とした表情を横目にアクセルを踏み込み追い抜く。ミリシア曰くジェクシャード領に関しては商業振興のため道幅を馬車が行き交う事が出来るように整備されているらしい。村に行く時にミリシア達と歩いた道もそれなりに道幅があったなと思いつく。
「もうレズローの村が見えるわね……。馬車でも一日かかるのよ? まだ日が少し動いたくらいじゃない……」
町を出て二時間程。最初の休憩ポイントとして想定していた目的地に接近してきた。林は既に途切れ、平野の中川沿いの道をひたすらに走り続ける。道の状態は良くもなく悪くもなくという感じだろうか。馬車の轍の跡は深く、タイヤが取られる程ではないがガタガタとゆるい縦揺れの原因にはなっている。これでもメンテナンスに気を使っているとの事で、ジェクシャード領を離れると獣道と変わらないと聞き、げんなりしそうだ。
「村を越えたら休憩しましょうか」
私の言葉にミリシアがこくりと頷く。少し前からもじもじしていたのは気付いていたので良さそうな場所を探す。村を貫く道を徐行しながら進むと、横を子供達が追いかけて覗き込んでくる。恥ずかしそうにミリシアが手を振っているのが印象的だった。建物の連なりを抜け、収穫後の茶色い畑の中に炎が上がっているのを横目に村を抜ける。
二、三キロ。村人の視線から十分離れたと判断出来た辺りでアクセルから足を離す。再び道沿いに川が戻ってきた辺りで車を止め、パーキングにシフトする。
駆け下りて助手席のドアを開き手を伸ばすと、おずおずミリシアが手を取り車から降りる。うぅーんと腰を伸ばしているのを眺めながら声をかける。
「周囲の確認をお願い出来ますか? その間に休憩の準備をしておきます」
にこりとほほ笑むと手を振りながらミリシアが差し出した剣帯を装着し、ててーっと駆け出す。
「ふむ。少し気が利かなかったかな」
テールゲートを開けながら反省し、コンセントに電気ケトルを接続する。ミネラルウォーターを注ぎスイッチを入れ、折り畳み式のキャンピングテーブルチェアーを広げてから私も腰を伸ばした。
「あら……。おいしい」
さっぱりとした表情で帰還したミリシアから周辺状況の報告を受けていると湯が沸いたのでお茶を淹れる。空気は乾燥し、足早に向かってきている冬の気配を強く感じる気温。ダージリンのセカンドフラッシュを選択した。
湯気と共にふわと広がるダージリンの香りを楽しみカップを傾ける。マスカットにも似た香気を感じた後に舌に残るほのかな甘み。冷えていた口内を緩やかに溶かし、ほぅと一息を吐かせる。ほのかに白さを見せた息が風に消える。
「私の好きな葉です。気に入ってもらえれば嬉しいですね」
チェアーの対面のミリシアを見つめると、くすりと微笑みを浮かべた姿が愛らしい。
「ふふ。お茶にまで好みがあるのね。でも、どことなく感じる優しい甘み。それに保存が良いのかしら、良い香り。癖になりそうね」
評価は上々という事でほっと一安心というところだろうか。軽く四方山話で閉所により凝り固まった体を解し、テーブルに地図を広げる。
「現在ここまで進んできました。取りあえず今回の目的地はここです」
レディーシャの町から四十キロ程度を指でなぞりレズロー村を示す。そこから再度四十キロ。テテロンと書かれた場所で指を止める。
「んー。テテロンまで馬車で二日よね。このままだとお昼には着きそうね」
「そうですね。昼は村で取りましょうか」
「良いわね。関所傍だし、もうレデルミア伯爵領だから。海の魚も出回っていると思うわよ」
そう、目的の一つ。海に近づけば美味しい魚が食べられる事。
「でも、テテロン……。あそこに遺跡なんてあったかしら?」
「閣下から情報を頂きましたが、山を掘った遺跡らしきものが土砂崩れで埋まっているようです。噂ではかなりの規模だったそうです」
そして大きな遺跡がある事。
「聞いた事が無いわ……」
「そうですね。何代か前の時代に起こった土砂崩れだったそうなので。地竜が住んでいた穴倉を再利用した鬼の拠点だったと聞いています。地竜の鱗でも見つけられれば美味しいかなと考えています」
小鬼の住処程度であれば襲った人間の遺留品程度の財宝しかない。でも、それよりも一回り以上大きな鬼になれば貴金属の収集を行っているそうだ。その貯めこんだお宝を狙いたいのと、元々の住人の落し物があれば採取したいというのが目的だ。
「地竜……。もし骨でも見つけられれば一攫千金よね」
地竜の鱗は鉄よりも強度があるそうなので魚鱗甲の素材になる。強度に比べて重量は驚くほど軽いので価値が高い。地竜の大きさは六メートルから八メートルとの事なので、生え変わった鱗を拾い集めるだけでも相当量が見込める。また、もし死骸が残っているなら骨の採取も見込める。地竜の骨は滋養強壮効果が高く、薬の材料としても高く売れる。
遺跡発掘というのは、このような魔物の拠点を探索する事を指す。対価の見込みが立てば公が発掘してしまうのだが、採算が合わない場合は放置されている。そういう場所は自由に発掘が可能だし何かを見つけた場合は拾得者が全て得られる。ジェクシャードの召喚の対価として、こういう遺跡の情報を得た。ちなみにこういう儲け話は裏稼業の人に教えてもらった。
「折角の情報ですし、そこまで危険の無い話です。楽しみましょう」
そう告げて地図を畳み立ち上がる。さて、目的地まではもう少しだ。気合を入れ直し、運転に集中する。




