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第33話 お嬢様、ご機嫌いかがですか?

「お嬢様、ご機嫌いかがですか?」


 昼下がり、弛緩した雰囲気の広がる行政庁舎の一区画にある喫茶スペースで黙々と分厚い羊皮紙の束、資料であろう代物に目を通す女性に茶目っ気を籠めて、背後から慇懃に声をかけてみる。右手は胸に折り畳み、腰で四十五度の角度をつける。目線は相手の腰の辺りに固定し、真摯な態度を作り出す。


 びくりと顔を上げて、恐る恐る振り返った相手は一瞬目を丸くして口をぽかんと開けると、沸々と湧いてくる笑みに我慢が出来ないように口を閉めてぷるぷる唇の横を振るわせる。


「ぷ……ぷぷ。何のつもりかしら?」


 声を出そうとした瞬間、笑いが漏れる。ミリシアのその表情を見た瞬間、掴みは大丈夫だったかと胸を撫でおろした。


「何の冗談かと思ったわ。でも、案外似合うわね……」


 対面の席に腰をかけてお茶を注文した私にミリシアが感想を告げるのに、ひょいっと頭を下げて謝意を示す。


「恐悦至極です」


「ふふふ。聞いたわ、公爵閣下相手に立ち回ったそうね。良い関係が築けたそうで何よりよ」


 朗らかな笑みを浮かべながら告げるミリシアに軽く頷き、テーブルの上でそっと指を組む。


「話が早いですね。その絡みで幾つか褒美を頂きました。もしよろしければ……」


 私は満面の笑みを浮かべてミリシアに告げる。


「快適な旅を伴う冒険など、いかがでしょうか?」





 ルーに近い極微かな駆動音を車内に響かせながらPHEV車が林の間を切り出した道を揺れながら走り続ける。運転席に座った私は横目で助手席で目を丸くしたまま固まるミリシアの様子を眺める。


「ふぅ……。驚きっぱなしよ。何よ、これ。馬も無いのに走る。帝国が作っているのがこれっていうのかしら……」


 ぶつぶつと独り言を呟くミリシアを確認し、少しだけ頬を緩める。


「バードン達、勿体無いわね……。折角の機会だったのに……」


 少しだけ残念そうに呟くミリシアに前を向きながら同意の頷きを返す。


「そうですね。人手がいりそうなので出来ればご一緒したかったです。けど、ミリシアさんだけでも確保出来て良かったです」


 私の言葉にミリシアが苦笑気味に微笑む。


「暇……という訳ではないけど、バードン達もそろそろ独り立ち出来るようになってきたもの。長期間の護衛が出来れば信用も付くし食いっぱぐれは無くなるわ。少しだけ寂しいけど」


 最後は消え入りそうな一言だったので聞かなかった事にする。


「後……」


 少しだけ頬を膨らませたミリシアが上目遣い気味に、前方に張り付けていた視線をずらしてこちらを向く。


「ミリシアで良いって言ったわよ? 散々そう呼んでいた癖に……」


 少しだけ上気したミリシアの頬を横目に見つめ、腰の奥が疼くのを懸命に宥めた。


「ありがとうございます。それでも、魔物の遺跡堀りなんて話に良く乗りましたね?」


 こほんと咳ばらいを一つ。話をずらしてみると、ミリシアはまたフロントガラスを向き、緊張したように流れる景色に首を固定する。


「労力は大きいけど、それなりに儲けが出る話ですもの。手段は……」


 いたずらっ子のように瞳を輝かせながらミリシアが告げる。


「あるのよね?」


 私は返事代わりにサングラスルーフからサングラスを取り出し、ナビを操作。ハイパワーアンプからエッジの効いたドラムの低音が車内を満たした。





「これが御免状かよ。しかも手段問わずって……」


 ベルが丸まっていた羊皮紙を開きながら呟く。つらつらと眺めた後に、一番下の署名そして一際に盛られた蜜蝋に刻まれた公爵の紋章に柔らかく手を這わす。


「公爵印なんて初めて見たぜ……」


 呆れたように呟くベルに微笑みを返す。


「公爵領における資源調査における免状です。中々良い褒美だと思いますよ」


 きゅっと袋を縛りながら告げると、ベルが溜息を吐く。


「資源……資源ねぇ……。そりゃ、遺跡の発掘も資源っちゃぁ資源なんだろうが」


 はっと笑いながら呟くベルに私も苦笑で返す。


「鉱山を個人で経営なんて荷が重いです。古い魔物の住処ならば手頃な成果が見えていますから。その辺りを攻めてみようかなと」


 私の言葉にベルが頷く。


「大概は掘り出すだけ労力がかかるって打ち捨てられてるしな。掘り出して何か見つけられりゃ儲けもんか。で、お嬢と一緒に行くって?」


 冷やかし交じりの笑みに、にやっと笑みで返す。


「ちょっと頑張りすぎたので休息も含めての旅ですよ。何か見つけられたら御の字です」


 私の言葉にベルが真剣な表情を浮かべる。


「気をつけてな。何があるか分からんぞ?」


「はい。ありがとうございます。眠りこけている竜でも見つけたら、大変ですから」


 私の言葉に、揃って笑う。


「それだけ冗談が飛ばせるなら問題無いだろ。シェルとシェリーの心配はするな」


 ベルの言葉ににこりと返し、大きく頷く。


「じゃあ、行ってきます」


 そう告げて、私は玄関の前に鎮座する真珠色をした文明の利器のテールゲートを開くと、最後の荷物を放り込んだ。

 さあ、私が主導する初めての旅路に出発だ。高鳴る胸を抑え、運転席に乗り込んだらパワーボタンを押下。彼女の待つ行政庁舎に向けてアクセルを踏んだ。


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