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第22話 公爵閣下の使者

「では、これがお預かりしていた素材売却分になります。手数料はこちらで徴収済みとなります」


 傭兵受付のお姉さんが木のトレイには十七万と端数が積まれている。


「思ったよりも高かったようですが?」


 シェルの騒ぎに巻き込まれ身動きの出来なかった私は、傭兵受付に薬草を製薬所に販売する依頼を出してもらっていた。その売却益を受け取りに行政庁舎に顔を出した。


「報告によると、処理が適切であり、汚損を前提としていた数よりも収集数が多かったため、色を付けたとの事です」


 微笑みを浮かべた受付のお姉さんが誇らしげに告げる。傭兵の仕事の良し悪しは、関係各所への信用として影響してくる。勿論傭兵が信用に足る仕事をすれば、傭兵全体の信用も上がる。こういう積み重ねは事業を円滑に運営するにあたって非常に重要であり、それを認識している行政側としても喜ばしいのだろう。


「喜んでもらえたのなら嬉しいです」


 私もこくりと頷きを返す。


「特に予定以外の品も混じっていたので、製薬所の方も驚いていたようです。今回の騒動で胃痛薬を欲しがる人間が増えたので、特に……」


 受付のお姉さんは、自分達の仕事場である行政における騒動が巻き起こした影響に若干の苦笑を浮かべている。胃痛薬に関しては、シェルに教えられた蓮根もどきの事だろう。一回ごとの材料はそれほど多くなかったので、残りはそのまま納品した。依頼外の物だったが、買い取りしてもらえたのだろう。


 そんな和やかな雰囲気の中、売却分の勘定が終わり、ちゃらりと革袋に貨幣を流し込む。これも問題無く収まる。





「ほぉ。採取と考えれば結構な儲けだな」


 冬の入り口というのに、滝のような汗を流すベルがシェリーから受け取った布で顔を拭いながら呟く。この町の人間は基本的に明確な昼は食べない。ちょっとした休憩時間に、屋台などで軽食を買って摘まむ程度だ。

 ただ、鍛冶仕事をするベルや傭兵の一部などは体力がもたないので、昼も結構がっつり食べる。私も日本での慣習が残っているのでなるべく相伴に預かる。


「初めての仕事内容でしたが、問題無くこなせて良かったです。困っている方に喜んでもらえて幸いですね」


 私は静かに告げながら、ちらりとキッチンの方を見つめる。シェルは出来上がった食事をお盆に乗せて、配膳するためこちらに向かっているところだった。


「まぁ、色々あったが、大きな問題が無かったんなら僥倖(ぎょうこう)っててやつなんだろう」


 ベルの言葉に合わせて、シェルが、そしてシェリーがテーブルに着く。


「その節はお世話になりました」


 シェルの言葉に、軽く頷いた後に、頭を振る。


「もう過ぎた話です。それにこうやって色々手伝ってもらっているので、助かっているのは私達の方です」


 その言葉にシェルが嬉しそうに頷く。


 シェル母娘は数日ベルの家で生活をした後に、正式に今住んでいる貸しアパートを引っ越す事になった。

 昼は鍛冶屋の受付をやり、朝夕は機織りで生計を立てるという形だが、家賃は受付業務と相殺、機織りで親子が暮らせるだけの収益が出せるようだ。余剰の時間は家事に当ててもらえるので、男所帯のこの家も随分と小綺麗になった。

 シェルも元々は家事見習いみたいな感じで生活していたのだが、屋敷と鍛冶場の掃除から炊事洗濯までこなしてくれている。


「この生活は落ち着きましたか?」


 シェルに、そしてシェリーに視線を向けてみると、はにかみながら二人が力強く頷く。


「借金も一部帳消しになり、返済も完済。返ってきたお金もあります。生活の先も見えてきました」


 シェリーの言葉に、ベルと私も嬉しくなり、自然と微笑みを浮かべる。


 ここ数日で公爵の部下により、町長及びメーゲルに関わる悪事は大分解明されてきた。

 シェリーの分に関しては、先駆けとなったためか優先的に調査及び処理が進み違法な借金に関しては補填がされた。

 そういう施策の影響か町の雰囲気も一気に明るいムードになっている。一時期は、メーゲル及び町長と私達による血で血を洗う報復合戦が発生し町が阿鼻叫喚に包まれるという予兆もあった手前、実際には肩透かしになった分盛り上がっている感じなのだろう。


「公爵閣下の英断を称える声は大きいですね」


 買い物などで町の空気を敏感に受けているシェリーが感心したように呟く。


「まぁ、あの領主様だからな。ありがたい話だぜ」


 ベルの言葉に、皆が頷く。





 私は食休みを挟んで、家の周りの整備に向かった。今回、急襲を防いだ人感センサーなどもメンテナンスフリーとはいえ、子供のいたずらや動物、天候などで汚損している可能性はある。命綱と言う事で、稼働確認を綿密に行っていると、家の玄関の方が騒がしい。


「何かありましたか?」


 勝手口から家に入ると、シェルが不安そうな表情で台所に佇んでいた。


「あの……。公爵閣下の使者を名乗る方が……。シアさんを呼んで欲しいと……」


 爽やかな秋空の下気持ちよく整備をしていた私は、シェルの頭を軽く撫で、玄関に向かう。胸の中に生まれたほんの少しの不安を押し殺しながら。

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