第23話 つなぎをお願いしたい
「あなたがシアか」
二名の完全武装の人間に付き添われた文官らしき人物が玄関に着いた途端、声をかけてくる。
秋が深まり、冬の息吹を感じるこの時期という事で、ジーンズにジャケットを着込んでいたが、その奇異な姿を見れば渡り人と判断するのは容易いだろう。
最近はシェルが好んでジーンズを履いているので、町では少しずつ知名度も上がってきている。もう少しすれば、すらりとしたシルエットのパンツも生まれてくると見ている。
「はい、その通りです。ご用件は?」
メーゲルに関わる取り調べか、渡り人に関する何らかの利権を狙ってきたのかと考えて用心していたが、思った以上に物腰が柔らかい。正直、肩透かしな気分を味わいながら答える。
「ジェクシャード閣下よりの命で伝令に参った」
「伝令? 何らかの命令を、私にでしょうか?」
文官の言葉に、首を傾げる。傭兵であればまだしも、一般人の私に何をと思いながら問いかけてみた。
「然り。領主権限により、レディーシャの民シアに出頭命令が出ている。明日、夜明けと共に当該地へ出頭せよ」
羊皮紙を片手のその言葉に、頭の中でしまったと呟く。柵を持たないように注意はしていたが、渡り人に付随する住民税免除のメリットの逆、町民としての義務の方が有効になっている事を失念していた。
町の安定運営のため、そこの住人には様々な義務が課されている。領主への服従もその一項目だが、ベルの言葉の通り、殿上人と会う機会など無いだろうと慢心していたのが痛い。
勿論、行政側から渡り人に関わる支援を受けられなかった時点で、そこまで興味があると思っていなかったのが主だが……。
スマホの証言能力……か。執政に関わる人間に取って、言質は非常に重要なものだ。それを狙われている可能性を考慮し、一瞬、表情に険が浮かぶ。
文官がそれを目敏く見透かしたのか、口を開く。
「何らかの害を及ぼす気は無い。渡り人としての知識を所望したいというのが今回の出頭命令の目的だ」
朗らかとは言わないでも、柔らかい表情で紡がれた言葉に、同意の意味で一礼しつつ隠れて眉根に力が入る。後手に回ったが、対処は考えなければならない。恭しく羊皮紙を受け取ると、三人はしずしずと中心地へ帰っていった。
「おぉ!? 公爵閣下直々の呼び出しか? そんな事あるんだな……」
夕食の席。いつもであれば四人で和やかなムードに包まれるテーブルも不安げなシェル母娘と驚愕しているベルに囲まれていては台無しだ。
「まぁ、いつかは何かに巻き込まれると考えていましたが、少し早かったですね……」
苦笑を浮かべながら、雰囲気を変えるべく陽気に告げてみる。
「町長は良くも悪くも普通というのが噂でしたから……。それでも、あんな人だったんです……。公爵閣下に至っては本当に分かりません」
シェリーがやや心配そうに告げる。
メーゲルの後ろ盾に立って、事態の隠蔽を計ろうとしていた事を指しているのだろうが、個人的にはあまり気にしていない。社会を回していくにあたって、必ずしも綺麗事だけでは済まないのは前提であり、逆に積極的に悪を為す必要もあるのが為政者だ。ただ、それを表面に出さずに済ませるのが良い為政者であろうとは考える。
「お会いしてみなければ分からないですが、まぁ、害を被る心配はなさそうなので、話を伺ってみます」
私の言葉に、安心したのか、そこからはいつもの和やかなムードで夕食を楽しんだ。
時計は二十三時を回り、木窓を開けると、周囲は真の闇に包まれている。遠く、中心街の方にぽつりぽつりと灯っているのは宿屋や飲み屋だろう。
私は皆を起こさないように静かに階段を下りる。
玄関から出て、そっと鍵を閉めて向かうのは傭兵受付で聞いていた下町。
「危険ですから、絶対に近づかないで下さい」
犬に似た耳をぴょこぴょこと動かしながら、獣相が若干入った受付のお姉さんは泣きそうな顔で注意してくれていた。
何かあった場合に情報を手に入れる手段は、傭兵稼業をし始めてすぐに確認していた。
何かあった場合に情報が手に入るかどうかで備えは明らかに変わる。使わなくても良いのであれば良かったが、札の切り時だなと思い、杖と手提げの布袋を片手に闇を歩く。
すえた臭いが徐々に強まり、荒んだ雰囲気が強まってきた頃に、視界が広がる。住宅街を抜けると、そこはバラックのような今にも崩れそうな建物が立ち並ぶ廃墟の集合だった。平屋以上の建物が無いため、一気に空が広がる。
私は静かに息を吐き、暫く下町の入り口で周囲を確認する。三人、四人……五人。毛布に包まって眠っているであろう人影。その中の一人に向かって、歩を進めた。
目的の人影の胸元に、ぽすりと布袋を投げる。
「んだぁ? 施しか?」
上体を起こした男からは、寝起きのような潰れただみ声が絞り出すように紡がれる。
「つなぎをお願いしたいのです。それは報酬です」
私が静かに囁いた途端、男の瞳が鋭さを増す。かさりと開けた布袋の中には、焼き締めたパンが二斤。それを見た男がにやりと笑うと乱杭歯から漏れだすような引き攣った響きの笑い声。
「良いぜ。ちょっと待ってろ」
そう告げると、そそくさと毛布と厚手の敷布を手早くまとめ、渡したパンを貪りながら男が暗黒の道に消えていく。
行政すらも恐れる場所も一定の理の下に存在している。
一般的に後暗い人間の住処には見張りが付き物だ。そのインターフォンを探していたが、人影の中で上等な敷布を敷いていたのは一人だけ。既に寒さが厳しい中で長時間見張りをするのであれば、それなりの備えをしている。そこに手付を払っただけだ。食べ物なのは、道中で奪われないための用心。なまじ金なんて渡しても……。
「うぅーん」
これ見よがしに辺りの人影が寝返りを打つ。形に残るものを渡していても、襲撃されるのが落ちだ。見張りといっても弱肉強食なのだろうなと。
杖のスタンボタンに指をかけながら、暫しの時を待つ。空の星を眺める姿勢で、廃墟のような家の窓を見張る。弓の狙撃だけ注意していれば、問題は無い。
そんな事を考えていると、闇の奥から影がつつっと近付いてきた。




