第3話 舐められんな
「おぉぉ。文字が読めるのはありがたいな……」
ネクタイをキュッと締めた私は、仕事探しと言う事で、行政庁舎の傭兵の仕事相談所に向かう事にした。
行政庁舎の一区画にある相談所は、中に入ると三面が羊皮紙で覆われている一種異様な雰囲気を感じさせる部屋だった。
部屋の中は早朝だというのに人いきれの熱気に溢れている。その状況に一瞬怯む。
だって、どいつもこいつも世紀末覇者の下っ端モヒカンみたいな連中なので、現代日本人のおっさんがそこに混じってびくびくしない訳が無い。
気圧されながらも、私は都市近郊の即日で出来る仕事の区画に向かい、じいっと羊皮紙を眺める。
と、立ち止まっている私に、横から移動してきた人がトスンとぶつかる。
「あん?」
男性と思しき人間から明らかに不穏なニュアンスを感じる。
「んだ、てめぇ。やんのか?」
ちなみにベルからはお仕事を探しに行くと言った時に、一言ありがたい言葉をもらった。
「舐められんな」
その言葉を噛み締めながら、眼前の男性と思しき人間と対峙する。男性かどうか分からないのは、この人、頭が爬虫類なのだ。
「俺はドワーフだな」
トントンと野菜を刻むベルが告げる。
「昔来た渡りの人間が、勝手に名付けていったそうだな」
鍋の様子を見ていた私は、ベルの言葉に苦笑が浮かんでしまう。
その時期なら指輪物語の全盛期だろう。読んでいた人が名付けたのかも知れないし、神話とかから勝手に取ってきた可能性もある。
でも、ドワーフはトールキン先生の影響が大きい気がする。
「へぇ、そうなんですか。そういう形態の違いで争いとかは起きないのですか?」
昨日の街路で眺めた光景を思い出しながら、何となくエルフと仲が悪いドワーフみたいな知識をつらつらと頭の中に並べてみたりする。
「いや、大昔は住んでいる土地の関係で土地争いなんかはあったって聞いているが、国が興って大きくなるにつれて統治が進んだんで、そういうのは無えな」
土地争いというのも、人間ごとの形態によって住みやすい場所があるらしく、それが重なった時に起こっていたようだ。別に今日の地球と何ら変わりない。
「へぇぇ。でも、国ごとに別れちゃうと困りませんか?」
「何がだ?」
「いや、ドワーフの人が結婚するなら、ドワーフじゃないと駄目とか。そういうのは無いんですか?」
私が告げると、はぁぁと大きな溜息を吐いたベルがこちらを真摯な目で向く。
「まぁ、悪気が無えのは分かるが、外でそんな事言うなよ? 別に誰と結婚しても子供は生まれるぞ」
「へ?」
聞くと言葉が通じて、胎生の相手とは基本的に子供が作れるそうだ。生まれてくる子供は両親どちらかの形態を引き継いでくるらしい。
うん、メンデル先生が草葉の陰からぶん殴ってきそうだ。
「まぁ、それでも形態ごとにちょっとした癖みたいなのはある」
「癖……ですか?」
「例えば、爬虫類人はな……」
「爬虫類人は?」
「喧嘩早えな」
「いや、当たってきたのはあなたでしょう?」
「はぁ? 口答えすんのかぁ? 気色悪い恰好しやがって、やんのか?」
一方的に吐き捨てた爬虫類人は腰に手を当てて、片手剣を鞘ごと構える。
ちなみに行政庁舎内で抜剣した場合は問答無用でしょっぴかれる。
助けを求めようと周囲を見ると、そそくさと周囲の人々は円形状に人垣を作りながら退避してこちらを見物している。
え、何、このランバージャック・デスマッチみたいな雰囲気。ざわざわとどちらが勝つか賭けすらも始まっているみたいだけど……。
「いや、やりませんよ!?」
「腰抜けが!! 喧嘩売ってきて逃げるたぁ!! ぶっ倒れろ!!」
「売ってきたのはあなただよ!!」
一方的に通告してきた爬虫類人が鈍器と化した片手剣を振り被り、隙を窺い始める。
ちなみに、喧嘩も御法度らしいけど、庁舎の機材に影響を及ぼさないのと障害が残らない程度の傷なら黙認されるらしい。
それすらも禁止してしまうと統制が取れないのと……。
「あの細身だ……。魔法使いの可能性が高いだろうに……」
「だよな。デデローも相手をよく見てから喧嘩を売れば良いのに……」
傭兵達が人の見極めをする場だかららしい。
私は咄嗟にスーツの内側のホルスターから、拳銃によく似た形のプラスチックの塊を構える。じりじりと接近してくる爬虫類人の革鎧に覆われていない首から胸元を狙って引き金を引く。
パスッに近い反動と音を感じた瞬間、絶叫を上げて爬虫類人が突っ伏す。
「あぁっぁぁ……がぁ……いてぇよぉぉぉぉ」
おぉぉ、激痛で声も出ないと聞いていたが、振り絞るような叫びを上げている。体は電気で筋肉が弛緩しているようだけど。
東京で仕事をしている時に基地に住んでいる友人に同人誌と交換で貰ったテイザーガンだが、撃ったのは初めてだ。五万円くらいするけど、貴重な同人誌だったらしく、泣きながら喜ばれた。
ちなみに会社でも恐ろしい事に、これ、取り扱っている。基本的に海外でしか流通出来ないけど。火薬と発射機構を使うので日本では銃刀法の対象だ。
ささっとコードを引っ張って証拠隠滅を図る。取り敢えずこれに懲りて絡む人が出なくなるなら、惜しくないなと奮発してみた。
その間にデデローと呼ばれていた爬虫類人は仲間らしき集団に呆れ顔をされながら運ばれていった。
「何だ、今の……。魔法か?」
「小さな物が飛んだのは分かったが……。丈夫な爬虫類人を一発でやる威力なんて無いだろ」
ざわざわと騒ぎが広がりながら、人垣が崩れていく。私の周囲からはちょっと人が遠ざかっているが、まぁ構わない。まずは一人で出来る仕事を探す事にする。寂しくなんか……ない。被害者だよね、私。