第27話 友諠を結びたく思う
少なくとも友好的に接しようとする言質は取れた。他国に関してはどうあれ、この国にいる限りはそう無体な事をされる心配は無いのだろう。為政者の考え方からすれば甘い事この上ないとは考えるが、一旦は安心すべきか。そう考えながら、くいっと首を曲げてこきりと鳴らした。
「心配頂きありがとうございます。何らかの契約で縛って奴隷のように扱われるのかと思っておりましたが、徒労でした」
私の言葉を聞いた瞬間、ジェクシャードが目を見開き、瞑目、そして柔らかく笑う。
「ふむ。先程も言うたが国によってはあり得た話ではあるな。それでも、相応の対価を払わねば国に留まる事が無いだろうが」
「強制する手段は無い、と?」
「情報は重要でな。少なくとも渡り人が出現した際には各国に連絡を行う。そうなれば何らかの形で接触はあろうよ。まぁ、長く実施されなかった手順故。此度の話、国王陛下より自らの膝元におると聞いた瞬間は驚いた」
破顔したジェクシャードがカップを傾ける。
それが正しい情報かどうかは分からない。それでも目立つ事をしていれば他国が情報を得る事はあるだろう。そうなれば、引き抜き工作等の接触はあり得る。どんな形で契約を強制するか、一般的な事しか分からないが国レベルで考えれば迂回策はあるのかもしれない。最悪、この国でやっていけないのであれば、他もある。今まで出会った人の顔を思い浮かべ嘆息を一つ。しがらみは既に出来ていたか。
「では、此度の召喚の目的は何でしょうか?」
「諸々の謝罪と顔合わせ。後は技能に関しての説明を求めたいのと……」
ほうと、一息。
「友諠を結びたく思う」
人懐っこい笑顔に、不意を打たれる。果断にして怜悧。なれど温情はあるか……。敵わない。
傭兵ギルドに行った説明と同内容をスマホを片手に行う。実際の動画を覗き込む姿は子供のようであり、薬草の写真を拡大縮小してみる様は幼子のようなはしゃぎっぷりだった。
「ふむ。これは面妖な。しかし、面白い。ふむぅ……。このような力、個人のままというのは忍びないのだが……」
「既に生活の基盤は出来ております。また、まだこの世界に慣れぬ身。出来れば今しばらくは傭兵として身を立てたく思います」
「傭兵か。報告は聞いておる。大した者だと。渡る前より近しい事をやっておったのか?」
にこやかな中にも感じる視線の圧力。あぁ、主題はこの辺りかな。
「生業は商家です。ただ、戦場で使う物も扱っておりましたので、荒事に比較的慣れているだけです。後はこの世界に持ち込んだ物も多いので」
私の答えに満足したようにふむふむとジェクシャードが頷く。
「一つ違う世界の友人に知恵を借りたい事がある」
ジェクシャードと部屋を出て、執事と合流し階を下りる。中庭を渡った先にある平屋の建物の扉を開くと、整然と並べられた武具。兵舎と思しき中を通り、奥へ進む。観音扉を開いた先には、二十畳程の会議室。
大きなテーブルの上には軍議用の駒が箱に並べられ隅に置かれている。執事が壁に設置された棚より、大きな羊皮紙を持ってきてテーブルに置く。そこにはジェクシェズを中心とした領地の地図が描かれていた。
「ここ数年の不作に伴い、北部地域の収穫が悪い。そのため、難民が出ているのは知っていると思う」
ジェクシェズの言葉に、頷きを返す。町の噂では聞いていた。
「現在……この森を中心とし一部傭兵が武装の上、盗賊行為を行っている。出来ればその排除を手伝って欲しい」
その言葉に首を傾げる私。警察権限は軍が持っている。軍であれば、傭兵よりも権限が上だ。私の出る幕は無いと考えるのだが。
「それなりの数の傭兵が参加しておる。殲滅は可能なのだが、いらぬ犠牲が出よう。聞くところによると、渡る前の世界は人と人の戦が絶えなかったと聞く。何か知恵は無いだろうか」
それを聞き、納得する。この世界は自分の身を魔物から守るので精一杯。その中で生存圏を確保するために戦争を行う。相手はほぼ魔物相手。人間が人間と争うのは不得手なのだ。
「生業は商家とお伝えしましたが?」
「ふむ。戦地に赴いて欲しいとは言わぬ。ただ連綿とした歴史の知恵を貸してくれぬかとは考える。褒美は考える」
ジェクシャードの顔を見つめ、暫し考える。この申し出の意図は何だろう。一方的に私に借りを作る事になる。犠牲があれど達成出来る事、言わば成功が決まっている、手柄が約束された行為を私が行う事。
そこまで考えて、はぁと溜息が零れた。何という事は無い。私が有能な駒である事を周りに認識させる。そして、それを囲い込んだのは自分だと認識させる。煩わしい人間関係や過度の接触からの防壁になると宣言する。温情、ではないか。甘いと言えば甘い。でも、嫌いではない……か。
「分かりました。詳細をお教え頂けますか?」
そう答える自分も甘いのだろうなと。




