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第26話 共に生きていこうと望み願う

 すいっとテーブルの(おもて)を指で触れる。精緻な透かし彫りは職人の長い修練を感じさせる。匙の一つでも落とせば壊れそうなぎりぎりの安定にほぅと溜息が零れる。窓からは柔らかな陽光が秋の風と共にふわと入り込む。そちらは大胆な筆致の透かし彫り。影は複雑な模様を床に落とす。

 華美とはまた違う。虚飾を排し、一品一品を逸品の域まで高めた数々。眼福を感じながら、こくりとカップを傾ける。釉薬の貫入(かんにゅう)の一つ一つまで考え抜かれたようなデザインに苦笑が浮かんでしまう。鉄の精錬が可能であれば、千三百度の炉の製造も可能かと。登り窯で出しているのか、高炉はどこまで進んでいるのだろう。

 待合部屋の調度一つ一つで技術力を推し量りながら二十分程のお茶の時間を楽しむ。ベルの家で飲むお茶よりも酸味が柔らかく、香りが高い。甘みは少ないが、アカシアを思わせる甘い香りが鼻をくすぐり満足度は高い。

 こととソーサーに飲み干したカップを置き、息を一つ。計ったようにノックの音が響く。


「お待たせ致しました。主人の用意が整いました」


 生成りのシャツに濃紺の貫頭衣を纏った執事が一礼の後、案内を始める。綿密をそのままに表した刺繍、裾のはためきさえ計算しつくされたドレープの緻密さ。こういう方向性の服飾美もあるのだなと考えながら広い廊下を歩む。ただの廊下というのに、陽光は柔らかく差し込む。ふと見上げると、高い窓には連綿と連なるレリーフが透かし彫りで施されている。一族の、王国の歴史かなと意識を分けていると落ち着いた色合いの扉に到着する。


 誰何の後、解放された扉からは光が差し込む。一瞬眉をひそめ、目が慣れたのに任せて奥を見つめると、ガラスの解放になっている。色がまだらで濁りが入っているとしても、ガラスには違いない。そこまでの高温を広範囲に維持出来る技術があるのかと、逆光の中に沈む主に目を向ける。

 金が褪せたような銀髪を後ろに撫でつけた老人。身長は私と変わらないくらいだろうか。眉根の皺は長の責務に目じりの皺は長の笑みが刻まれたのだろうなと。

 微笑みを浮かべた部屋の主の前に立ち、一礼する。


「初めまして、公爵閣下。命によりて参上致しました。シアと申します」


 名乗りを上げると、こくりと頷きが一つ。


「ジェクシャード=インディネスだ。かけたまえ」


 微笑みのままに紡がれた言葉は低いバリトン。勧めに任せ、ソファーにゆっくりと腰かける。こちらのソファーは板の上に直接革張りだったりと油断が出来ない。ふわと予測を外された瞬間、一瞬眉が跳ね上がってしまった。綿はそれなりに高いのだが、ふんだんに感じる。


 双方が座った瞬間、扉が開き侍従がお茶を用意する。準備が整い音もなく扉が閉まった瞬間、ジェクシャードがそっと目を閉じる。祈りか何かか。やや長い時間の瞑目に、胸の中で疑問を浮かべているとふわと目が開かれる。


「まずは済まなかったと詫びたい」


 唐突な謝罪に、はてと首を傾げる。心当たりが無い訳ではない。男爵の管理不行き届きの件だろうかと。ただ、巻き込まれただけの私に態々公爵閣下が詫びるような話ではない。どういう話が展開されるのだろうと身構えていると、ふわとジェクシャードが苦笑を浮かべる。


「渡り人の保護に関しては法で定まっていた。だが、あずかり知らぬ間に改変されていた。迷惑をかけた」


 一息に告げると、そっとカップを上げ、こくりと傾ける。それを見て、私もカップに手を伸ばす。

 正直、ありえない謝罪に動揺していた。公爵の地位に就く人間は王国を見ても、二人しかいない。そんな人間が謝罪。日本に置き換えれば、皇族が謝罪するのと変わらない。ただの遭難者にだ。


「謝罪頂きありがとうございます。ただ、当面の生活の補助は受けております。特に問題はありません。出来れば、元の世界に戻る手段を探したく思いますので、そこにご協力頂ければと考えます」


 私は震えがちな胸の内を押し殺し、柔らかな声音で返答する。


「ふむ。問題……ないか。出来ればこちらで保護を考えていたが……。逆に迷惑になるのならまた考えよう……。ふむ……」


 それを聞き、頭の中で疑問が浮かぶ。聞く限りは純粋に心配されているのが分かる。純粋な好意。何を考えているのだろう。


「渡り人の帰還に関しては、少なくとも把握している限りは方法が無い。資料は別途用意するが、基本的には皆死亡が確認されている。人里離れた場所に辿り着き、人と関わらずに生きた者がおれば別だが……。そういう話では」


 そこまで告げたジェクシャードがくいっと首を傾げる。


「何か疑問……。あぁ、そうか」


 こくりと頷きを一つ。姿勢を正し、そっと手をテーブルの上で組む。表情を正したジェクシャードが改めて口を開く。


「まず誤解の無いように。渡り人の処遇に関しては各国で統一まではされておらん。ただ、その身に起きた不幸を共に悲しみ、この地で共に生きていこうと望み願うのはどこも同じだ」


 ほうと一息。笑みを深めながらジェクシャードが続ける。


「渡り人のもたらす知識は大きい。国によっては積極的に利用すべしという方策もあろう。ただ、我が国としては哀しみの縁に立つ者に鞭打ってまで利用しようという恥知らずはおらぬ。例え国の趨勢をと言っても、その人自身が何を望むか。強制されて得た知識が正しいかなど、誰にも分らぬ故な。だから、まずはこの出会いに喜びを。渡った迷い子が、無事に生きていた事に感謝を」


 その言葉に、私は大きく息を吐いた。

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