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第31話 圧倒的じゃないか

 森の切れ目、難民達が開拓したであろう空間に蛮声も高らかに波濤(はとう)の勢いで歩兵達が押し寄せる。天幕からは、防具を用意していた敵は装備を諦め、おっとり刀で迎撃に向かう。天幕の外周で佇んでいた敵達も引き攣った表情で剣を構え始めた。

 両者が触れ合った瞬間、鈍い音が森中に鳴り響きそうな勢いで奏でられる。その後刹那の沈黙と停滞。からの一方的な蹂躙。押し合いが始まるかとぎゅっと手を握りしめていた私は肩透かしを食らう。


 そもそもが職業軍人と難民崩れの盗賊。地の利と数の暴力で渡り合っていた相手。精緻に見知った森の中、死地に入り込んだ兵を圧倒的な数で潰し颯爽と逃げる事が出来ても、不意を突かれればとことん脆い。


 押し込まれる難民。鎧袖一触の勢いで切り付けていく兵達。

 天幕を盾に勇ましくも悲壮な表情で剣を振るう難民がついと剣を押し上げられ後続の兵の槍に串刺しにされる。全てを投げ出し中央部に逃げ込もうとする難民が人の壁に阻まれ押し出された瞬間、兵に組み敷かれ短剣で喉元を掻き切られた。

 七十強の難民は包囲された状態で次々と数を減らす。

 斥候達は一歩引いた位置から戦況を確認し、包囲の薄い部分を探しては各部隊に指示を飛ばし補い合っている。


「圧倒的じゃないか……」


 思わずといった感じで言葉が漏れる。私が教導したのは行軍訓練と通信に関する事項のみ。一般的な戦術訓練はアディを始めとした士官に任せていたが、ここまで一方的な結果になるとは思わなかった。


 予備兵力六名に囲まれながら、蹴倒された篝火や焚火の延焼を防いでいると辺りに沈黙が返ってくる。ふいと顔を上げると中央部まで侵攻した兵達が振り返り、辺りに散らばる元難民の屍を確認し広がり始める。息が残る者は止めを刺されながら、整然と強襲前の位置まで戻った。

 ノイズの後、各部隊から殲滅が完了した旨が報告される。十二の部隊の完了報告を確認したアディは剣を掲げ、大声で勝利を叫ぶ。それに誘われるように、同じ部隊の者が、隣接した、対面の、そして全ての部隊が勝利を叫ぶ。


「終わった……か。無事で何より」


 周囲と抱き合う兵達に大きな損傷は見られない。紅に染まったその姿の殆どは敵の返り血であろう。再度集まった兵達は二、三報告しあうと、二手に分かれる。一方は近くの小川で戦塵を洗い流すため。もう一方は周囲の安全確保及び途中で射殺した見張り役の死体の移送。血の匂いに誘われて、いつ何が襲ってくるか分からない。


「ありがとうございます。軽傷を負った者はおりますが、ほぼ無傷での勝利です」


 兵の群れの中で指示を飛ばしていたアディがいつの間にか正面に現れる。戦場の、というより血の匂いに酔ったのか考えがまとまらず物思いに耽ってしまっていた。


「おめでとうございます。……軽傷ですか?」


 半数相手でも不測の事態は起こりえる。数名の死者は出るかと覚悟していた身としては驚くべき結果だった。そのまま呆然と思った事を口にするとアディは逆に捉えたようだった。


「はい。ここまでお手伝い頂いた上で負傷者を出した事は遺憾です。ただ、突撃の際の転倒や刃物を踏み抜いた等の傷なので注意不足です。戻れば追加の訓練ですな」


 朗らかに告げるアディに曖昧な笑みを返す。


 返り血を流した兵達は見張りの兵を残し、天幕の内部の確認に移る。中から出てくるのは少量の貨幣と雑多な食料程度だった。


「何かの指示を受けての盗賊化……という訳ではなさそうですな」


 一通りの報告を受けて、アディがほっとしたように呟く。難民が素直に盗賊化しただけなら問題はそこまで大きくない。何らかの勢力が後押しをして領地を荒らしているのであれば重大な問題だ。その辺りの証拠が出てこなかった事は純粋にありがたい。


「閣下に良い報告が出来ます」


 アディが嬉しそうに呟くと並行して森の外にやっていた斥候の確認に向かう。現状確認が済んだので、後片づけとなる。難民達は首実検の後、晒し首となるそうで、胴体はこの場に埋めるらしい。森の外からは農具を持った傭兵達が向かっているとの事だ。


「埋葬が済めば、全て完了ですね」


 私がぐいっと背を伸ばしながら呟くと、アディが頷く。


「今までの苦労が嘘のような結果です。これも、色々と貸与下さったあなたのお陰です」


「閣下の英断の賜物かと。何にせよ早く戻ってゆっくりしたいです」


 私がおどけて告げると、アディを始め周囲の兵達が笑い始める。


 既に日は明け、太陽は燦燦と輝く。傭兵達の処理が終わり、全ての片が付いた段階で森の中は夕焼けの赤に照らされ始める。帰ったら深夜かと、興奮が抜けて気怠い雰囲気を纏いながら、私は凱旋の集団に紛れる事にした。

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